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第23話  キュレネ山【ルード】

 アトリが寝返りを打ったことで寝顔が隠れてしまったことを少し残念に思いながらも、今自分たちが置かれている状況と、宿主から得た情報を整理する。


 現在、明確にアトリの脅威となっている存在は二つ。

〝表〟の組織――マイア騎士団と、〝裏〟の組織――〈大地屠る牙〉だ。

 夜に馬を走らせて可能な限り人里から離れたのも、この二つの組織を警戒してのことだった。


 脅威の度合は間違いなく〈大地屠る牙〉の方が上、だな。

 なぜなら、宿主が得た情報により〈大地屠る牙〉の実行部隊が、大森林地帯で護衛団を壊滅させた黒装束どもだということが判明したからだ。

 護衛団を襲撃した際に見せた奴らのやり口は、おぞましいほどに情けも容赦もなかった。

 分別のあるマイア騎士団と比べたら、どちらの方が脅威かなど論ずるに及ばない。

〈大地屠る牙〉に関しては、職業柄、体制の裏に潜む連中についてはそれなりに知識があるから存在自体は知っていたが……やり口といい、大地を枯れさせてオルビスを抹殺しようとする思想といい、話に聞いていた以上に危険な連中のようだ。


 その中でもとりわけ危険なのが、〈大地屠る牙〉の実行部隊隊長を務めている、

 

 ――カルナン・バルカン、か。

 

 マイアで一、二を争う殺し屋としては何度もその名を目にしたことがあったが、〈大地屠る牙〉などという胡乱な組織に属していることまでは知らなかったな。

 宿主から聞いたカルナンの外見的特徴は、襲撃を受けた際に相対した蓬髪野郎と完全に一致していた。手強かったのも頷ける話だ。


 そして、最後に宿主から聞いた情報。

 予想どおりだったとはいえ、実際にそうだと言われたらあまり気分のいい話ではないな。

 カルナンたちの襲撃を受けた護衛団が、俺一人を除いて鏖殺されたという話など……。


 正直な話、俺は別に世界のために働きたいとか、枯れゆく世界を救いたいとか、高尚な理由で唱巫女の護衛を引き受けたわけではない。

 護り屋専門の斡旋所でこの仕事を紹介され、引き受けた……本当にただそれだけの話で、仕事だからという以外に理由らしい理由はなかった。

 今はアトリを護りたいという明確な理由があるが、見る人によっては不純な動機に映るだろうから、やはり高尚な理由とは言い難い。


 だが、護衛団に入った騎士や護り屋の中には、心の底から世界のために働きたいと、枯れゆく世界を救いたいと思い、唱巫女の護衛を引き受けた者もいるだろう。

 その者たちの意志を受け継ぐなどと思うつもりはない。

 親しい者がいたわけでもないので、仇を討ってやるなどと思うつもりもない。

 だが、もしまた〈大地屠る牙〉が俺とアトリの前に現れたら、


 ――お前らの命、一人残らず護衛団に手向けさせてもらうぞ。


 宿主が気を利かせてくれたこともあって、これらの情報はアトリには伝わっていない。

 護衛団が鏖殺されたという情報は、アトリを悲しませるだけだということはわかっている。

 アトリと〝会話〟する手段があろうがなかろうが、彼女に伝えるつもりは毛頭ない。

 カルナンや〈大地屠る牙〉といった血塗られた存在についても、アトリが知る必要など全くない。

 これらの情報は、俺の胸の内に留めておくだけでいい。


 状況と情報の整理がついたところで、俺は浅い眠りに入り、翌朝、準備が整い次第馬を走らせた。

 本格的に捧唱の旅が始まったことで気負っていたのか、アトリがどうにも寝不足気味な様子だったので、彼女が落馬しないようロープでお互いの体を縛り、適宜休憩を挟みながら、俺たちは馬を走らせ続けた。

 アトリをベッドの上で休ませてやりたくて、キュレネ山に向かう途上にある町に立ち寄ってみるも、その町にはもうアトリの手配書が出回っていたので宿に泊まるのは断念。

 長居は無用なので水と食料を補充したら、すぐに町を発った。


 キュレネ山は登頂に何日もかかるような山ではなく、準備なしでも存外どうにかなると宿主は言っていたが、それでも、せめてアトリの服装を、ドレスから動きやすい服に着替えさせてやりたかったと思う。

