歴史
翔太は、今ショーンから聞いた事実に、どう判断したらいいのか分からなかった。
王のアレクサンドルが、最低でも200年は生きているということになる事だからだ。
海斗が、訝し気に言った。
「…いくらなんでもおかしい。アガーテがこうして75歳でも若い姿にもなれるのは見ているが、そうしたら長生きできるってことなのか?アレクサンドルが、そうだって?」
しかし、アガーテは険しく眉を寄せたまま首を振った。
「若いと申して術を放つのにはかなりの集中力が要るのだ。体は若いが脳はそのままぞ。つまり、我だってこれ以上に歳を取ればこの術を保つのが難しくなる。ヒトが本来持っておる寿命、神が定めたもうた時間以上生きることは叶わぬように出来ておるのだ。」
しかし、ショーンは言った。
「オレがラディアスに聞いたのとはちょっと違うな。長くなるぞ。」と、ショーンは息をついて、思い切ったようにまた話し始めた。「ちなみにラディアス達は長生きで、王のラディアスはもう150歳になるが、シャルクスの中では中年ぐらいなんだそうだ。父王の時、ここは水も地上を流れるものとそう変わらぬ様だったんだと。それが、地上の様子が変わり、王と名乗る男、アレクサンドルが台頭した。アレクサンドルはかなりの力を持った男らしく、地上を自由に歩き回っていたヒトを街に籠めて、結界を張った。よく魔物の犠牲になっていたヒトを守るためだと言っていたらしいが、確かにそれでヒトの犠牲は出なくなり、魔物は魔物同士でエサを獲って生きていたし問題は無かった。父王も、この地下水脈に住む魔物を狩ってそれを糧に生きていた。だが、その頃から、地底に変な気を持つ水が流れ込むようになった。最初は僅かだったが、雨が降る度にシーラーンの方向からは、その地を通って命の気を欠片も感じない水が流れ込んで来た。その水のせいで、地下水脈ではみるみる命の気が枯渇して来た。元々力のある魔物であるシャルクスは全く影響を受けなかったが、弱い魔物から消えて行った。海の方へと出て行った魔物も居た。そんな時に、ラディアスは生まれた。」
皆、固唾を飲んで聞いている。アガーテが、じっとショーンを見つめながら言った。
「…概ね、我ら巫女が伝え聞いておるものと同じ話ぞ。ただ、王であるのはアレクサンドルであるとあったが、恐らくは代が変わっても同じ名を継いでおるその子なのだろうと思われていた。それに、シャルクス達のことまで知らぬ。我らは我らヒトの国の歴史しか聞いておらぬからの。」
ショーンは、頷いた。
「そりゃそうだ。だが、ラディアスは生まれた時から父王に聞いてるから知っている。アレクサンドルはずっと同じヒトだった。同じ『気』を感じ、それが消えたこともなく死んだ様子は無いのだと。だから、同じアレクサンドルなのだと知っているのだとな。」
アガーテは、黙った。知らないことなのでそれがそうだともそうでないとも言えないのだろう。
翔太が、顔をしかめた。
「ということは、なんて解釈したらいいんでぇ。アレクサンドルは、地下水脈にこんな水が蔓延する原因を、シーラーンで作ってるってのか?だからラディアスはアレクサンドルを恨んでると?」
ショーンは、首を振った。
「いや、そんな単純なことじゃねぇ。あいつは、ここにシャルクスが住んでいるのを知っていた。大きな気を持っていて気取ることが出来たからだ。あいつは、何に使うつもりだったのか知れねぇが、シャルクス達を捕らえて利用しようとした。軍が、ここへ大挙してやって来て、若いまだ小さなシャルクスを網にかけて連れて行こうとしたのだ。ラディアスも、まだ小さかった。父王は、それを助けようと身を挺して幼い者達を助けて兵士達を皆殺しにし、そうして死んだ。既に魔法すら使えなくなっていたここで成す術が無いアレクサンドルは、そのまま逃げ帰ったのだそうだ。それからは、ここじゃ不利だと分かったヤツは、たまに兵士達に偵察に来させたりしていたらしいが、その度に徹底的に殺して海へ流していたら、滅多に来ることはなくなった。そうして、今があるのだと。」
亮介が、疲れたようにそれを聞いて、ため息をついた。
「まあシャルクスがこっちの味方なんだと思ったら心強いが、あいつらはここでどうやって生きてるんだ?食える魔物も今は居ないんだろう。これだけ命の気が無いんだから。」
それには、慎一郎が答えた。
