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2.勇者、龍神に会う。

 急ぐ気持ちを抑え、暗い祠をゆっくりと進む。


 内部には見張りは居ない。ここは龍だけが住める場所であり、ドラゴニュートであろうと易々と入る事は叶わない。


「来たか」


 重く、低い声が祠全体を覆う。

 静かに佇むそれは、あまりにも大きく、龍神様と言わなければ壁と思ってしまうほどだ。

 私も以前来た時は、壁だと思って素通りした。夫が呆れたように見ていたが、今はそれすらも懐かしく思う。

 哀愁に浸りそうになる心を、無理に持ち上げる。

 言葉を待っているのだ。不審者と思われて厄介な事になりたくはない。


「お久しぶりです、いえ、初めまして、私は――」

「久しぶりだな、今日は一人か」

「……私が誰か分かるのですか」

「無論だ、我を誰だと思っている」


 あの時は素顔すら見せなかったし、勇者とも明かしていない。

 声で判断したのだろうか。それとも――


「ふん、我には加護持ちが見える」

「と、言う事は、以前来た時も……」

「無論知っていた。お主が言い出せぬ理由も、見れば分かったからな」


 少しだけ、罪悪感が胸を締め付けた。

 以前は勇者としてではなく、夫の付き人として来た。

 あの時は言えない事情があったのだが、気付いて分からないフリをしてくれたのだろう。


「それについては、お主が気を病む必要はない」

「……もしかして、龍神様は心が読めるのでしょうか」

「お主の顔に書いておるわ」

「そう、ですか」

「それで、お前の夫はどうした」

「はい、それについて、龍神様に聞きたい事がありまして参りました」

「……聞こう」

「ありがとうございます。私の夫、ジンは昨年亡くなりました。それは龍神様もご承知では?」

「知っているとも、誰が殺したのかもね」


 龍神の目が冷たく私を捉える。

 殺気とは違うが、異様な圧が背中にかかるのを感じる。それに臆する事なく言葉を続ける。


「はい……、私の目的はこれです」


 懐から一冊の本を取り出す。

 手書きで書かれたそれに題名は無く、淡々と文字が綴られている。

 龍神は顎で、話の続きを促す。


「これは夫が残したものです。中身は歴代魔王について書かれています」

「ほう、あやつ、そんな事を調べておったのか」

「えぇ、腐っても賢者なので」

「ふん、そうだったな、それで、その本がどうしたと言うのだ」

「この本は今までの魔王の性格の傾向とその後、考察が書かれています。そして、最後に魔神の事についても書かれています」

「ふむ。魔神(あやつ)か。どれ、中身は自分の目で確かめよう」


 龍神が何かを呟くと瞬く間に体が縮み、人の姿を(かたど)っていく。

 年齢にすれば還暦は優に過ぎているであろう老体。だが、その身体は老化とは縁が無いのかと思うほど若々しく、屈強なものであった。


「この身体になるのも久しぶりか」

「……人のお姿になれたのですね」

「我を誰だと思っている。それくらい容易よ。お主かて、その加護であれば龍の姿になれるであろう?」

「どう、でしょうか? やった事がないので」


 出来るのだろうか。

 戻れる保障も無い。怖くて試そうとは到底思えないが、神様がそう言うなら出来るのだろう。多分。


「ふん、それより、本を貸せ」


 渡すと、さっきまでは無かったはずの椅子に腰を落としページを開く。


「読むのに多少時間がかかる。その間――」


 "キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――"


 どこからとも無く音が聞こえた。音と言うよりは叫び声のような何かだ。どこかで聞いたことがある。

 それは徐々に大きくなり、迫ってきているのが分かる。


「――待て、剣を抜くな」


 咄嗟に伸びる手を龍神が止める。

 それと同時に"ドゴンッ"と奥の壁が崩れる。


「キュゥゥゥゥゥゥゥッ――」

「はぁ……、そこは先日直したばかりだと言うのに……」

「何が――ぶへっ!?」


 白い塊が顔面にぶつかった。いや、衝突した。

 あまりの衝撃に吹き飛び、壁にめり込む。私でなければ絶対死んでた。いや、私でも危うい。

 それは顔に張り付いたまま離れようとせず、"キュゥゥッ!"と鳴いている。


「あー、それは、我の孫でな、多分お前が気に入ったんじゃろ。すまんが読んでるあいだ相手してやってくれ」

「んー! んー!」

「なんじゃ、お主、さきの衝突で言語を話す能力に異常でも(きた)したんか?」

「んー! んー! んーーー! ぷっはぁっ! 違いますよ。あなたのお孫さんが顔に張り付いていて喋れなかったんです!」

「おーおー、それは災難じゃな」

「人事ですね……」

「きゅう!」

「孫も災難じゃ! って言っておるわ」

「いや、そのお孫さんのせいなのですが、もう少しで窒息死するところでした」

「勇者がそんなチンケな理由で死んだら魔王も泣くじゃろうな」

「きゅう!」

「孫もそうだそうだって言うておる」


 私から離れない白い塊を胸に抱きながら、龍神を見つめる。

 先程の威厳はどうしたのだろうか。はっはっはと楽しそうに笑いながら本を読む姿はどこぞのお爺ちゃんにしか見えない。

 私の知っている龍神様はもっと威厳と言うか、神々しかったはずなのに、孫が来てから職業を漫才師にでも変えたのではないだろうか。


「お主、我に対して無礼な事を考えていないだろうな?」

「……そんな事はありません。お孫さんと遊んできますので、また後で伺います」

「きゅう!」


いけない。これ以上心を読まれては私の立場が危うい。

私は足早に部屋を出て行った。

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