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第13話  最悪の〝決定〟

 世界最大の国力と領土を誇るマイアの城は、さながら要塞のようだった。

 堅固な城壁に囲まれ、無数の尖塔が天を穿つその威容は、見る者に畏怖の念を抱かせる。

 されど、無骨な印象を受けるかと言えばそんなことはなく、その外観は、まさしく城と呼ぶにふさわしい壮麗さだった。

 そのマイア城の一室にて、唱巫女にとって残酷極まりない〝決定〟が今まさに下されようとしていた。


「この〝決定〟は、あまりにも人道から外れていますぞ! 国王様!」


 穏やかな性格で知られる、ナトゥラの民の族長――ルゴルドが、激した口調で国王を糾弾する。

 怒気すら孕んだ言葉を前に、マイアの国王――サウルン・ロッド・レゼリウスは、眉一つ動かすことはなかった。


 現在この部屋では、サウルンとルゴルドを筆頭に、マイアの大臣とナトゥラの民の有力者を含めた総勢二十五名が、巨大な円卓を囲んで会議を行っていた。

 会議を行う理由はもちろん、仮初めの護衛団が壊滅した挙句、唱巫女――アトリが行方不明になってしまったという、最悪の事態が起きたためだ。

 生死不明ではなく行方不明となっているのは、唱巫女が死んだら移譲される聖痕が、唱巫女候補の女たちの体に現れていないからだった。

 ゆえに、この場にいる者たちは皆アトリが生きていることを知っており、()()()()()会議が行われているのであった。


 いかにも一国の王という風貌をしたサウルンは、自分よりも十数年長く生きている老人に向かって、冷厳に言い放つ。


「くどいぞ、族長。当代の唱巫女は五十名もの護衛に護られながら、この城にたどり着くことすらできなかった。やはり、目の見えぬ娘に捧唱の旅は無理だったのだ」

「し、しかし……!」

「捧唱の旅が失敗すれば、我々人間はおろか、あらゆる生物が生きられぬほどに大地が干からびてしまう。そなたは、たった一人の娘を生き長らえさせるために、この世界に死ねと申すつもりか?」


 反論の隙間もないサウルンの言葉に、ルゴルドは口ごもる。

 怒りか哀しみか、その身に纏う民族服は小刻みに震えていた。


「お待ちください、国王様。当代の唱巫女であるアトリは、ルゴルド族長にとって孫も同然の存在。国王様の〝決定〟に反対するのも無理からぬ話でしょう。ですからここはルゴルド族長の意を汲み、この場にいる者たちで多数決をとるというのはいかがでしょう?」


 ナトゥラの民の有力者筆頭――ラバソが、ルゴルドに助け船を出すような進言をする。

 ラバソの年齢はサウルンと同じ五十代ではあるが、彫りの深い顔立ちと、ナトゥラの民の特徴である銀色の髪、金色の瞳、白い肌の融和が織りなす美しさのおかげか、ラバソの外見はサウルンよりも十歳以上若く見えた。

 そのせいかどうかはわからないが、サウルンはつまらなさそうに口髭を撫でた後、仕方がないと言わんばかりに一つ頷く。


「よかろう。そなたの言うとおり、多数決をとろうではないか。余の〝決定〟に賛同するか否かのな」


 ラバソが助け船を出したことに、サウルンがあっさりとラバソの申し出を受け入れたことに、ルゴルドは違和感を覚える。

 国王側の人数は、サウルンと十人の大臣を合わせて十一人。

 それに対してナトゥラの民側は自分を含めて十四人。

 仮にラバソが国王側についたとしても、数の利はこちらにある。

 サウルンはあくまでも多数決を『とる』と言っただけで、多数決で『決める』とは言っていない。

 とはいえ、多数決で賛同を得られなかった場合は〝決定〟の妨げになるのは明らかであり、わざわざ多数決を行うメリットがないこともまた明らかだった。


 そんなサウルン以上におかしいのが、ラバソだ。

 先程国王が下した〝決定〟は、ラバソにとって都合の良いもののはず。

 その〝決定〟に反対するような申し出をするのは明らかすぎるほどにおかしい。

 そうこうしているうちに、サウルンが立ち上がり、皆に告げる。


「では、先程余が下した〝決定〟に賛同する者は手を挙げたまえ」


 直後、ルゴルドは信じられない光景を目にする。

 挙がった手の数は二十二。

 ルゴルド本人と、ルゴルドの信の篤いナトゥラの民の有力者二名を除いた、二十二名の人間が微塵の迷いもなく挙手し、サウルンの〝決定〟に賛同していた。


「これはこれは。族長のためを思ってやったことが裏目に出てしまいましたな」


 嘆くようにラバソは言う。しっかりと自分も手を挙げているものだから、白々しいことこの上なかった。


 この茶番を見て、ルゴルドはようやく気づく。

 ラバソはすでに根回しを終えていたのだ。

 ルゴルドを裏切りそうにない二名を除いた有力者たちに。マイアの大臣に。そして、いったいどのような手段を使ったのかはわからないが、国王に。

 サウルンは、呆然とするルゴルドを憐れむように一瞥した後、円卓を囲う全ての者たちを睥睨する。


「本命ではないにしろ、五十名に及ぶ護衛団を全滅させる奴儕やつばらが相手では、目の見えぬ唱巫女が捕まるのも時間の問題というもの。そして、世界各国から選りすぐった強者つわものが護衛を務めても、肝心の唱巫女が自衛はおろか一人で歩くことすらままならぬようでは、捧唱の旅を成し遂げるのは不可能というもの。ゆえに――」


