第22話 二人きりの旅【アトリ】
「くちゅ……っ」
突然クシャミが出たことに、私は思わず首を傾げてしまう。
今は別に寒いというほどじゃないし、鼻がムズムズしたわけでもない。
風邪だってもうとっくに治ってるのに、どうしてクシャミが出たんだろ?
そんなことを考えていたせいか、ルードの背中にしがみつくようにして繋いでいた両手が緩みそうになったので、慌てて力を込め直す。
私たちは今、宿主さんから買い取ったお馬さんに乗って、平原……かな? とにかく、周囲に大きな障害物がない場所を駆けていた。
宿主さんの話によると騎士団がアルカスに迫っているらしくて、すぐにでも村を発った方がいいということで、夜だけどお馬さんを走らせることにしたの。
それも、ちょっとこわいかもって思えるほどの速度で。
夜って視界が悪いらしいから、こんなに速度を出しても大丈夫なのかなって思うけど、お馬さんは夜目が利くってお爺様が言ってたし、手綱を握ってるのは他ならぬルードだし……うん、大丈夫。
きっと大丈夫。
だけど、やっぱりちょっとこわいかも……。
繋いだ両手にもう少しだけ力を込めながら、宿主さんから聞いたピュトンと呼ばれる魔獣のことを思い出す。
地図と私の感覚を頼りに大地が唱を求める場所を特定した結果、キュレネ山が最初の目的地であることがわかった。
そして、その山には、何十人もの掃除屋さんを返り討ちにした、ピュトンと呼ばれる巨大な蛇の魔獣が棲み着いていることを宿主さんに教えてもらった。
宿主さんは、ルードには伝えないが――と前置きしてから、私にこう言った。
ピュトンのような超大型の魔獣は、剣や槍で倒せるようなサイズではなく、強力な魔唱なしに退治するのは不可能に近い、と。
魔唱の威力は、唱者の内に秘められた魔唱を扱う力――唱力だけではなく、唱の美しさにも左右される。
唱の体を為してない魔唱に関しては、唱詞をしっかりと発音すれば魔唱が発動できるようになってるけど、やっぱり唱の体を為している魔唱に比べたら威力や効果は格段に落ちるものがほとんどだった。
そして、唱詞の発音すら滅茶苦茶だった場合、魔唱を発動させることはできない。
つまり……ルードは絶対に、魔唱を使うことができない。
でもでも、魔唱が使えなくてもルードはとっても強いし、とっても頼りになるけど……やっぱり、強力な魔唱なしでは退治が不可能と言われている魔獣を相手に、無理はしてほしくない。
宿主さんが言うには、一流の護り屋は護衛対象を護ることを優先するから、ルードがピュトンと無理して戦うことはないと、逃げることを選択するだろうとのことだった。
だけど、逃げ切れなかった場合は、私を護るために、ルードは無理を承知でピュトンと戦うだろうとも言っていた。
もし、そうなってしまったら……その時は……その時こそは私が――……って、アレ?
お馬さんが止まった?
ルードのお腹の前あたりでガッチリと繋いでいた両手を、離すようポンポンと叩かれたということは……今夜はここで野宿するってことなのかな?
手を離したらすぐにルードがお馬さんから降りたし、私のローブをクイクイと引っ張って降りるよう催促してきたから、やっぱりそうだ。
ルードに抱き止められながらお馬さんから降り、すぐ傍から感じる大きな〝なにか〟を触ってみる。
これは……木?
ということは、森……というほど木がいっぱいある感じはしないから、林かな?
うん、林ということにしておこっと。
などと考えていると、ルードが手を繋いできたので私も握り返し、一緒に歩いて林の中に入っていく。
空いた手でお馬さんを引いているのか、ルードの向こう側からカッポカッポと蹄の音が聞こえてくる。
ある程度進んだところで足を止め、火を熾し、干し肉を食べ……二人で捧唱の旅に出る決意をした最初の夜は、ここで野宿することとなった。
とはいっても、決意をしたからって特別なにかが変わったってわけじゃない……かな?
移動して、野宿して、また移動してって、やってることは大森林地帯にいた時と同じだし。
強いて違いをあげるなら、大森林地帯の時と違って今の私はローブを羽織ってて、それを毛布代わりに使えるようになったことと、ルードが自分のマントを毛布代わりに使えるようになったこと、かな。
大森林地帯の時は、私が突っ返してもルードは強引にマントをかぶせてきて……私だけ暖かくして寝ていたことが、ちょっと後ろめたかった。
だけど今は『これで寝るもん』って、ビシッとこのローブを見せつけたら納得してもらえたから、今夜からはルードも暖かくし眠ることができる。
私も今夜からは枕を高くして眠れるから、まさに一石二鳥!……野宿だから枕はないけどね。
とにかく、これからはずっと二人だけで旅しなくちゃいけないんだから、いい加減ルードに頼りっぱなしの甘えっぱなしじゃいけな――……ん? んん?
ずっと?
二人だけ?
そそそそそうだよね!
二人で捧唱の旅に出るって決めたんだから、ずっと二人だけで一緒にいるのは、あ、当たり前よね!
当たり前、だけど…………あぅ……そうだったぁ……。
よくよく考えたら、歳の近い男の人とこれからずっと二人きりって…………~~~~っ。
ビックリするくらい顔が熱くなってきたので、ルードのいる方向とは反対側に寝返りを打って顔を隠す。
ルードは座りながら寝ようとしてるっぽい感じだから、上から覗き込まれたら丸見えかもしれないけど……今は気にしないことにするっ。
あ~う~……心臓がバクバクしてる~……でも……その……全然嫌な感じじゃなくて……。
大森林地帯の時とは全然違うことを思い知らされた私は、心の内からこみ上げてくる〝なにか〟から逃げるように、ギュッと目を瞑って、眠りに落ちるのをひたすら待ち続けた。