第25話-2 激闘
「次善と呼ぶには一か八かも甚だしかったデスが、もう一手用意しておいて正解デシタね」
手からブレードを滑り落ち、膝をついて睡魔に抗うルードを眺めながら、カルナンはゆっくりと立ち上がる。
腕を中程まで斬られたため額には脂汗が滲んでいるが、それでもまだ表情には余裕がある様子だった。
「〝ディープララバイ〟。唱を聞いた者を深い眠りへと誘う子守歌デスよ。耳が聞こえないアナタには、さぞかし貴重な体験になったことデショウねぇ」
聞こえないとわかっていながらも得意げに語り、手甲剣の刃を引っ込め、左前腕に食い込んでいたブレードを引き抜く。
左腕に刻まれた呪信紋は、血の赤に塗れてなお淡い光を放っていた。
「〝カーネイジ〟に〝ディープララバイ〟……どちらも耳が聞こえない相手には通じない魔唱デスが、呪信紋を刻んだ左腕で触れば通すことができマス。ああ、もちろんアナタが疑問に思っていることはわかってマスよ。なにせ私の左腕は、アナタの体には一度たりとも触れてマセンからねぇ」
蹲りながらも懸命に意識を保つルードを見下ろしながら、カルナンは得意げに言葉をつぐ。
「デスが、それでも通すことができるのデスよ。アナタが持っているブレードを〝道〟にすることでねぇ」
そう、カルナンは左腕に食い込んだブレードを経由させることで、ルードに〝ディープララバイ〟を通したのだ。
呪信紋で触れることで魔唱を通すことができるのは、何も人体だけに限った話ではない。
地中で眠っていたピュトンに〝カーネイジ〟で通すことができたのも、地面を経由してピュトンに魔唱を届かせたからに他ならなかった。
「さて、幕を引くとしマショウか。アナタの得物で」
カルナンは心底楽しそうな笑みを浮かべながら、地面に落ちていたルードのブレードを拾い、高々と掲げる。
呪信紋で強化された〝ディープララバイ〟は、精神力でどうこうできる代物ではない。
唱巫女クラスの魔唱耐性か、魔唱による異常を治す〝ピュリフィケーション〟なしでは〝ディープララバイ〟の魔力に打ち勝つのは不可能に近く、ルードはそのどちらも持ち合わせていない。
揺るぎない勝利を確信したカルナンは、蹲るルードに向かってブレードを振り下ろした。瞬間の出来事だった。
突然、ルードの姿が霞み、ブレードが空を切る。
一陣の風が喉元を通り過ぎた刹那、そこから鮮血が噴き出し、経験したことのない激痛がカルナンを襲う。
(いったい、何が……!?)
血が噴き出す喉を手で押さえながら、いつの間にか離れた位置に立っていたルードを睨む。
ルードの手には、この戦いの間、散々目の当たりにした投げナイフが握られていた。
そのナイフで喉を切り裂かれたことを把握すると同時に、外套の下で見え隠れしているルードの脇腹を見て瞠目する。
(血痕……!? まさかナイフで脇腹を刺して……その痛みで無理矢理意識を保った……というの……デス……か……!?)
バカな――と呟こうとするも、切り裂かれた喉から声が出るはずもなく、出血がいよいよ致死量を超えたところで意識が途切れ、己が操った大蛇の上に倒れ伏す。
人の〝生〟を奪うために殺し屋になった男の〝生〟は、敗北の事実を受け入れられないまま、緩慢に、この世から消え失せていった。