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第16話-1 初めての〝会話〟【ルード】

 アトリさんが粥を食べ終えた後、木の板と白亜の筆談セットをミーシャに渡し、俺とアトリさんは、いよいよ、初めて、〝会話〟をすることとなった。

 一度書いた文字を消せることが気に入ったのか、筆談セットを持ったミーシャが目を輝かせていたので、俺は自分用の筆談セットを取り出し、


『貸すだけだぞ』


 と伝えたら、すぐに、


『ケチ』


 と、返ってきた。返答の早さは上々だな。

 字に関しても無駄に丸っこいことに目を瞑れば、なかなかに読みやすい。

 あとは俺の方で難しい言葉を使わないよう気をつければ、問題なくコミュニケーションをとることができそうだ。


 さて、準備は整ったが、いったい何から()()()()べきか。

 考えれば考えるほど、アトリさんは俺のことをどう思っているのかとか、アトリさんの趣味は何なのかとか、最重要案件どうでもいいことばかりが脳裏に浮かんでしまう。

 ついさっき気を引き締め直したところなのにこのザマだから、我が事ながら頭が痛い。

 今一度考え直していると、アトリさんが何か言ったのか、ミーシャが黄色い声をあげていた時と同じ顔をしながら、嬉々として木の板に白亜を走らせていく。

 アトリさんが俺に何を伝えてようとしているのか気になり、ミーシャが書き終わると同時に木の板を覗き込んでみると、


『やっとおはなしができるね』


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!


 的確に急所を貫かれた俺は、悶える心を気合で抑え込んだ。

 いや、さすがに、『やっとおはなしができるね』なんて()()()()ら、本当にとりとめのないただのお話しをしたくなってしまうから、本当に勘弁してくれ……!

 恥ずかしそうな笑顔を向けられると、抱き締めたくなる衝動に駆られるから、本当に勘弁してくれ……!


 荒ぶる心をどうにかこうにか抑え込み、木の板に『そうだな』と書いてミーシャに見せる。

 あまりの素っ気なさに、ミーシャが露骨に不服そうな顔をするが、こればかりは仕方がない。

 素っ気なくしないと、余計なことばかり書いてしまいそうだから仕方がない。

 ミーシャが俺の言葉を伝えた後、すぐにアトリさんは次の言葉を伝え、それを聞いたミーシャが木の板に文字を書き込んでいく。

 どうやらこちらがアレコレ考える前に、アトリさんの方から話を振ってくれるようだ。

 少しして、アトリさんの言葉を書き終えたミーシャが木の板を見せてくる。


『ほかのみんながどうなったかわかる?』


 これは……そうだな……そうだよな。

 アトリさんの性格を考えたら、最初に護衛団ほかのみんなの安否を訊ねてくるのは当然の話だよな。

 風邪を引いて熱まで出ていたのに、護衛の俺を護るために無理して魔唱を使って意識を失って……そんな優しい彼女が、護衛団の心配をしないわけがない。

 襲撃を受けた時、俺には聞こえないが、護衛団の人間の断末魔がいくつもあがっていたのは想像に難くない。

 それを聞いていたとしたら、なおさら心配で堪らなかっただろうな。

 だが、


 ――護衛団は、まず間違いなく鏖殺おうさつされている。


 黒装束に身を包み、頭巾で顔を隠すような連中だ。

 自分たちの姿を見た者は、一人残らず殺すよう徹底している可能性が極めて高い。

 それに反比例して、護衛団があの戦況をひっくり返した可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

 俺一人を除き、護衛団は全滅している。これが現実だろうな。

 だが、こんな現実、アトリさんに教えられるわけがない……!


