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第18話-2 指名手配【ルード】

 アトリは何かに怯えるように体を震えさせながら、その場で立ち竦んでいた。

 

 ――いったい、何に怯えている?


 周囲の気配を探ったかぎり、敵意や害意の類は特段感じられない……いや、こちらに近づいてくる三人の騎士に、少し違和感があるな。

 町中だからか、騎士たちが兜を脱いでくれているおかげで表情が見えるが、どこか俺たちのことを不審に思っているような、警戒しているような、そんな顔をしている。

 敵意や害意は感じられないが、醸し出される雰囲気は明らかに尋常から程遠い。


 まさか、アトリは騎士たちに怯えているのか?

 今まさに保護してもらおうとしている相手を?

 いよいよ、わけがわからなくなってきたな。

 人通りが多くて騎士たちの歩みがもたついている今の内に、状況を整理し直した方がよさそうだ。


 アトリと二人でカリストに入り、騎士の一人や二人巡回していることを期待して目抜き通りに出て、建物の壁に埋め込まれた掲示板に貼り紙をしていた三人の騎士を見つけ、けっこうな距離が離れていたことと人通りの多さにうんざりしつつも近づいていったら、アトリの歩みが段々遅くなって、ついには止まって、震え出した。

 ……やはり、アトリが怯えている原因は、こちらに近づいてくる三人の騎士と見て間違いなさそうだな。


 俺が気づけなくてアトリが気づけるものといえば、音。

 そこから類推すると……揃いも揃って口元が隠れていたから断定はできないが、騎士たちはアトリを怯えさせるようなことを話していたのか?

 そう仮定した場合、俺が三人を見つけた時にやっていた作業を考えると、話題になっていたのは…………貼り紙か!

 騎士が手ずから貼り付ける紙など、〝アレ〟以外に考えられない。

 正直、嫌な予感しかしない。

 

 俺はすぐさま貼り紙に視線を向ける。が、人通りが多い上に、俺自身の身長が並み以下のせいで、なかなか貼り紙を視界に収めることができなかった。

 人通りが多いおかげで、騎士たちの歩みが亀のように遅いのはありがたいが、正直今はもどかしさの方がはるかに強い。


 見えろ。


 見えろッ。


 見えろッ!


 祈るように、人ごみの向こうに隠れている貼り紙を睨みつける。

 ほどなくして、人ごみにわずかな隙間が生じ、貼り紙が垣間見えた瞬間、集中力を極限まで高め、貼り紙の内容を目に焼きつけ……経験したことのない怒りが俺の心を焼いた。


 手配書には、アトリが紙に閉じ込められたと錯覚するほどの、筆致極まる似顔絵が描かれていた。

 手配書の最下部に書かれた賞金は、「0」が五つ以上並んでいるのを確認したところで数えるのをやめた。

 そして、似顔絵と賞金額の間に書かれた文字は、あまりにも度し難く、あまりにも受け入れ難いものだった。


 ――『生死問わず』だと!? ふざけるなッ!!


 当代の唱巫女が死ぬと、聖痕が移譲され、新たにオルビスに選定された女性が次代の唱巫女に任命されるという話を文献で見かけたことがある。

 捧唱の旅は、枯れゆく大地の息を吹き返す旅。

 だから失敗が許されないことは、よくわかる。

 目の見えないアトリが唱巫女を務めることに不安を抱く気持ちも、よくわかる。

 だが、あえて、もう一度()()()()もらうぞ。


 ――ふざけるなッ!!


 大勢の人間を生かすために一人の人間を殺す……そんなものは生け贄と同じだろうが!!

 そもそもアトリは何一つ諦めてないんだぞ!!

 諦めずに! この世界のために! 小さな体で! 目が見えないにもかかわらず! 捧唱の旅を成し遂げようとしてるんだぞ!!

 アトリの頑張りを!

 アトリの想いを!

 アトリの命を!

 こんな人道にもとるふざけた決定に踏みにじられてたまるかッ!!


