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第3話-1 襲撃

 太陽が天頂にたどり着いた頃、唱巫女――アトリを乗せた箱馬車と護衛団は、大勢のナトゥラの民に見送られながら集落を出発した。

 集落といっても、唱巫女の存在によりナトゥラの民は国から様々な恩恵を受けているため相応以上に栄えており、石造りの建物が軒を連ねるその様はまるで町のようだった。

 集落の地下深くには、捧唱の旅の最後に〝大地に捧げし唱〟を奉じるオルビスの祭壇が存在しており、そのおかげか集落の周辺は緑豊かで農作物の育ちも良い。

 さらに、マイア騎士団の団員が百人近く常駐しているため治安も良く、護衛団の中には集落を発つことを名残惜しむ者も少なくなかった。


 集落からマイア城までは少人数だと二日とかからない道程だが、その途上には避けては通れない大森林地帯が拡がっていた。

 集落とマイア城を行き来する人間がそれなりにいるため多少は道が整備されているが、それでも大所帯で大森林を抜けるには相応の時間を要するのは避けられない。


 一日目に大森林の前まで移動し、二日目に大森林を突破し、三日目にマイア城へ向かう――護衛団の規模を考えると、それが最短最速の日程だった。


 大森林に到着した護衛団は、その日程どおりに大森林の前で野営を張り、早めの休息をとる。

 そして翌日、朝一番に大森林に足を踏み入れた。

 騎士団の働きによって魔獣を見かけること自体が稀な平原とは違い、大森林ではかなりの数の魔獣が跋扈している。

〝裏〟の世界で跋扈している反体制組織や秘密結社の手の者が、待ち伏せするにも適している。

 そのため、この大森林を通り抜けるのは、かなりの苦戦を強いられると予想されていたが、


「なんつうか、恐いくらい順調だな」


 サイトが腰に差したサーベルの柄頭を撫で回しながら、欠伸混じりに言う。


「たしかに、あまりにも順調すぎるな」


 傍にいる、馬に跨がるレイソンも同意する。

 現在、護衛団は縦列を組んで大森林を進んでいた。

 前衛に騎士二十名。

 後衛に護り屋二十名。

 レイソンを含む馬に乗った騎士五名と、サイトを含む護り屋五名は、縦列の中心にいる箱馬車を取り囲む形で配置されていた。


 その威容のおかげか魔獣の襲撃も少なく、障害らしい障害もないため、二人の言うとおり大森林の道程は順調すぎるほどに順調だった。

 他の騎士たち同様、甲冑に身を固めていたレイソンは、クローズヘルムのバイザーを上げ、生い茂る枝葉によって切り取られた空に視線を巡らせる。

 太陽は限りなく西側に傾いており、あと数分もしない内に赤みを帯びそうな気配を漂わせていた。


「この調子なら、日が沈む前に森を抜けられそうだな」 

「つってもギリギリだけどな」


 そう言って、サイトは肩をすくめる。


「ところで、唱巫女殿の様子はどうだった? 昨日の夜は気が張ってほとんど寝られなかったと言っていたが」

「さっき様子を見た時は、座ったままグッスリ眠ってたぜ。まあ、昼過ぎまでがんばって起きてたみてえだし、森を出るまではゆっくり寝かせといてやろうや」

「そうだな。今くらいはゆっくりさせ――」


「《お逝きなさい》」


 突然、男の唱声が響き渡り、レイソンはランスに、サイトはサーベルに手をかける。


「《(ともがら)を連れてお逝きなさい》」


 直後、二人は脳を激しく揺さぶられるような感覚に襲われ、思わず頭を抱える。

 魔唱による攻撃を受けたことは間違いない。だが、


「初めて聞く魔唱だが……いったい何が起きた!?」


 レイソンは疑問を口にしながらも、クラクラしてろくに働かない頭を回転させるために何度もかぶりを振る。

 多少はマシになったところで、体をふらつかせながらも護衛団全体に視線を巡らせた。

 サイトも含め、護衛団のほとんどが自分と同じよう頭を抱えており、中には倒れている者までいることを確認する。


「どうやら、ほぼ全員が魔唱による攻撃を受けたようだな」


 周囲の人間に聞こえるように独りごちた直後、レイソンの前にいた騎士が、ゆっくりと、こちらに馬首を巡らせてくる。

 状況確認のために、こちらに振り向いたのかと思ったら、


「!?」


 気がついた時にはもう、ランスの切っ先が眼前まで迫っていた。

 馬首を巡らせた騎士がレイソンに向かって、無造作に、微塵の躊躇もなく、刺突を放っていた。


「な――」


「に!?」と言い終わる前に、ランスはレイソンの顔面を刺し貫く。

 一刺しで絶命したレイソンは、ランスを引き抜かれると同時にズルリと馬から落ち、血だまりをつくりながら倒れ伏した。

 二度と動かなくなったランスを見て、サイトは激昂する。


「てめえッ!! 何してやがるッ!!」


 レイソンを殺した騎士が、こちらに馬首を巡らせようとした瞬間、サイトの背筋がゾクリと泡立つ。

 己の勘に従って迷うことなくサーベルを抜いたサイトは、背後から襲ってきた護り屋の剣を振り向きざまに受け止めた。

