第16話-2 初めての〝会話〟
宿主は、娘のミーシャに就寝前のホットミルクを渡した後、自室に戻り、開けっ放しにしていた窓を見やる。
窓の桟には、一羽の黒い鳥がとまっていた。
ナイトレイヴン――夜行性のカラスで、しっかりと躾ければ従順に従ってくれるうえ、帰巣本能に頼らずとも特定の人や場所に行き来してくれる知能を有している。
訓練次第では日中でも飛ばすことができるので、長距離かつ秘密裏の情報伝達には打ってつけの生き物だった。
ナイトレイヴンを大きな鳥籠に招き入れた後、足に装着されていた小さな円筒の蓋を開け、中に入っていた巻文を取り出し、労いの餌を与える。
巻文の内容に目を通した宿主は、あるかなきかのため息を零すと、巻文をクシャクシャに丸めてズボンのポケットに突っ込み、ホットミルクを飲んでいるミーシャのもとへ向かう。
「ミーシャ」
「なーにー、とうちゃ?」
ホットミルクの入ったコップをテーブルに置き、こちらに顔を向けてくる。
口の周りには立派な白ヒゲが出来上がっていた。
「あの二人に、あまり深入りするな」
「……? 『ふかいり』って、なーにー?」
「あまり仲良く過ぎるなということだ」
ミーシャは、きょとんとしながら首を傾げる。
「アトリおねえちゃんとルードおにいちゃんのお世話をしろって言ったの、とうちゃだよ?」
「だから、あまり仲良く過ぎない程度に世話をしろと言っている」
ミーシャは「うーん……」と眉をひそめ、ますます首を傾げるも、すぐに首を真っ直ぐにして笑顔でこう答える。
「うんっ! むりっ!」
それが唯一無二の答えだと思ったのか、ミーシャはテーブルに置いてあった布巾で口周りをゴシゴシと拭った後、空になったコップと一緒に布巾を宿主に渡し、
「それじゃ、とうちゃ。お休み~」
自分の部屋へ戻っていった。
コップと布巾を持ったまま、しばらくの間、娘の部屋を見つめていた宿主だったが、
「やれやれだな」
諦めたようにため息をつくと、コップと布巾を洗いに台所へ向かった。