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プロローグ後編

 イリナは目だけで後ろを見る。

 すでに出来上がりきっている4人の腰には、剣や杖、弓がこさえられている。

 冒険者家業の人達だろう。

 だが、どうだ。そこに危機感はなく、ブラックウルフがこちらに向かって来ている事に、気付いている気配すらない。

 と言うか、寝てる。

 既に馬の片方は暴れだし、荷台が快適なはずは無いのに、お酒の力とは恐ろしい。

 どれほどなんだ。


 はぁ、とため息を一つ出し、前を見る。

 馬ほどの大きさを誇るブラックウルフは群れで行動する。

 それは今回も例外ではなく、7匹がこちらに向けて駆けている。


「馬を暴れないように、お願いします。あれは私が対処しますので」

「む、無茶ですよ! ブラックウルフは――」


 御者の言葉を最後まで聞く事は無く、タンッ、と御者席を蹴る。馬の隣まで立つと暴れている馬に手を触れる。


「"落ち着いてください"」


 音色にも似た声が場を埋める。するとどうだろう、暴れていた馬はゆっくりと大人しくなり、その場に座り込んだ。

 もしこのまま馬が暴れて怪我でもすれば、足を失う。それは必然的に野宿の回数が増える。一人ならそれも慣れたが、あの4人と一緒はご免だ。


 腰に掛けている柄に手を伸ばし駆ける。先頭を走るブラックウルフが己を砕かんと牙を立てる。

 それを、目で捉え抜刀する。

 望み通り、獲物を口に沿う様に一匹目を裂く。

 勢いを残したまま、二匹目に突っ込む。臆する事なく獰猛に攻めてくる。その左右から別固体が襲ってくる。流石に三箇所からの攻撃は捌くのに骨が折れそうだ。


「"沼に"」


 地を踏む足に力を込める。

 視界の端で突如土が沼地に変わり、身動きが取れなくなったブラックウルフを目視し、眼前の二匹目の牙を避け首を落とす――――


 ☆  ☆  ☆


「――いやぁ、まさか剣士様がこんなにお強かったなんて思ってもいませんでした」

「一応、剣士なので」

「はははっ、そうでしたね、でも魔法も使える剣士様だなんて初めて見ましたよ」

「そうなんですか。ここらへんは平和なんですね」

「え、えぇ、剣士様のところでは結構居たのですか?」

「結構とは言いすぎかも知れませんが、何人か見かけました、魔物が多かったので」

「なるほど、私はここで十年ほどこの商売をしてますけど、魔物に遭ったのもこれが初めてなもんで、ほんとに剣士様が居た幸運を神に感謝しなければ」

「えぇ、良かったです。救える命は出来る限り救いたいので」


 御者は感嘆とした声を出す。20にもなっているかどうかの女性が、自らの危険を(かえり)みず当たり前のように言えるのは異常であり、眩しいとすら思う。こんな風に穏やかに言えるのはきっと聖女様に違いないとすら錯覚した。


「そ、それでこの死体はどうするおつもりで?」


 目の前に転がる死体を見つめる。


「放っておいて、アンデットになっても嫌なので、燃やそうかと」

「そ、それは勿体無い、ブラックウルフの毛や爪は商人に売れば高く買い取ってくれるでしょう」

「でも私こんな大きなもの持っていけない」

「それなら私の荷台に置いてもらって構いません」

「でも、私はあまりお金が……」


 馬車に乗るには荷物が多いと追加料金が掛かる事が殆どで、こんな大きな荷物をしかも7つとなると相当なお金が掛かる事は想像に難くない。


「いえいえ、追加料金など頂きません。と言っても私の荷台も全て乗せるのは到底不可能なので、2匹ほどになりますが」

「……分かりました、ご好意に甘えさせて頂きます」


 残りを火葬し、旅路に戻る。

 出来上がった4人が起き上がったときに、ブラックウルフの死体に絶叫を上げたのは御者とイリナだけが知っている――。



 ☆  ☆  ☆



 町に辿り着き、素材を商人に売る。

 思いの外、結構な路銀になった事を驚きつつ、イリナは御者に感謝した。


 龍の守る国、首都ドラン

 霊峰の(ふもと)に位置するこの都市は、ドラゴニュートと呼ばれる龍を祖とする種族が中心に生活している。


 御者とも別れ、さて、とイリナは歩く。

 以前にも来た事がある場所。迷うはずもなく、歩を進める。

 まずは宿を見つける。治安は比較的良いが何があるか分からない。

 ある程度マシそうな宿を見つけチェックを済ませる。


 部屋に入ると、ふぅ、と持っている荷物を下ろし疲れた体を楽にする。


 そろそろお金も心許無くなってきた。お金も心配だがあまり派手にやるのも良くない。

 さっきの魔物が高く売れたのを思い出す。

 あれやこれや考える頭が、ふと、昔の自分を思い出す。

 今とはまた違った忙しさがあったが、幸せだった二人だけの時間。

 そこには苦しい出来事もあったが、彼とならなんだって出来た。

 最後の、彼が死ぬその最後の一刻までも鮮明に(よぎ)る。



「"神に捧げる(イザベラ)"」


 音色が部屋を包む。


「"私はこれで良かったのでしょうか"」


 それは、まるで唄のように。


「"私は彼と二人で生きていけたらそれで良かった"」


 それは、まるで詩のように。


「"私はこんな加護欲しくなかった"」


 それは、まるで嫌悪ように


「"私は小さな幸せで満足だった"」


 それは、まるで懺悔のように


「"こんな運命なら私は"」


 それは、まるで悪夢のように


「"私は、私は"」


 それは、まるで――


「勇者になんてなりたくなかった」


 布団の中で泣く彼女は歳相応の少女だった。

当分は毎朝6時に更新します。

よろしくお願いします。

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