第17話-1 カリストへ【アトリ】
大事をとってもう一日だけ宿で養生することになった私は、ルードくん――じゃなくて、ル、ルード……と! 沢山お話しをしましたっ!
あぅ……まだちょっと慣れない。
でも、いい加減慣れなくちゃ……!
は、話を戻すけど、沢山話したとはいっても、通訳をしてくれるミーシャちゃんの都合次第だから、昨日に比べたら沢山という意味で、実際はそこまで沢山話せたわけじゃなくて……でも、すっごく楽しかった。
お話しの内容は、お互いの趣味についての話から始まり、ルードの趣味が読書だって知った時は、サイト様がルードのことを「あっちで本読んでる~」とか言っていたのを思い出したり、私の趣味が食べることと〝唱〟を唱うことだって言ったら、ルードの方から納得したような吐息が聞こえてきたり。
食べることについての話題が出たからか、大森林地帯で食べたものの話になって、そこから、この村にたどり着くまでの話になって……。
捧唱の旅に関わることや、魔唱のこと、ルードが孤児とは思えないくらいに強いことといった、ミーシャちゃんが食いつきそうな話題は避ける必要があったから話す内容はけっこう制限されちゃったけど、それでもやっぱり楽しくて……本当に、あっという間な一日だった。
そして、翌日の朝――
「えー、アトリおねえちゃんたちもう行っちゃうのー?」
ミーシャちゃんが残念そうに言ってくれたことが嬉しくて、つい微笑を漏らしてしまう。
「ごめんね。お姉ちゃんたち、行かなきゃいけないところがあるの」
「それって『キシダンのおじさん』のところ?」
「うん。そうだよ」
ルードが宿主さんから聞いた話だけど、アルカスからお馬さんで一時間ほど走ったところにある町――カリストにはマイア騎士団が常駐しているらしく、私たちはそこに赴き、架空の『騎士団のおじさん』に保護してもらうことにしたの。
私個人としては一日でも長くルードと一緒にいたかったから、もう少しだけ宿に泊まりたいって気持ちはあったけど、そんな個人的な願望で捧唱の旅を滞らせるわけにはいかない。
それに唱巫女を狙う人たちがいつ宿にやってくるかもわからないし、そうなったらミーシャちゃんや宿主さん、村の人たちを巻き込むことになってしまうかもしれない。
それだけは絶対にダメだから、準備ができ次第部屋を引き払って、すぐにでもカリストに向かうことにしたの。
ルードは今その準備の一環として、昨日村の雑貨屋さんで買ってきた材料をもとに、別の部屋で特製の煙幕玉――であってるのかな? とにかく、それをつくってる。
だからというわけじゃないけど、私の方でも旅に役立つ〝特製〟を拵えることにしたの。
……旅といっても、あとはもうカリストに向かうだけだから〝特製〟の出番はほとんどないかもだけど……。
「アトリおねえちゃーん。紙とペン用意したよー」
「ありがとう。ミーシャちゃん」
お婆様が言うにはスカートの襞で隠れているからパッと見はわからないらしいけど、私が着ているドレスのスカートには、左右に一つずつポケットが設けられていた。
私はそれを利用して、文字を書いた紙を左右に一枚ずつ入れることで、たった二種類だけだけど、ルードと二人だけでコミュニケーションをとる際に使える〝言葉〟を用意することにしたの。
「一枚目はなににするのー?」
ミーシャちゃんが、どこか楽しげな口調で訊ねてくる。
一枚目はもちろん、簡単なようで実は身振り手振りだけでは正確に伝えるのが難しい、
「『ありがとう』、だよ」
「りょーかーい」
カリカリとペンを走らせる音が聞こえた後、パタパタと紙を扇ぐ音が聞こえてくる。
インクで書いた文字が滲むことは知識としては知ってるけど、手で触ってもわからないから『滲む』がどんな風になってるのか、ちょっと想像がつかないなぁ……。
「うん! もうバッチリかわいたから大丈夫だよ! 『ありがとう』は内がわに書いてるから、『おもてうら』をまちがえないようにしてね! あと、アトリおねえちゃんに言われたとおり上がわの角は切っておいたから、『じょうげ』もまちがえないようにしてね!」
四つ折りにされた紙を受け取ると、すぐにそれを開いて『ありがとう』をミーシャちゃんに見せてから右側のポケットに仕舞う。
少しして、私がお礼を言っていることに気づいたミーシャちゃんは、笑い声を漏らしながら「どーいたしまして」と答えてくれた。
「二枚目はなににするのー? やっぱり『ありがとう』ときたら『ごめんなさい』?」
「ううん。違うよ」
「そっかーハズレかー。ま、『ごめんなさい』は文字がなくても伝えるのは簡単だもんね。なら…………………………………………なににしたのー?」
考えるだけ考えた結果思いつかなかったのか、「なら」の後にたっぷりと沈黙を挟んでから、ミーシャちゃんが訊ねてくる。
二枚目にお願いするのは、ここに来るまでずっとルードに頼り切りだった私が言いたかった言葉。
『ありがとう』や『ごめんなさい』に比べて格段に出番の少ない、私のワガママと願望が詰まった言葉。
私は口を開き、二枚目に書いてもらう言葉を伝える。
すると、ミーシャちゃんは意外そうな声をあげ、その後すぐに「いいと思う!」と言って、二枚目の言葉を紙に書いてくれた。