4.勇者、知りたかった事を知る。
「ふむ、今回の勇者も例に漏れず大食漢よな」
私は声を無視――耳には入っているが、食べるのに夢中で返事どころではなかった。
だが、私は大食漢ではない。女性に失礼です。
あれから二日経った。
起きる気配すら感じない龍神様の孫が目を覚ますのを、ただじっと待つだけの私を救ったのは龍神様本人でした。
「お主、戻ってこんと思ったらこんな所で迷子とはな」
「あ、りゅうじんさ――」
"ぎゅぅぅぅぅ"と擦れ弱った声とは似ても似つかない大きな腹の虫が鳴った。
「ははははっ、我の祠で迷子の挙句、餓死でも起きそうな腹の音。お主あれからずっと何も食べてないのであろう?」
恥ずかしさのあまり俯きながら、ぶんぶんと首を振り肯定した。
袋にあった非常用の水筒は、食事に換算出来るはずもない。
人は飲み物だけでは生きていけない。いや、勇者は例外なのだが。
勇者は加護により、空腹でも死ぬ事はない。だがそれは腹が減らないと言う意味ではない。
人と同じように、いや、人一倍腹は減る。減りはするがそれで死なないと言うだけだ。
空腹で指一本動かせなくなっても死ぬことを許されない。ある意味拷問に近い。
「お主の本も読み終わった。飯にしよう」
そうして二日間の遭難生活も無事に脱出し、さきに至る。
「孫は良く寝る子でな、一度寝ると中々起きん。悪いわけではないが、跡取りとなる以上どうにかせんといかん」
ん?
がっついて食べているわけでは無いが、この空腹を満たす為に作法が崩れないギリギリまではせっていた為か、良く聞こえなかった。
何か違和感のある単語が聞こえたような……。
「主……、食べるのに必至で我の言葉を聞いておらぬな」
「……ふぅ、お孫さんは二日前からずっと眠っていますが、何か原因でもあるんですか?」
危ない。今龍神様から殺気が出てた。
ある程度腹も満たせたので、食べるペースを落とし龍神様の話を聞いてたアピールをする。
私が勇者でも、相手は神の名を冠している。無下に出来るはずもない。と言うか実際に神様だ。
「原因ははっきりわかっておる。あやつはどうも人の形が自然体のようでな、本来の姿になると必要以上に体力を消費する」
それを先に教えてくれてたら私は迷子にならなかったのでは? とは口が裂けても言えない。
言いたい心をぐっと抑えて話を続ける。
「それは、龍としては珍しいですね」
「そうだな、あやつは人との間に生まれた子だからな」
「なるほど」
「だが、そんな事で甘やかしては我の跡取りにはなれん」
「……お孫さんが龍神様の後継者なのですか?」
「如何にも、だから幼いうちにこうやって訓練を積ませておる」
「失礼ですが、龍神様は代替わりするのですか?」
龍神様が代替わりするなんて聞いたことがない。
今までの文献を紐解いても、そんな記事一つもありはしない。
歴代の勇者、歴代の国王が知る龍神様は私が今見ている龍神様ただ一人だ。
「するとも、ここは上世界だぞ、神にも寿命が設けられる。だから、他の神は下世界から上がってこん。こうやって勇者や魔王に加護を与える程度しか干渉せん」
「そう……だったのですか」
これって私一人が知ってしまっていい情報なのだろうか。
もっとこう国のお偉いさんとか王とかに言わなければいけない情報なのでは……。
世界の常識が覆るレベルのものだと思うのだが。
「と言っても神としての寿命は人のそれに準じない。龍神が変わるのは今回が初になるな」
「それは、おめでとうございます……なのでしょうか」
「あぁ、神は餌となる魂を持たぬ、下世界にも落ちはせん。ただ次の龍神の器に龍神としての全てを継承するだけよ」
「なる……ほど……」
さっぱり分からなかった。
「それよりも、お主の本の内容だが――」
私は食べるのを止めた。1年かけてここまで来た目的であり、これからの旅の本質に関わる話だ。一言も聞き逃してはいけない。
「まずは魂の説明からしてやる。魂とは神の存続を維持する為に必要なリソース、安直に言うなら餌だ」
「餌……」
「そうだ、それを我々神が吸収することによって得た力で上世界、つまりこの世界を維持している。そして、魂は中身と容器が分かれておる。殻になった容器は再び上世界で生命として返り咲いてもらい中身を蓄える。これが魂の循環であり、お前たち生命の正体だ」
「はい、それで――」
「焦るな。その中でも、我のように上世界に直接来れる神もいる。だが、こちらに登るには色々と条件が多くてな、その一つに眷属の贄が必要なのだ。我の場合は数多に渡る龍、そしてそれに準じる者を犠牲にしてここにいる。魂とは餌だが味も多種多様でな、特に眷属の魂は格別なのだ。それを犠牲にするなど普通の神なら上がってくる事はない。メリットよりもデメリットの方が大きいからな、だが魔神は別だな。あやつなら、多少無理をしてでも登ってくるだろうな」
「それじゃあ、やはり……」
「主が聞きたい事を答えてやる。魔王の魂を贄にした魔神の復活は可能じゃ、そして、魂の保存状況は極めて良いはず」
私は唾を飲むのを自覚しながら、龍神様の言葉を待つ。
「これが目的であれば主の夫、ジン・ベルヘルクの魂はまだ下世界に落ちてはいないだろう。それが知りたかったのだろう。勇者イリナ、いや、魔王の妻、イリナ・ベルヘルク」