 俺は人目を憚らず、思い切りアトリを抱き締めた。

 突然抱き締められて驚いたのか、一時的でも彼女の震えが止まってくれたことが、俺にとっては何よりの慰めだった。

 俺の行動に不信感を募らせたのか、騎士たちの気配が、にわかにざわつき始める。

 手配書が貼られ、騎士たちに目を付けられた時点で、俺の――いや、俺たちの取れる行動は一つしかなかった。


 煙幕玉を取り出し、地面に叩きつけて白煙を噴き上がらせると、すぐさまアトリを抱きかかえ、混乱に陥る人ごみを縫ってこの場から離脱する。

 気が動転しているのか、アトリが俺に向かって何か叫んでいるように見えるが、聞こえないのをいいことに無視を決め込んで路地裏に飛び込む。

 どうせアトリのことだ。俺まで指名手配されるかもしれないとか心配しているのだろうが、そんなものは知ったことではない。


 俺は君に死んでほしくない。


 たとえ君が死を望んだとしても、俺は全力でそれを食い止める。


 そのためなら罪人になっても構わない。


 護り屋の仕事を続けられなくなっても構わない。


 ――君を、護ることができるのなら。


 一気に駆け抜け、町の郊外にたどり着くと、商人たちの馬車の中から馬を一頭失敬し、アトリを後ろに乗せて走り出す。

 馬の持ち主には悪いが、今は一秒でも早くカリストから離れたかったので、この馬は勝手に使わせてもらうとしよう。


 さて、ここからどうする?

 念のためアルカスとは違う方角に向かって逃げているが、今後のことを話し合うためにも、一度アルカスの宿屋に戻るのが得策かもしれない。

 全く知らない他人に通訳をお願いするという手もあるが、頼んだ他人がすでに手配書を見ていた場合は最悪手になってしまう。

 師匠の教えとか関係なしに、簡単に他人を信用できる状況ではない。

 一応でも顔見知りになった宿主たにんを頼った方がまだマシというものだ。


 それに、こう言ってはなんだが、辺鄙な村(アルカス)にはそうすぐに手配書はまわってこないだろうしな。

 仮に雑貨屋の店主が手配書を見ていたとしても、アルカスに戻るのは夜遅くか明日になると言っていたから、時間的にはまだ余裕がある。

 宿主には、『騎士団のおじさん』が騎士をやめていたから頼る相手がいなくなったと伝え、今後のことを話すていでミーシャに通訳をお願いする……今はこれが最善手だろう。

 

 それはそうと、追っ手はまだ来ていないようだな。

 もしかすると、俺たちがまだ町の中にいると勘違いしているのかもしれない。

 だとしたら好都合だ。このまま馬を走らせ、途中で乗り捨ててからアルカスに戻るとしよう。

 どのみち、馬に乗ってアルカスに戻っても孤児のくせにどうやって手に入れたという話になるだけだし、無人になった馬をあらぬ方向に走らせれば、後々来るであろう騎士たちの捜索隊を攪乱できるかもしれないしな。


 そうと決まれば、馬の腹でも蹴って速度を上げ、さっさとアルカスに戻るべきかもしれないが……今だけは、このままのペースで走り続けることにした。

 俺の背中にうずめるように押し当てられた小さな額。

 俺の体をギュッと抱き締めながら震える細い腕。

 聞こえなくてもわかる。

 アトリは今、泣いている……。

 

 ――くそッ……!


 喋れないことが、こんなにもつらいと思ったのは初めてだぞ……!

 泣いているアトリに言葉の一つも……いや、()()()()()()かけてやれない。

 馬に乗っている今は身振り手振りもできない。

 だからといって、立ち止まるわけにもいかない。

 大丈夫だと、心配するなと、抱き締めることもできない。

 泣いているアトリに、何もしてやれない……そう……何も……。

 かつてないほどの無力感に苛まれながらも、俺はただただ馬を走らせることしかできなかった……。

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