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第8話  雨に降られて【アトリ】

 ルードくんが『俺に任せろ』と伝えてきてから、早二日の時が過ぎていた。

 私のペースに合わせて歩いているせいか、私たちはまだ森を脱け出していなかった。

 ううん……もしかしたらだけど、ルードくんは唱巫女(わたし)を狙う人たちのことを警戒して、あえて森の中を進み続けているのかもしれない。

 この二日間でわかったことだけど、ルードくんは私の安全を確保することを第一に行動してくれてるから、たぶんあってると思う。

 でも、そうとわかっていても、時が経つとともに焦る気持ちが大きくなっていくのを抑えることができなかった。


 私が行方不明になったことで、お爺様とお婆様にどれだけ心配をかけてるんだろう?

 マイアの国王様や大臣様たちに、どれだけ迷惑をかけてるんだろう?

 レイソン様とサイト様、護衛団のみなさんが無事なのかどうかも気になる。

 どれもこれも確かめたくて、早くみんなを安心させたくて、焦る気持ちばかりが募っていく。


 けど、こんな偶然ってあるのかな?

 ルードくんが進んでる方向と、大地が唱を求めてくる方向が完全に一致してるの。

 唱巫女は〝大地の声〟に耳を傾けることができるって言われてるけど、実際にはちょっと語弊がある。

〝大地の声〟は聞くものじゃなくて感じるものだった。

 ()()()()()()()()集中すれば、ここに来てほしいと、ここで唱を捧げてほしいと大地が訴えてくるのを、理屈抜きに感じることができるの。

 その〝大地の声〟と、今の進行方向が完全に一致しているのは、とてもじゃないけど偶然の一言で片づける気にはなれなかった。

 大地が、このまま二人で捧唱の旅に出ろと言っているような気がしてならなかった。


 突然、ルードくんが立ち止まり、私も足を止める

 続けて、静かに、ゆっくりと剣を抜く音が聞こえてくる。

「グルルルル」という唸り声も、そこかしこから聞こえてくる。

 魔獣の群れが現れたのだ。

 お爺様から聞いた話だけど、この大森林地帯に生息している主な魔獣は、人間の形をした狼――ウェアウルフらしいの。

 大きさも人間と同じくらいで、二足歩行もできるけど、知能はそこまで発達していないらしく、そこだけは普通の狼と大差ないってお爺様は言ってた。

 狼によく似た獣臭と唸り声……今遭遇している魔獣は、十中八九ウェアウルフであってると思う。


 二日前に初めて遭遇した時はとてもこわかったけど、今はもう――あっ、ルードくんが私の手を離した!


「キャイン!?」


 子犬の鳴き声に酷似した、ウェアウルフの悲鳴が聞こえてくる。

 続けて、複数の足音。何かを斬り裂く音。悲鳴。何かが倒れる音。悲鳴。音。悲鳴。音。音……目が見えない私でも把握できるほどに、ルードくんはウェアウルフの群れを圧倒していた。

 一体たりとも私に近づけさせずに。


 サイト様が言ってたとおり、ルードくんって本当に強くて、魔獣と遭遇してもルードくんが傍にいてくれるおかげで、今はもうそんなにこわくなくなったの。

 ……嘘じゃないよ? ほんとだよ?

 でも、そんなにこわくなくなったけど、護られっぱなしでなにもできないのは歯がゆい……かな。

 だからといって私なんかが下手に奮起しても、ルードくんの足を引っ張るだけなのはわかりきってるから、魔獣に襲われた時はルードくんが戦いやすいよう、石像のように固まってその場から動かないようにする以外にできることはなかった。


 ほどなくして周囲が静かになり、剣を収める音が聞こえてくる。ルードくんがウェアウルフを退治し終えたみたい。

 一帯に充満する血の臭いに顔をしかめそうになるも、そんなことをしたら私を護ってくれたルードくんに失礼だから、なんとか堪える。

 魔獣との遭遇には慣れたけど、血の臭いだけは、たぶん一生慣れることはないと思う。


 ルードくんと、こうして旅……と言えるのかな、これ?

