第19話-1 二人の答え【ルード】
馬を乗り捨てた後、アトリを背負って走り、太陽が茜色に染まる前にアルカスに到着する。
指名手配されたことについてはアトリなりに受け入れることができたのか、馬を乗り捨てる前にはもう彼女は泣き止んでおり、背負って走る前に見せた表情は驚くほど落ち着いていた。
さすがにアトリを背負ったまま村の中を移動するのは不自然なので、アルカスに入る前に彼女を下ろし、手を繋いで宿屋を目指す。
ほどなくして宿屋にたどり着き、中に入ると、まるで待ち構えていたかのように腕組みをして立っていた宿主が、俺たちを出迎えた。
「■■■■■■■、■■■」
宿主の唇が動き、繋がれたアトリの手が、怯えるようにギュッと握り締めてくる。
まさか、もうアルカスに手配書が出回っていたというのか……!?
「■■■■■■■■■■■■■■■」
窘めるような視線を向けながら何か言った後、宿主は申し訳程度に設けられた受付机に向かい、そこに置いてあった紙とペンで文字を書いて俺に見せつけてくる。
『お前ら二人の話し合いに付き合ってやる。だからそう身構えるな。護り屋の坊主』
この文章を見て宿主の素性に気づいた俺は、革袋から木の板と白亜を取り出して〝言葉〟を返す。
『どうりで繁盛していない割りには切羽詰まった様子がなかったわけだ。まさか情報屋だったとはな。俺たちの素性にはいつ気づいた?』
『お前については初めからだ。耳が聞こえない護り屋の少年ルードの名声は、調べるまでもなく俺の耳に届いていたからな。彼女についても、唱巫女が行方不明になったという情報に加え、護り屋業界で五本の指に入るお前が護衛についてる時点で十中八九そうだろうとは思っていた。もっとも確証を持てたのはお前たちが来た翌夜だがな。あと繁盛していないは余計なお世話だ』
宿主の返答を読んでいると、アトリが不服そうに頬を膨らませながら袖を引っ張ってくる。
そのかわいさについては今は置いとくとして、どうやら、一人だけ置いてきぼりにされていることが不服のようだ。
目配せをすると、宿主は諦めたようにため息をつき、アトリに語りかけ始める。
目配せの意味を曲解していない限りは、先程までの俺たちの〝会話〟をアトリに伝えていることだろう。
その間に宿主の返答を読み終えた俺は、アトリとの会話が終わるのを見計らってから、こう訊ねる。
『なぜ翌夜に確証を持つことができた?』
『独自のルートで、世に出回る前の唱巫女の手配書を入手したからだ。先に断っておくが、黙っていたのは俺たちの身の安全を考えてのことだ。国が唱巫女と捧唱の旅についての情報を徹底的に秘匿していてな。探りを入れた商売敵が一人残らず音信不通になっている。実際に唱巫女と会って目が見えないことを知ったことで国の徹底ぶりには合点がいったが、いずれにせよ、唱巫女絡みの案件に下手に首を突っ込むのは危険だと判断した』
アトリの表情に苦みが加わる。
情報屋が音信不通になったことといい、手配書のことといい、この国の王は良くも悪くも目的のためなら手段を選ばないタイプなのかもしれない。
『それならなぜ今、俺たちを助けるような真似をする?』
『娘がお前たち二人を気に入っている。だから、「何も知らずに」客として応対してやろうと思った。それだけだ』
思わず、感心の吐息をついてしまう。
『そうだな。たしかにあんたは、話ができなくて困っている客の通訳をするだけで、首はおろか毛の先すら突っ込んではいないな』
『そういうことだ』
と、書いた後、アトリさんが宿主に話しかけ、宿主は後方にある扉を親指でさし示しながら応じる。
その後すぐにペンを走らせ、
『唱巫女に、今ミーシャはどうしてるかと訊ねられただけだ。ミーシャはお前ら二人を相手にハシャいだ疲れが今さら出たらしくてな。今はぐっすり眠ってるよ。まったく、夜眠れなくなっても俺は知らんぞ』
書く必要もない愚痴が混ざっていることに苦笑していると、宿主が追加の言葉を見せてくる。
『それよりいいのか? カリストであんな騒ぎを起こした以上、騎士団が捜索がてら近隣の村々に手配書をバラまきに来る可能性は高い。あまりのんびりしている時間はないと思うが?』
もうすでにカリストの騒ぎを知っているとはな。さすが情報屋といったところか。おかげさまで話が早くて助かる。
『アトリに、こう伝えてくれ。「これからどうする?」と。あと俺の考えは 』
と書いたところで、最後の『あと俺の考えは』の部分を消し、宿主に見せる。
俺自身がどうしたいのかは決まっている。
だが、下手に俺の願望を書いたら、アトリはそれに寄り添ってしまうかもしれない。
アトリの決断は、一から十までアトリのために下されなければならない。
俺の願望という不純物を混ぜ込んではいけない。
――だが。
願わくば、同じ答えであらんことを。