第24話 カルナン・バルカン
〈大地屠る牙〉の実行部隊は、マイアで一、二を争う殺し屋に鍛えられただけあって高い練度を誇っていた。
単純な戦闘力の高さは言わずもがな、命を命とも思わない戦いぶりは相対する者に恐怖と脅威を刻み込む。
集団戦においても、個々人の精神性が非人間的かつ合理的なため、捨て石になることも厭わぬ悪夢じみたチームワークを発揮する。
魔唱耐性はカルナンの〝カーネイジ〟に耐えうるほどに高く、魔唱を用いた搦め手を受けても崩れることはそうそうない。
実行部隊の副隊長を務める、傭兵に身をやつした男は思う。
カルナン隊長に鍛えられたこの部隊は、〝裏〟はおろか〝表〟を含めてもマイア最強の部隊だと。
事実、自分たちは、唱巫女を護衛していた五十人に及ぶ護衛団を圧倒し、壊滅にまで追い込んだ。
だから、たとえ業界五指に入る護り屋が相手でも負けはしない――そう思っていた。
しかし――
「ぐああああああああッ!!」
またしても聞こえてきた断末魔の叫びに、副隊長の頬を脂汗が伝っていく。
護衛団を襲撃した際、副隊長は、カルナンと護り屋の少年――ルードの戦いをこの目で見ていた。
ゆえに、子供であろうが耳が聞こえなかろうが、容赦も躊躇もなく全力で屠るつもりでいた。はずなのに、ルードにかすり傷一つ負わせることすらできず、こちらの数だけが一方的に減らされていく。
洞穴の縦横の幅は三メートルほどしかなく、決して広くはないのに、ルードの姿はおろか、その影すらまともに捉えることができない。
もはや、悪夢としか言いようがなかった。
副隊長の視界は、会敵と同時にルードが発生させた白煙によって完全に潰されていた。
もともと洞穴内の視界は、出入り口から差し込む光のおかげでかろうじて見える程度しかなかった。
そのかろうじての視界を、あろうことか耳の聞こえないルードが煙幕を発生させて、白色に塗り潰したのだ。
実行部隊隊員は、気配を読む術をカルナンに叩き込まれている。ゆえに、視界を潰されても戦闘への支障は少ない。
一対多において相手を攪乱するのは常道だが、耳の聞こえないルードが自ら視界を潰すのは完全に悪手――副隊長はそう思っていた。が、その考えが間違いだったと思い知らされるのに一分の時も要さなかった。
一人だけのルードに対し、こちらの数は、外で準備をしているカルナンを除いた十二人。
向こうは気配を感じたそばから斬り殺していけばいいのに対し、こちらは気配を感じても敵か味方かを判別する必要がある。
その一瞬の差がどれほど致命的であるかは、次々とあがる配下の断末魔が嫌というほど教えてくれた。
十二人いた実行部隊も、今や自分を含めて三人しかいない。
しかし、数が少なくなったおかげで、ルードの気配が段々読みやすくなってきている。
ここが勝負所だと踏んだ副隊長は、剣を構え、気息を整えることで脂汗を鎮め、どこから攻撃されても対処できるよう周囲に気を張り巡らせる。
直後、何かを引き裂く音とともに、配下の気配が一つ消える。
喉を掻っ切られたのか、呻き声一つ聞こえてこなかった。
これで、こちらは残り二人になってしまったが、
(奴の気配は掴めた!)
ルードが、残った最後の配下に仕掛けようしている気配を感じ取り、そちらに向かう。
おぼろげながらも姿を捉えた瞬間、ルードは最後の配下に向かってブレードを振り切ろうとしていた。
期せずして訪れた好機に、副隊長は口の端を吊り上げる。
配下の命を助けることなど脳裏にかすめもしなかった副隊長は、ブレードが配下の命を斬り裂くと同時に、ルードの背中目がけて刺突を繰り出す。
殺った――そう確信するも、
「!?」
眼前にいたルードが忽然と消え失せ、副隊長は瞠目する。
続けて、激甚な痛みが心臓を貫き、口から大量の血が吐き出される。
いつの間にか自分の胸に生えていた刃を見て、他人事のように得心する。
ルードが、こちらの刺突をかわすと同時に背後に回り込み、心臓を刺し貫いたことを。
それも、副隊長である自分が視認できないほどの速さで。
ルードがブレードを引き抜くと同時に、副隊長は頽れ、目を見開きながら事切れた。
◇ ◇ ◇
一方カルナンは、ルードと配下が戦っている洞穴よりもはるか下の、最も麓に近い位置にある洞穴の中にいた。
「ふむ、この辺りのはずなのデスが……」
そう独りごちながら、包帯が巻かれた左手で地面をまさぐる。
甘美で淫靡な殺しの一時を楽しむ準備を整えるために。
カルナンが〝生〟を感じる瞬間は、そこそこの命の危険を感じる時。
そして、手ずから相手の〝生〟を奪った時。
この二つだけだった。
殺し屋になったのも、〈大地屠る牙〉の実行部隊隊長を務めているのも、全ては〝生〟を奪い、〝生〟を感じ、〝生〟を楽しむためだった。
だが、相手があまりに弱すぎると、そこそこの命の危険を楽しむことができない。
唱巫女の本命の護衛のように、自分と同等以上の手練の集団が相手では、〝生〟を奪うことを楽しむことができない。
その点、今のルードは打ってつけの相手だった。
自分の命を脅かす程度の実力を持ち、現状は完全に孤立してしまっているため邪魔が入ることもない。
とはいえ、勝利を確実のものとしなければ殺しの一時を楽しむことができないので、今こうして準備を整えているのであった。
ルードたちの行く先が、キュレネ山かステュムパロス荒原のどちらかだとラライアから聞かされた後、カルナンは配下たちをその二カ所の直近にある町へ向かわせ、ルードたちを見つけ次第報告するよう命令した。
そして、キュレネ山直近の町でルードたちの姿が発見され、情報屋御用達のナイトレイヴンを飛ばすことで、カルナンはルードたちの行く先を掴むことができた。
だいぶ先行されていたが、向こうは目の見えない唱巫女というお荷物を抱えているので、追いつくのはそう難しい話ではなかった。
「おやおや、ここデシタか」
まさぐっていた左手を止めて、口の端を吊り上げる。
ルードたちの目的地がキュレネ山だとわかった時は天啓だと思った。
なぜなら〝カーネイジ〟を利用した、〝とっておき〟を使うことができるからだ。
この〝とっておき〟を使えば〝生〟を楽しく奪うことができる。感じることができる。楽しむことができる。
「さて、始めるとしマショウか」
そう言って、左手の包帯をゆっくりと解いていく。
露わになった素肌には、聖痕とは似て非なる不可思議な紋様が刻まれていた。
「蛇は皮膚に伝わる振動を音として感じることができる。だから、この〝音〟もさぞかし感じてくれることデショウ。もっとも、この左腕があれば音が聞こえようが聞こえまいが関係ありマセンがねぇ」
カルナンは落ち窪んだ目を見開き、楽しげに、心底楽しげに魔唱を唱う。
「《お逝きなさい 輩を連れてお逝きなさい》」
刹那、左腕の紋様が淡い光を発し、遅れて、地響きとともにキュレネ山が揺れ始める。
「クヒ、クヒヒヒヒ! さあさあ、ショータイムデスよぉ! 初手で終わりだなんて、つまらない幕引きはよしてくだサイよ、少年!」