 と、とにかく旅をして、ますます痛感したけど、私って本当になにもできないなぁ……。


 魔獣退治だけじゃない。食事の用意もルードくんに頼りきりだし、寝場所の確保も頼り切りだ。

 おまけに、歩くことさえもルードくんに頼り切りになっている。

 初めのうちは杖さえあれば一人でも歩けるのにと思ったけど、森の地面は木の根や大きな石、ぬかるみなど、足をとられる危険がいっぱいで……。

 大きな障害物の存在はなんとなくわかるといっても、これだけ木が乱立していると把握が難しくなるし、私の耳よりも低い位置にある植物や岩石に関しても音の反響を感じ取ることが難しくなって、その存在を察知できなくて……杖あってもなくても、とてもじゃないけど一人で歩けるような環境じゃなかった。

 ルードくんと手を繋いで歩くのは全然嫌じゃない。

 けど、やっぱり負担ばかりかけるのはダメ……だよね。


 私の力で唯一ルードくんの助けになるかもしれないのが魔唱だけど、私が攻撃系の魔唱を使っても、目が見えないから敵に当たらない可能性の方が高いし、味方を巻き込む可能性も高いから余程のことがない限り使うなって、お爺様やみんなに言われてるから、やっぱり使わない方がいいよね……。


 防御系の魔唱に関しても、私には敵の攻撃そのものが見えないし、そもそも唱という性質上とっさの防御はできないから、防御系の魔唱自体があまり使われる機会がないって話だし……。


 耳が聞こえないルードくんには効果がない、唱を聴いた人眠らせたりする異常系の魔唱とか、身体能力を強化したりする補助系の魔唱とか使えたらいいんだけど、相性の問題で私には使えない……。


 回復系の魔唱なら出番があるかもと思ったけど、そもそもルードくんが物凄く強いから全然怪我をしないの。

 でも、この出番に関しては全くないことにホッとしてる。

 だって、ルードくんには怪我なんてしてほしくないもん。


 ポツ……


 ……?

 今の音は……もしかして……。


 ポツ……ポツ……ポツ……


 顔に水滴が当たったし、やっぱり雨だ!

 ルードくんも雨が降ってきたことに気づいたようで、私の手を引き、雨が当たらない場所に連れ込んでくれた。

 背中に当たる壁のような感触は、大きな木っぽい感じだった。

 ということは、ルードくんは大きな木の下に逃げ込むことで、雨をやり過ごすつもりみたい。

 ポツポツ音の間隔が徐々に短くなっていき、やがて本降りになる。

 このまま雨宿りするしかないかと思ってたら、


「ひゃっ!?」


 風が吹いて、横殴りになった雨に濡らされたぁ……。

 続けて正面から風が吹いてきて……思いっきり水浸しにされたぁ……。

 どうしてこんなタイミングで風の動きが激しくなっちゃうのよっ!

 このままじゃ風のせいで、ずぶ濡れになっちゃ――きゃあ!?

 頭からマントをかぶせられた!?

 し、しかも、抱きかかえられた!?

 ということは、もしかして……やっぱり物凄い速さで移動し始めたっ!

 一度体験したことだから把握できたけど、三日前に私を馬車から連れ出した時と同じように、ルードくんが私を抱きかかえながら走ってる!

 たぶん、雨宿りできる場所を探すつもりなんだと思う!


