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音を知らない少年は、光を知らない少女に恋をする  作者: 亜逸
第2章

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第29話  オアシス【アトリ】

〝大地に捧げし唱〟を奉じた後、私たちは下山し、ルードと戦った人たちのお馬さんに乗ってキュレネ山を後にした。


「むふ~」


 お馬さんの手綱を握るルードの背中に抱きつきながら、今さらながら湧いてきた実感が私の頬を緩める。


 私……〝大地に捧げし唱〟を奉じることができた!


 しかも、ルードが私の〝目〟になってくれたおかげで、ピュトンを倒すこともできた!


 私一人じゃできないことでも、ルードと一緒ならできることがあるってわかったことが嬉しくて、ルードの役に立てたことが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。

 でも、これで満足しちゃダメ。

〝大地に捧げし唱〟を奉じたといっても、まだ一回だけ。

 過去に成し遂げられた捧唱の旅の記録によると、最小で五回、最大で十二回、〝大地に捧げし唱〟が奉じられたとお爺様は言っていた。

 けど、結局はその時々の大地の容態次第だから、あまり当てにしない方がいいとも言っていた。


 旅はまだ始まったばかり。

 そのことを肝に銘じなくちゃいけない。気を引き締めなくちゃいけない。

 それに……、


「あんまり浮かれすぎるのは、よくない……よね」


 アルカスの宿主さんは認めてくれたし、絶対に曲げるつもりはないけど……それでも、やっぱり、私とルードの二人だけで捧唱の旅を続けるという決断は、世界にとってはよくない決断だと思う。

 だって、目が見えない私と耳が聞こえないルードの二人だけじゃ、従来の捧唱の旅よりも時間がかかっちゃうことがわかりきってるから……。

 そのぶん余計に大地が枯れ、世界のみんなに苦労と苦難を強いることがわかりきってるから……。


 その事実を再確認してしまったせいか、つい先程まで嬉しさでいっぱいだった胸が、申し訳なさでいっぱいになってくる。

 浮かれすぎるのはもちろんダメだけど、沈みすぎるのはもっとダメなので、今一度〝大地に捧げし唱〟を奉じることができた喜びと、ルードの役に立てた嬉しさを噛み締めることで、どうにかこうにか気持ちを持ち直した。


 しばらくして、お馬さんの足音が少しだけ柔らかくなる。

 たぶん、荒野が拡がっていた地域を抜けようとしているんだと思う。

 ……あっ、お馬さんの走る速度が緩やかになった。

 お日様の暖かさを感じなくなってからもう随分経ってるし、野営場所を探してるのかな?


 さらにしばらくして、お馬さんが足を止める。野営場所を見つけたみたい。

 ルードの手を借りて地面に下りた瞬間、風が吹いて、サァーっと水が煽られる音が聞こえてくる。

 ということは……ここは池のほとり、かな?


 川辺だったら水の流れる音が絶え間なく聞こえてくるはずだし、風で水が煽られた音が、なんというか、拡がるような感じだったし、だからといって湖っていうほどの拡がりは感じられなかったし……もしかして、ここが噂に聞くオアシス?


 荒野や砂漠の真っ只中にある緑や水がオアシスだって聞いたことがあるし、背の高い木の気配もいくつか感じるし、キュレネ山で色々なことがありすぎてヘトヘトな私にとっては間違いなくここはオアシスだから……うん、ここはオアシス。誰がなんと言おうとオアシスっ。


 私のヘトヘトっぷりは目に見えてわかるくらいにひどかったのか、ルードが木の傍に私を誘導し、座るよう促してくる。

 素直にルードの厚意に甘えることにした私は、木を背もたれにして腰を下ろし、休むことにした。


 一方ルードは私の傍を離れ、続けてバシャバシャと音を立て始める。

 今日の晩ごはんを取りに、池に入っていったみたい。


 わかりきってたことだけど、私とルードとじゃ全然体力が違うなぁ……。

 お馬さんの手綱を握って、私を抱きかかえながらキュレネ山を走り回って、私を狙う人たちやピュトンと戦って……今日一日がんばりっぱなしなのに、ルードからは疲れている気配がほとんど感じられない。

 その一方で私は、魔唱や〝大地に捧げし唱〟を唱った以外には、ほとんどなにもしていないのにヘトヘトになってる。

 いくらなんでも、こんなにも体力に差があるのはダメだと思う。

 だから……決めた!

 ルードの負担を少しでも軽くするためにも、もっと体力をつけ――


「!?」


 いいいい今!? なにか背中に入ったような……え? ウソ!?

 ウソウソウソっ!?

 やだやだやだっ!!

 虫っ!!