 そして、今一度、己が下した〝決定〟を皆に告げた。


「早急に唱巫女を探し出し、見つけ次第()()をくれてやれ。そして、聖痕を受け継いだ新たな唱巫女に、この大地の命運を託そうではないか」


 サウルンの言う慈悲は『死』を意味していた。

 つまり、アトリを殺すことで聖痕を移譲し、()()()()()唱巫女に捧唱の旅を成し遂げさせろと、この国の王が直々に言っているのだ。


「すまない……アトリ……すまない……!」


 家族を護ることができなかったルゴルドは、双眸に涙を滲ませ、ただただアトリに謝り続けた……。



 ◇ ◇ ◇



 会議が終わった後、ラバソは、城の中にある賓客用の宿泊室に向かう。

 唱巫女を擁するナトゥラの民の扱いは、他国の要人とほぼ同列。

 大股で城の中を闊歩できるのも、賓客用の部屋で寝泊まりさせてもらえるのも、世界の命運を握る唱巫女がナトゥラの民からしか生まれないおかげにあった。

 部屋にたどり着き、扉を開けると、豪奢な絨毯と天蓋のついた二台のベッド、そして、愛娘であるラライアがラバソを出迎える。


「ね、お父様。私が言ったとおりに事が運んだでしょ?」


 ナトゥラの民の民族服ではなく、華美なドレスで着飾ったラライアが得意げに訊ねてくる。

 父親という立場を抜きにしても美しい娘だと、ラバソは思う。

 背中にかかる長い銀髪に、切れ長の金眼。当然、肌は白磁のように白い。

 顔立ちは病的なまでに整っており、怖気おぞけすら覚えるほどの冷たい美しさに充ち満ちている。

 見る者を温かい気持ちにさせる小動物的な愛らしさを持つアトリとは、対極とも言える美貌だった。

 アトリと対極なのは何も容姿だけの話ではなく、性格は言わずもがな、小柄な割りに胸が豊かなアトリに対し、ラライアは高身長でなおかつスレンダーなので、体型に関しても対極と言って差し支えなかった。


(だからこそ、アトリが気に入らないのだろうな)


 そんなことを考えながらも、ラバソは会議の時とは比べものにならない柔和な物言いで、愛娘に応じる。


「ああ。確かにお前の言うとおり、恐いくらいに上手く事が進んだよ。いくら国王様が国のためならば非情になれるお方だとはいっても、実際にその口からアトリを殺すよう提案してきた時は驚きを隠せなかったよ。一体どんな手を使ったんだい?」

「愛妻家で知られる国王様の寝相の悪さを知っている……ただ、それだけの話よ」


 父親にとっては衝撃極まりない答えを平然と返され、ラバソの口があんぐりと開く。

 ラライアは暗にこう言っているのだ。国王と不倫し、姦通した、と。

 父親としては嘆くべきなのか怒るべきなのか、ある意味では喜ぶべきなのか……極まった衝撃以上に混乱を極めていると、ラライアが笑みを浮かべながら抱きついてくる。


「でも、私がしたのはそれだけよ。事が上手く運んだのは、国王様以外の根回しを完璧に行った、お父様の手腕によるところが大きいわ。あぁ、お父様の娘に生まれて本当によかった」


 国王の件はショックだが、ラライアはもう二十二歳。立派な大人の女性だ。

 ここでとやかく言うのは過保護を通り越して野暮というもの。

 それに、小言を言ったせいで愛娘に嫌われるのは恐い。

 だから、


「それはこちらの台詞だ。お前のような娘を持てて、本当によかった」


 ラライアを喜ばせるために、彼女の言葉をそっくりそのまま返すことにした。


「お前は頭もよければ運もいい。仮初めとはいえ五十人に及ぶ護衛団に襲撃をかけ、壊滅させる剛の者など、そうそういるものではないからな」


 その言葉を聞いたラライアは、なぜか意外そうな顔をしながら目をしばたたかせた。が、すぐにそれも笑顔で上塗りされ、


「そうね。お父様の言うとおり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 不意に、なぜか、今自分が言った〝剛の者〟を用意したのは、目の前にいる愛娘なのではないかという考えが鎌首をもたげる。

 何かの間違いで思いついてしまった空想といえども、あまりにも内容が馬鹿馬鹿しすぎると思ったラバソは、いくらラライアでもそんなことまではしないと断定し、愛する娘に笑顔を返した。

 そんなはずはない――そう自分に言い聞かせながら。

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