 こうなってしまっては、もうされるがままなので、ルードくんに全てを任せることにする。

 私はいくらでも濡れて構わないからルードくんにマントを返してあげたいところだけど、ルードくんのことだから返したところで突き返されるのがオチだろうし、今この状況で揉めても余計にずぶ濡れになるだけだし……。

 だから、本当に、ルードくんに全てを任せるしかなかった。

 私にできることは、なにもなかった……。


 いったいどれだけの時間、雨に打たれただろうか――と思ったそばから、唐突に雨が当たらなくなる。

 どうやら、雨宿りができる場所にたどり着いたみたい。

 ルードくんの足音を聞く限りだと……もしかしてここは、


「洞窟?」


 あえて出した声が物凄く反響してる。

 ということは、やっぱりここは洞窟みたい。

 音の反響具合からして、広さはちょっとした大部屋くらいはありそうかも。


 地面に下ろしてもらった後、ルードくんにマントを返して、すぐにドレスの裾を絞ろうとするも、ルードくんに腕を掴まれて止められてしまう。

 それから、先端が尖った〝なにか〟で腕をツンツン突かれて……あ、そっか!

 ルードくんは洞窟の中に落ちてる小枝を集めて、たき火の薪にしようとしてるんだ!

 うぅ……なにもできないくせに、危うく足を引っ張るところだったぁ……。

 

 少ししてから、ルードくんが再び私の手を掴み、手のひらに『○』を描いてくる。

 小枝を集め終えたことを察した私は、コクコクと頷いて返事をした。

 雨に濡れたドレスの重さが煩わしかったので、すぐさま裾を絞ってみると、盛大な水飛沫の音があがり、水分が抜けたおかげで重さがいくらかマシになる。

 そんな調子で、スカート部分を中心に絞っていると、突然洞窟に風が入り込んできて、濡れた体を凍てつかせた。

 うぅ……寒い~……。

 雨に打たれていた時はマントのおかげで全然寒くなかったけど……ルードくん、大丈夫なのかな? 風邪、引いてないよね?


 そんな私の心配を払拭するように、ルードくんが私の手を握ってくる。

 鍛え方が違うのか、ルードくんの手は、冷え切った私の手とは大違いの温かさだった。

 ルードくんが手を引いて歩き出したのでついて行くと、期待どおりの暖かさが私を出迎える。

 集めた小枝で火を焚いてくれたのだ。

 たき火のそばに座り、手をかざす。

 あったかぁい……安心す――


「くちゅっ!」


 またしても吹いてきた冷たい風が私の体を冷やし、思わずクシャミをしてしまう。いくらたき火に当たっていても、着ているものが濡れてたら温まるものも温まらない。

 けど、さすがに、ルードくんの前で服を脱ぐのはちょっと……。


 悩んでいると、ルードくんがクイクイとドレスの袖を引っ張ってくる。

 なにかを伝えようとしているのがわかったので、そのまま身を委ねてみると、ルードくんは私の手を掴み、引っ張って……この感触は……もしかしてルードくんの胸板?

 ルードくんの胸板はとっても筋肉質で、硬さとしなやかさが両立されていて――って、え? ちょっと待って?

 もしかしなくてもこれ…………ルルルルードくん服脱いじゃてるっ!?

 その事実を認識するのを待っていたかのようなタイミングで、ルードくんは私の手を離し、今度はドレスの裾をクイクイと引っ張り始める。


 えと……これ……もしかしなくてもそうだよね……。

 このままじゃ風邪引いちゃうし、しょうがないのはわかってるけど……ルードくんの方から……その……『服を脱げ』と催促してくるのはちょっと……あぅ……。

 で、でも、脱がなかったせいで風邪を引いちゃったら、私は本当にただのお荷物になってしまう。

 だから…………もうヤケだっ! 

 信じたからね!

 ルードくんは()()()()()()()って信じたからね!


 私は腰の後ろに手を伸ばし、ドレスの編み上げ紐の始点を摘まむ。

 念のためにと、お婆様にドレスの着付けを教えてもらったことが、こんな形で活きるなんて――――…………ん? んん?

 ちょっと待って?

 本当にちょっと待って!?

 お婆様、この紐きつく縛りすぎですぅ!

 こんなの私一人じゃ脱げないよぉ……。

 

 こうなってしまったからにはもう、手段は一つしかない。

 私は涙目になりながら、ゆっくりと、ルードくんがいる方に顔を向けた。

『一人じゃドレスを脱げないから助けて』と、心の中で訴えながら……。

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