 背中に虫が入ったっ!!

 泣き出したい衝動をどうにか堪えながらも、四つん這いになって池の方に移動する。

 私の異変に気づいてくれたのか、バシャバシャとルードが池から出てくる音が聞こえてくる。


「ルルルード! せ、背中に虫! 取って! お願いだから取って!」


 聞こえないとわかっていても叫ばずにはいられず、ドレスの編み上げ紐を解いて、背中を指でさし示――ひっ! 今動いたぁ……。

 ル、ルード……お願いだから早く取ってぇ……。

 そんな私の願いとは裏腹に、ルードは妙に長い沈黙を挟んでから、私の背後に回る。

 そして、肌着(シュミーズ)の襟口から背中に手を入れ――


「ひぅ!?」


 ルードの指先が背中に触れた瞬間、思わず背筋をピンとしてしまって…………あぅ……変な声出たぁ……。

 いや……だって……池に入っていたせいか、ルードの手がちょっと冷たかったんだもん。しょうがないもん。

 私がいきなり背筋をピンとしたことに驚いているのか、いつの間にかルードはシュミーズから手を引き抜いてい――ひっ……やぁ……また虫が動いたぁ……。


 虫のいる大体の位置を指さし、涙目でルードの気配がする方を睨んでいると、ルードは諦めたようにため息をつき、今度は物凄く慎重な手つきでシュミーズの中に手を突っ込んでまさぐり始める。

 さっきみたいなことにならないよう、キュッと目を閉じ、唇を噛むことで、ルードの手と虫が背中を這いずる感触を我慢する。

 けど……けどぉ……。


 なんとか指さして虫の位置をルードに伝えても、背中だから指しにくくて、虫もルードの手から逃げるように動き回って……いつまで経っても終わらないぃ……。

 ルードに背中をますぐられるのが、こそばゆくて、恥ずかしくて……全然いけないことじゃないのに、物凄くいけないことをされてる気分になってくる。

 さっきまで冷たかったルードの手は、今やすっかり熱を取り戻し、温かいを通り越して熱いくらいになっていた。

 時折敏感なところを触られて変な声が出そうになるけど、たとえルードに聞こえなくてもそんな声を出すのは恥ずかしくて、どうにかこうにか我慢する。


 そして――


 ようやく虫を捕まえたルードが私の背中から手を引き抜き、長い長いため息を吐き出した。

 私も、同じくらい長い長いため息を吐き出した。


 乱れたシュミーズとドレスを整え、編み上げ紐を結んだあと、なんとはなしに顔を触ってみたら……すごく、熱い。

 背中をまさぐられていた時は全然気にする余裕がなかったけど、心臓がすっごくドッキンドッキンしてる……。


 なんか……冷静に考えたら……今までで一番恥ずかしいことされちゃったかも!?

 ていうか、なんでルードはルードで、じっとしたままなの!?

 うぅ……なんか余計に恥ずかしくなってきたぁ……。


 あっ……そ、そうだ!

 虫を捕ってもらったんだから、ちゃんとルードにお礼しないと!

 夜だから見えないかもだけど、それでも『ありがとう』は、ちゃんと伝えなくちゃ!


 慌ててドレスのポケットから紙を取り出し、ルードに向かって拡げて見せる。

 見えやすいようにするためか、ルードは紙を拡げている私の手を掴むと、文字が書いてある面が上向きになるよう持ち上げ始めた。

 さっきのことを気にしているのか、私の手を掴んだ際のルードの手つきが妙にたどたどしくて、思わずホッとしてしまう。

 だって、さっきのことはルードにとっても余裕をなくすようなことだってわかったから、私だけが余裕がなくなってたんじゃないってわかったから……ホッとしちゃった。

 

「…………ぷっ」


 ホッとした傍からプッとされた!?

 さらにルードは私の手を拡げさせて、手のひらに『×』って描いた!?

 笑いを堪えるようにプッとされて……『×』と描かれて……って、まさか!?


 私は慌てて()()のポケットをまさぐってみる。

 やっぱり、入ってた!

『ありがとう』の紙が入ってた!

 ということは……私、左側のポケットに入ってた紙をルードに見せたの?

『わたしにまかせて』って書かれた紙をルードに見せたの?

 虫を捕ってもらった後に『わたしにまかせて』なんて見せられたら、誰だってプッとするよ!

 恥ずかしい……これは恥ずかしいぃ……。


『わたしにまかせて』の紙をポケットに仕舞ったあと、今度こそルードに『ありがとう』の紙を見せる。

 私に気を遣ったのか、ルードは手のひらに『◎』を書いてくれたことが、なんだか余計に恥ずかしかった。

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