 その護り屋はサイトの顔見知りだが、


「お前がそんな呆けたツラしてるとこ初めて見たぞ!」


 正気の欠片もないほどに虚ろとしている顔を見て、半ば以上に確信する。

 先の魔唱に耐えられなかった者は皆、正気を失い、操られ、味方同士で殺し合いをさせられてしまうことを。

 事実、護衛団の皆は、今や縦列を崩し、そこかしこで味方同士で殺し合いを始めていた。


 サイトは護り屋と剣を迫り合わせながら、背後にいる、レイソンを殺した騎士がランスを構える気配を感じ取る。

 騎士が刺突を放った瞬間、眼前の護り屋を蹴飛ばし、身を翻らせながら刺突をかわして、馬の側頭部を柄頭で殴打する。

 馬はいななきながら棹立(さおだ)ちし、その拍子に乗っていた騎士がひっくりながら落馬。頭を打ったのか、騎士が起き上がってくる気配はなかった。


「敵だ! 敵が来たぞ!」


 正気を保っていた仲間の、恐怖を吐き出すような叫びを聞いてサイトは舌打ちする。

 その叫びどおり、どこからともなく現れた黒装束の集団が、護衛団を左右から挟撃する形で襲いかかってくる。


「やべえぞ、こいつぁ!」


 黒装束どもは間違いなく〝裏〟の人間。

 その狙いは考えるまでもなく唱巫女。

 そういう連中が仕掛けてくる可能性を考慮していたからこそ、囮の護衛団に五十名もの人員を投入したわけだが、人間を操る魔唱のせいで数を揃えたことが完全に裏目に出てしまっている。

 やばいどころの騒ぎではない。


(黒装束どもの動きを見る限り、俺たちを全滅させてから嬢ちゃんをかっ攫うって算段か。だったら――)


 サイトは天を衝かんばかりにサーベルと高々と掲げ、


「正気を保ってる奴ぁ馬車に集まれ! 馬車を背にして戦えば後ろの心配は――」


「《風よ切り裂け》」


 サイトの叫びに紛れるようにして魔唱が(うた)われ、放たれた風の刃が、サーベルを掲げる腕を切り飛ばす。

 味方の士気を気にしたサイトはかろうじて苦悶を噛み殺し、自分の腕を切り飛ばした魔唱の名を呻くように呟いた。

 

「〝キルウィンド〟か……!」


 風の刃を飛ばす魔唱〝キルウィンド〟が飛んできた方角を逆算したサイトは、自分の腕だったものからサーベルを奪い取り、地を駆けて魔唱使いを強襲する。

 頭巾からはみ出すほどに長い蓬髪と、頭巾の隙間から見える落ち窪んだ目がやたらと不気味な男……こいつさえ倒せば形勢は逆転する!

 その直感に従ってサイトはサーベルを振り下ろし、蓬髪の男は右手を横に振るって袖口から伸ばした刃で、サイト渾身の一振りを楽々と受け止めた。


「助かりマス。リーダー格のアナタの方から死にに来てくれて」


 薄暗い声でサイトを挑発しながら、()り合いに移行する。

 片手しかないサイトに合わせているのか、蓬髪の男は空いた左手を遊ばせたまま迫り合っていた。


「ナメてんのか、こら……!?」


 こめかみに青筋を浮かべながら必死になって押し込もうとするサイトとは対照的に、蓬髪の男は余裕に充ち満ちていた。


「ナメているのはアナタの方デスよ。たいした実力もないくせに、片腕だけで私に勝とうだなんて……いやはや、ここまでくると侮辱されてる気分デスねぇ」

「なんだと!? この野ろ――くッ!?」


 突然、蓬髪の男の圧力が増し、サイトは一気に押し込まれてしまう。が、


「くそがあああああッ!」


 怒号をあげながら粘る、サイト。

 蓬髪の男は心底うんざりとした様子で、ため息をつく。


「弱いくせに鬱陶しい人デスね。《お休みなさい 愛しい子よ》」


 魔唱を唱い終えた瞬間、強烈な睡魔に襲われたサイトは、サーベルを落とし、よろめきながら後ずさる。


「こいつぁ……ディープ……ララ……」


 魔唱の名を言い切る前に眠りの底に落ちたサイトは、(くずお)れるように倒れ伏した。

 魔唱で眠らせて終わりで済ませるほど蓬髪の男は甘くはなく、眠りこけるサイトの頭を踏み潰し、確実に絶命させた後、敵を求めて周囲に視線を巡らせる。その佇まいは、獲物を物色する肉食獣に酷似していた。

 少しして、蓬髪の男はつまらなさそうに嘆息する。

 箱馬車の周囲で戦っている騎士も護り屋も、目の前の相手と戦うのが精いっぱいで、蓬髪の男にとって敵と呼べる人間は一人もいなかった。

 

()()()()()()()()()、所詮はこの程度の集団デシタか。まあ、ここは仕事だと割り切って、予定通り皆殺しにしてから唱巫女をいただくとシマ…………おや? おやおや?」


 馬車のはるか後方から嫌な気配を感じ取り、そちらに視線を向ける。

 もしかしたら、その気配こそが護衛団の中で最も厄介な相手かもしれない。そして、いい感じに楽しめる敵かもしれない。

 その直感が当たっているかどうかを確かめるべく、蓬髪の男は、配下の三人を馬車の後方に向かわせた。

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