 フード付きのローブを上に羽織ってもらっているから、一応でも防寒対策ができているだけマシだと割り切るしかない。


 道中、地図に載っていない、騎士団の手が回っていない小さな村でも発見できたらと期待したが、キュレネ山に近づくにつれて、大地が、肥沃な土から不毛な荒野へと変わっていくのを見て、その望みは抱くだけ無駄だと悟った。

 理屈抜きに断言できる。

 この荒野からは生命の息吹が全く感じられない。

 人間はもちろん、動物も植物も生きていける環境ではない。こんな地で生きていけるのは、ピュトンのような規格外の魔獣くらいだろう。

 アトリが〝大地に捧げし唱〟を奉じなければ、この荒野が世界全体に拡がってしまうわけか……あらためて、捧唱の旅の重大さを痛感させられた気分だな。



 そして、アルカスを発った二日後――



 太陽が天頂を下り始めた時分、俺たちはキュレネ山に到着する。

 草木一本生えていない、砂利と岩だけで構成された山――それがキュレネ山だった。

 勾配はなだらかで道らしき道もある。

 これならアトリも無理なく登坂できそうだが……山肌のあちこちに空いている、直径三メートルほどの洞穴の存在が気になるな。

 自然にできたものなのか、それともピュトンが()()()できたものなのか。

 いずれにせよ麓からでは確認しようがないな。


 あと、もう一つ気になるのが、ピュトンの気配が全く感じられない点だ。

 繰り返すが、キュレネ山には草木一本生えていない。

 そのため、木々が生い茂る山に比べたらはるかに見通しが良く、全長二百メートルの巨体を隠せる場所など、山の反対側か洞穴の中くらいのものだ。が、今例にあげた場所からは、巨大な魔獣が潜んでいる気配が全くと言っていいほど感じられない。

 魔獣のくせに気配を消すのが上手いのか、それとも地面の下にでも隠れているのか……とにかく、警戒だけは怠らないようにしよう。


 馬を降り、手頃な岩に手綱を繋いでいると、アトリが腕をクイクイと引っ張ってくる。

 何事かと思いながら振り向いてみると、アトリは『あそこあそこ!』と主張するように、目いっぱい腕を伸ばして山頂を指さしていた。

 やはりというべきか、大地はキュレネ山の頂で〝大地に捧げし唱〟を奉じろと言っているようだ。

 アトリの手を掴み、親指を立てる形に変えて『了解した』を伝えると、そのまま彼女の手を握り、山頂を目指して歩――……いや、待て! 足元から微弱な振動を感じる!

 慌てて手を離したらアトリに心配させてしまうので、俺はゆっくりと手を離し、離した掌を地面につけ、そこから伝わる振動に意識を集中させる。


 この振動は……馬だな。

 

 ……数は……十頭くらいか? 

 

 とにかく、かなりの数がこっちに向かっている……! 

 騎士団か〈大地屠る牙〉か、はたまた全く別の集団かはさておき、あと五分もしないうちに、馬に乗った者たちがここにやって来る!


 確信するや否や、つい先程岩に繋いだばかりの手綱を解き、振動を感じた方角とは逆の方角に無人の馬を走らせた。

 こんなところに馬を置いていたら『ここにいるぞ』と喧伝しているようなものだからな。

 それに、上手くいけば囮になってくれるかもしれないしな。


 何が起きたのかわからずオロオロしているアトリを抱きかかえると、全速力で山道を駆け上がり、最も近い位置にあった洞穴に飛び込んで身を隠す。

 アトリに詳しく説明する余裕も方法もなかったので、数瞬彼女の口を掌で覆うことで『静かに』を、両肩を押さえて座らせることで『待っていてくれ』を伝える。

 アトリが首肯を返すのを確認した後、俺は一人で洞穴の入口に戻り、姿勢を低くしながら平地の様子を覗き見る。

 ほどなくして、キュレネ山に向かって馬を走らせる集団を確認することができた。


 数は十三。性別は全て男。

 身なりは、革製の鎧を身につけた傭兵に、どこにでも売っているような麻の服を着た農民、絹の旅装を纏った商人と、まるで統一感がない。が、俺たちの行方を追うために、様々なタイプの人間に扮して情報を集めていたと仮定した場合は、統一感のなさも腑に落ちる。

 そして、最後尾にいる、外套を纏った蓬髪の男……カルナンがいる時点でもう確定だな。

 この十三人の男どもは〈大地屠る牙〉の実行部隊だ。


 このまま通り過ぎてくれたら楽なのだが……やはり、そう都合良くはいかないか。

 十三人揃ってキュレネ山の麓で止まり、馬を降りやがった。

 ……まあ、()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし妙だな。足を止めるだけならまだしも、少しの迷いもなく馬から降りるなんて。

 まさか、俺たちがキュレネ山にいることがわかってい――


 ――ちぃ……!


