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5.勇者、子守りを任される。

「……はぁ、主はそれでも勇者か、泣くな、孫が起きる」


 私は声を我慢する事もなく、ただ泣いていた。


 魔王は勇者にしか殺せない。

 今代の魔王は(ジン)で、勇者が私。


 私が


 私が、夫を殺した。


 ジンは魔族だった。

 私は13の時に魔族と戦う為に義勇軍に参加し、魔族の魔法で致命傷を負った時に、匿ってくれたのがジンとの出会いだった。

 最初は餌にされるものだと怯えていたが、そんな素振りを一回も見せず、ただ懸命に私の傷を癒してくれた。

 その時は、ジンは魔王でもなんでもなくて、私も勇者じゃなくて、お互いに惹かれあって、二年後に夫婦となった。

 幸せだった。

 住んでいる場所は、比較的温厚な場所で、人である私を快く迎え入れてくれた。贅沢は決して出来なかったけど、それでも不満なんてひとつもなかった。

 そんな幸せがこのまま、ずっと続くと、そう思っていた。


 三年の月日が経ち、私は18歳になった。


 西の大陸で魔王と勇者が同士打ちになったと風の噂で聞いた。

 そんなものは私には関係ない話だと思っていた。


 夫の帰りを待ちながら料理に勤しんでいる時に、私は勇者になった。

 何がどうなったかは説明できないが、魂が全てを理解した。


 私は迷った。

 勇者は世界に一人しかいない。

 そして、勇者が現れたと言うことは、同時に魔王も現れたと言うこと。

 私がここで幸せに暮らす事は、人々が魔王により虐げられるのを目を瞑っていなければならない。

 私は答えを見出せないまま、ジンのところに走った。

 そこで見てしまった。理解してしまった。

 魔王になった夫を。


 私は涙を流した。

 戦いたくないとおめおめと泣いた。

 そんな私を見て、ジンは


「良かった。勇者が君で、ありがとう、僕は本当の意味で魔王にならずに済んだようだ」


 勇者には加護以外にもう一つ、権限が与えられる。

 それは、もっとも大切な者を賢者へと押し上げる力。

 本来魔王は、自我を失い荒れ狂うように破壊するが、ジンは魔王と同時に賢者にもなっていた。

 それのおかげか自我を失うことなく正気を保つことが出来た。

 私は安堵からまた泣いた。


「イリナが勇者なのは僕と二人だけの秘密にしようか、ほら、こうするとなんか特別っぽいでしょ?」


 ジンは悪巧みのような可愛い顔で、そう言って笑った。


「僕は人も魔族も好きなんだ、だから、僕たちが胸を張って一緒に住めるような世界にしてみないかい?」


 そして、私とジンはもう一度愛を誓った。


 私は黒騎士としてジンの側近に納まった。

 ジンが国を興して10年が経った。

 どうやら、勇者や魔王には寿命が無くなる様で、10年経っても私の姿は変わらない。

 色々苦労したが、10年で中央大陸は魔王の揺り篭と呼ばれるほどの場所へと変貌した。

 未だに心の傷跡は癒えていないが、人も魔族も手を取り合って生きていける世界を二人で作り上げた。


 そして――


 私は、夫を殺した。


 彼の亡骸は触れる前に塵へと変わった。最後に抱きしめる事すら叶わなかった。身体が引き裂かれるほど痛かった。

 腰に携えた剣と少量のお金が入った袋と馬を持って、ここまで逃げてきた。

 馬は途中で逃がした。


 自暴自棄になっていた私を救ったのは、袋に入っていた一冊の本だ。

 魔神の復活に関する本だ。魔神は魔王の魂を集めているのではないかと記されていた。

 ここで一つの考えに至った。魔神が魔王の魂を集めているなら()()()()()保管されているのではないのだろうか。

 もしそうなら、私はもう一度会いたい。と、そう思った。

 そして、目の前の(かれ)はそれを肯定した。


――――報われた。


 この一年ずっと、ジンの魂はもうどこにも無いのかも知れないと、そんな思考が頭を(もた)げていた。大丈夫だと自分に言い聞かせては、不安が襲う。そんな毎日だった。


「ありがとう、ございます……」


 どんなに我慢しようとしても出てくる涙を懸命に拭きながら、嗚咽が喉の奥から何度も溢れながら、私は泣き止むまで、言葉を紡いだ。


 ☆  ☆  ☆


「ふむ、それと、人の王とやらが主の居場所を聞いてきた場合、適当に言っておいてやる」

「ありがとうございます」


 あれから一日が経った。

 知りたかった事も知れたし、此処に長居して龍神様にこれ以上迷惑もかけられないから早々に出て行く事にした。それに体が、頭が、一刻も早く動きたいと叫んでいる。


「だが、一つだけ条件がある」

「条件、と言うと?」


 嫌な予感がする。

 勇者としての直感が告げている。

 こう勿体ぶった言い方のときは(ろく)な事がない。


「それはだな――」

「ままぁー!」


 祠の奥から一人の少女が走ってきた。いや、突撃してきた。


「ぐふっ」


 それなりの速さと不意打ちも相俟(あいま)って、鳩尾に少女の頭が刺さった。


「孫がお主を母と勘違いしとるようでな、主の旅に連れてってやってくれ、それが条件だ」


 確かにお主の魂は娘と似ておるとか何か聞こえたが、正直それどころではない。

 突撃もといハグを仕掛けた少女はどうやら、この前遊んだ龍神様の孫のようだ。

 そして、これから一緒に旅をしろと。

 意味が分からない。


「あ、あの龍神様、私はこれから死地に向かうのですよ」


 魔王の魂が保管されている場所は龍神様に聞いても分からなかった。私も検討がつかないが、魔神のお膝元という事だけは断定できる。

 所謂、この世界で一番危険な場所だろう。

 私がするのは、そこを目指す旅。

 間違って孫を死なせたりする事もある。寧ろその可能性が高い。私でも下手すれば死ぬ。


「分かっておる。だが、孫はこれでも器自体は既に我に近い。だが、あと一歩及ばぬ、器とは度量、度量とは経験だ。神になるための経験には、主のそれはもって来いだろ?」

「私も死ぬかもしれないのに、お守りなんて、到底不可能です。それに、最悪お孫さんを命の危機に晒すかも知れません」

「まぁ、死んだらそこまでだ。次の跡取りが見つかるまで存続し続けるまでよ。それに、単純な戦力としても、孫は優秀だぞ? これは身内としてではない。龍神としての言葉だ。主にも戦力は必要だろ? それに一朝一夕で見つかるものでもなかろう。その間に孫に色々叩き込めばいい」


 これは駄目だ。連れて行かないと言う選択肢が存在していない。

 龍神としてのお言葉もあった。諦めてくれる気はないようだ。


「お孫さんを死なせてしまっても責任は取れませんよ……」

「くどい。そんなもの百も承知しておる」


 龍神様に聞こえない程度にため息を吐く。


「わかりました。そこまで言うならお孫さんをお借りします」

「ふっ、分かればいい。それと主に一つ言っておいてやる。我が跡取りと決めた(まご)を甘く見るな」


 視線を下ろすとグリグリと頭をお腹に擦り付ける少女(まご)の姿が目に入った。


(不安だ……)

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