『逃げるのに必死だったからわからない』


 これが俺の返答だった。

 アトリさんはスッキリしないだろうが、これでごまかすしかない。

それに宿主おとなよりも勘ぐってこないといっても、護衛団という単語や、黒装束どもに襲撃を受けたことを話題に出せば、いくら子供ミーシャといえども俺たちの素性を疑うかもしれない。

 だから、二重の意味で説明を避けなければならない。

 俺の返答を聞いたアトリさんの表情は、やはりというべきか、目に見えて気落ちしていた。

 ここはアトリさんの気持ちを切り換えさせるためにも、気落ちした彼女を見て胸が苦しくなった俺のためにも、さっさと話題を変えるのが得策だろう。

 そうだな……今後についての話を振ってみるとしよう。

 冷静に考えたら、これこそが本当の意味での最重要案件だからな。


『アトリさん、これからどうする? このまま二人で旅を続けるか? それとも、騎士団のおじさんを頼ってみるか?』


『このまま二人で旅を続ける』は言葉どおり、俺とアトリさんの二人だけで捧唱の旅に出る――という意味だった。

『騎士団のおじさんを頼ってみる』は、騎士団に接触し、迎えに来てもらうことで、当初の予定どおりにマイア城へ向かう――という意味だった。

 言うまでもないが『騎士団のおじさん』なるものは、ミーシャに怪しまれないようにするための、ただの方便だ。

 アトリさんにはこれで充分伝わるはずだが……なんでアトリさんは、微妙に不服そうな顔をしてるんだ?

 この二つ以外に選択肢があるとでもいうのか?

 ややあって、返事がかえってくる。


『キシダンのおじさんをたよるだってさ』


 最後の『だってさ』が完全にミーシャの言葉だったことはさておき、結局、アトリさんの返事は良くも悪くも予想どおりのもので、第三の選択肢があるというわけではなかった。


 だからなおさらわからない。

 アトリさんが微妙に不服そうな顔をしていた理由が。 

 先程の質問の中に何か気に障るような言葉があったのだろうかと戦々恐々としていると、急にミーシャがハイテンションで木の板に文字を書き始める。

 アトリさんの方を見てみると、なぜか彼女の顔はほんのりと赤くなっていた。

 アトリさんの言葉を書き終えたミーシャが、心底楽しそうな笑顔を浮かべながら木の板を見せつけてくる。


『「さん」はいらない! 私のことはあいじょうたっぷりにアトリってよんで!』


 間違いなくミーシャの脚色が入っていることはさておき、どうやらアトリさんは「さん」付けされていたことが不服だったようだ。

 一歳だけだがアトリさんの方が年上だし、護衛対象でもあるから、呼び捨てにするのはどうかと思っていたのだが…………いいのか? 呼び捨てで?

 本当に、アトリさんじゃなくて、アトリでいいのか?


 アトリ。


 アトリ!


 アトリ!!


 ただ呼び捨てにしているだけなのに、いまだかつて経験したことのない多幸感が俺の心を満たす。

 同時に、騎士団なんかに連れて行かず、このまま二人だけで捧唱の旅に出たいという衝動に駆られそうになる。

 なぜなら、このままマイア城に向かったら、護衛団が再編成されて二人だけの旅が終わってしまうからだ。

 それに、アトリをここまで護ったことを評価されず、アトリをここまでの窮地に陥れた失態を糾弾された場合、俺は再編成された護衛団に入れてもらえず、お役御免になることもあり得る。

 だから、護り屋の仕事なんて関係なしに、護り屋の経歴なんて気にせずに、アトリを攫ってでも二人で捧唱の旅に出たいと思ってしまった。


 だが……だが! それは駄目だ!

 騎士団を頼り、マイア城へ向かうことを選んだのはアトリの意思だ。

 それをねじ曲げることなんて俺にはできない!