 カルナンの野郎がこっちを見やがった!

 気配の殺し方が甘かったか!

 俺はすぐさまアトリのもとへ戻ると、彼女を抱きかかえ、洞穴の奥へ奥へと駆けていく。

 アトリが状況に振り回されっぱなしで不安に思っていないかが心配だが、今は逃げることを優先するしかない。

 しかしこの洞穴、自然にできたものではなく、ピュトンが通ってできたという見立ての方が正解だったようだな。

 洞穴の直径が均一的すぎる。

 起伏の付き方や道の曲がり方も、完全に蛇のそれだ。

 ピュトンが遊んでいたのか暴れていたのか、それとも掃除屋あたりと戦っていたのかは知らないが、幸いなことに洞穴は斜め上に伸びている。

 このまま走れば反対側の山肌に出られるだろう。


 やがて、出口の光が見えてきて、飛び出すように洞穴の外に出る。

 一度アトリを下ろし、洞穴の地面に掌を当ててカルナンたちの動向を探る。


 ……やはり追ってきてるか。

 そうとわかれば足を止めている場合ではないので、すぐさまアトリを抱きかかえて走り出した。

 山道を駆け上がり、上方向に伸びていそうな洞穴を見つけるとすぐに中に飛び込み、一気に通り抜け、また反対側の山肌に出る。

 麓を見下ろすと、カルナンたちの馬が所在なさげにしているだけで、人影は一つも見当たらなかった。

 迷うことなく山麓で馬を降りた時点でそうだとは思っていたが、やはり奴らは、アトリがここで〝大地に捧げし唱〟を奉じることを知っているようだ。

 そうでなければ、ああも堂々と馬を残していけるわけがない。俺たちが馬を奪って逃げるという選択肢を、完全に度外視している。

 ……まあ、事ここに至って逃げるつもりなんてサラサラないがな。

 

 山道を駆け上がり、洞穴を通り抜け、また山道を駆け上がり、また洞穴を通り抜け……カルナンたちとの距離を充分に離したところで、麓にいた時から野営場所として目星をつけていた、山の中腹にある岩場に駆け寄り、そこにアトリを下ろす。

 洞穴の中の方が身を隠しやすいのは重々承知しているが、戦いの衝撃や振動により洞穴内で落盤が発生する可能性があることは無視できない。

 そんな危険な場所にアトリ一人を置いていくなど、俺にはできない。


 それから、落盤が起きる要因がもう一つ。

 これだけ駆けずり回ったにもかかわらず、結局、ピュトンの影も形も見つけることができなかった。

 となると、やはりピュトンは地面の下に潜んでいる可能性が高い。

 俺たちの戦闘に反応したピュトンが地面の下から出てきた場合は、やはり、落盤が発生する可能性が高いだろう。


 アトリの両肩を押さえて座らせた後、あえてブレードを抜き、鞘を滑る音――意外と鳴るものらしい――を聞かせることで『今から戦いにいく』を伝える。

 相手が魔獣ではないことに気づいているのか、光を失った彼女の瞳はどこか不安そうに揺れていた。

 娯楽小説で、女性の額に口づけをすることで勇気づけるというシーンを読んだことがあるが……さすがにそれはハードルが高すぎるから、ブレードを鞘に収めて、アトリの手を、両手で優しく包み込むようにして握ることで『心配はいらない』を伝える。

 想いが伝わったのか、アトリの瞳に映る不安が和らぐのを確認すると、すぐに岩場から離れ、先程通り抜けてきたばかりの洞穴に身を投じる。


 カルナン・バルカン。


〈大地屠る牙〉。


 護衛団を鏖殺した落とし前、きっちりとつけさせてもらうぞ……!

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