 それに……あまり認めたくはないが、やはり、耳が聞こえない俺と、目が見えないアトリの二人だけで捧唱の旅に出るのは困難を極めると言わざるを得ない。


 知らず物思いに耽ってしまったせいで返事が遅れてしまい、ミーシャが『早く早く』と急かすような視線を投げてくる。

 返事はとっくに決まっているが……アトリが俺のことをどう呼んでいるのかが気になるな。

 彼女の性格を考えると、呼び捨てにしているとは考えにくい。

 だったら、


『そういうアトリは、俺のことをどう呼んでるんだ?』


 さりげなく呼び捨てにする要求に応えながら訊ねてみる。

 俺の返事を聞いたアトリは、ただでさえ小さな体をさらに小さくしながら、こう答えた。


『ルードくん』


「くん」付けか。俺の方が一歳年下だし、アトリらしいといえばらしいな。


『だったら、俺の方も呼び捨てでいい』


 ミーシャが心底楽しそうにしていることはさておき、俺の返事を聞いたアトリが数瞬気恥ずかしそうな顔をした後、意を決したようにコクコクと頷いた。

 それを見て、ミーシャの挙動がますます騒がしくなる。

 出ている声もさぞかし騒がしいことだろう。

 内容に関しては、アトリが耳まで真っ赤になっているところを見るに、俺たちを囃し立てるようなことを言っているのは間違いなさそうだ。


 ミーシャの声があまりにうるさかったのか、突然宿主が部屋に押し入ってくる。

 勢いをそのままにミーシャに説教をする素振りを見せるも、ニコニコ笑ってる彼女を見る限り、説教の効果は今ひとつのようだった。


 少しして、宿主が部屋から出ていくと、アトリが喋っているわけでもないのに、ミーシャが木の板に白亜を走らせ始める。

 宿主に言われたことを、俺に伝えようとしているのか?

 二人の会話を聞いていたアトリが微笑ましそうな顔をしているから、そうたいした話ではなさそうだが。

 ほどなくして、文字を書くミーシャの手が止まり、木の板を俺に見せつけてくる。


『とうちゃに、もうおそいからねろっていわれたからミーシャはねるね! だから、おはなしはまたあした!』


 言うほど夜遅くはない気がするが、まあ、いつまでも子供に付き合ってもらうわけにはいかないか。

 それに、日が沈んでから二時間後に全ての店が閉まってしまうこの村だと、なおさら子供の寝る時間は早いだろう。

 ミーシャの言うとおり〝お話し〟の続きは明日にした方がいいな。


 そう思っていたら、アトリが慌ててミーシャに何か言伝し、快諾した彼女が今日一番の笑顔を浮かべながら白亜を走らせ、書き終わると同時に『返す』と言わんばかりに筆談セットを俺に押しつけてくる。

 木の板には、


『アトリおねえちゃんが、これだけはどうしても、いまつたえておきたいんだってさ』


 と、わざとらしく前置きした上で、こう綴られていた。


『私のこと、まもってくれてありがとう』


 これは……やばいな。

 尋常ではないほどに嬉しい。


 今まで護衛対象に『ありがとう』を言われたことは幾度となくあったが、その全ての『ありがとう』よりも、アトリからの『ありがとう』が嬉しくて嬉しくて堪らない。

 一方アトリはというと、『ありがとう』はともかく『私のこと、まもってくれて』の部分がどうにも恥ずかしかったようで、こちらに背中を向けながら毛布にくるまって寝たフリを決め込もうとしていた。

 毛布に隠れ切れていない耳が真っ赤っかなところが、本当にかわいい。


 宿主に呼ばれたのか、ミーシャが慌てた様子で部屋から出ていく。

 正直まだまだ()()足りないが、それはまた明日でいいだろう。

 アトリはアトリで、あと数分もすれば寝たフリの後ろ二文字が消えてなくなりそうな様子だしな。


 俺の方はいうと、目が覚めたばかりで眠くもなければ、特に腹が減っているわけでもない。必然、夜は長くなるだろう。

 こういう時こそ、読みかけの本を読破する好機だと思った俺は、革袋に手を伸ばし、ご贔屓の作家ロート・ロードが執筆した、捧唱の旅を題材にした娯楽小説『捧唱の果て』を読みふけることにした。

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