「シャルクスが泳いだら海まですぐだ。あいつらは交代で海まで食事に出て、そこで食事をしてまたここへ帰って来るんだ。ここなら誰も来ないからな。それに、シャルクスの体はこの変な気にも影響を受けずに居られるんだそうだ。それが生まれながらなのか、それとも環境に適応しただけなのかは分からないらしいが。」
翔太は、フッと肩で息をして、ショーンを見た。
「で?ラディアスが父親を殺されてアレクサンドルを恨んでるのは分かったが、オレ達はどうしたらいい。最終的にはアレクサンドルの居るシーラーンへ行くことになるんだぞ。ラファエルと美夕が何かやらなきゃならないとかで、それが何かを知るのにパルテノンへ行くしかないんだろうからな。遅くなれば遅くなるほど帰るのが遅くなる。助けてもらったのは嬉しいが、オレ達の最終目標はアレクサンドルを殺すんじゃなく自分の世界へ帰ることだ。」
「だが、その何かってのがアレクサンドルを殺すことかもしれねぇぞ?」ショーンが、大真面目な顔で翔太をじっと見て言った。「あいつが200年以上生きてるんだとしたら、それは神に逆らうことだ。アガーテなら分かると思うが、神が神に逆らうものをそのままにしておくと思うか?オレは、そうは思わない。まして、ヤツは王なんだろう。この島を牛耳ってるんでぇ。神に逆らってる男がそんなことをすることを許すか?神ってのはな、王になるべく出来た命を地上に下ろし、それを王に据えるんでぇ。そして地上を穏やかに誰にも良いように治めるようにさせる。ポッと出たヤツが王になりたいったってそんなこたぁ無理なんでぇ。」
翔太が、目を丸くした。ショーンは、とても神を信じているように見えない男だったからだ。それが、至極真面目に神がどうのと語ることに、違和感を覚えた。
「ショーン…お前、修道士か何かか?神を信じてるのかよ。」
ショーンは、両眉を上げた。
「え、お前神を信じてないのか?」と、少し首を傾げた。「…まあそうだろうな。そういやそうか、あいつら無神論者とか言ってたっけか。見たことねぇんだな、お前、神を。」
翔太は頷いたが、慎一郎も玲も、海斗も頷いた。
「そういう世界に居なかったんだ。神を見たってヤツも居たが、嘘かほんとか分からない。オレ自身が見てないわけだしな。」
玲が言うのに、ショーンは頷いた。
「ああ、分かるよ。オレは会ったことがあるしその力を目の当たりにもしてる。何日も一緒に過ごしたことすらあったぐらいだ。だからオレは、信じてるとかじゃなくて、知ってるんでぇ。神が確かに居て、見てるんだってことをな。」と、顎をこすって少し考えた。「うーんと、そうだ、お前達はここが、ゲームの中だと思ってるんだろうが。そのゲームの中じゃ、神は居なかったか?」
翔太は、顔をしかめた。
「まあゲームだからな。いくらでもバンバン出てくらあな。だが、創造された世界だ。ここは確かに存在してるじゃねぇか。ゲームじゃねぇだろう。」
ショーンは、ずいと翔太に顔を近づけた。そして、目の前で手を上げて、その手をポッと光らせて見せた。
「じゃあこれは何でぇ。お前達の世界には、これがあるのか。魔法バンバン使って魔物とガンガン戦ってるって言うのかよ。」
翔太は、言葉に詰まった。そうだ、ここには魔物が居るのだ。そして、魔法が使える。これが現実なら、この世界に神が居てもおかしくはない。いや、こんな世界なのだから、神は居ると思う方が自然なのだ。
「神は、居るってことか。」
慎一郎が言うと、アガーテは頷いて口を挟んで来た。
「神は天上におわす。そうして我らを見守っておられるのじゃ。我らの窮地を救ってくだされようと、ラファエル様という御子まで地上へお下ろしになられた。我を、その世話をする者として力まで授けてくださったのじゃ。それが、どれほどに慈悲深い行いであるか、主らには分からぬか。神がおわすからこそ、この世界は在るのじゃ。神に見放された地では、草も育たぬと聞く。この地下水脈のような場が現れることから、シーラーンで神の思っても居られないような所業が行われておるのやもしれぬ。そうして、それを正すために、ラファエル様はシーラーンへと向かわれようとしておるのやもしれぬと、我は今話しを聞いておって思うた。アレクサンドルがどのようなことをしておるのか分からぬが、我はあれをこのままで置いてはならぬと思う。」
海斗が、懐疑的な視線をアガーテに向けて、腕組をしながら言った。
「だが、神が本当に居てアレクサンドルに腹を立ててるって言うんなら、なんで直接殺さないんだよ。神ならあっさり出来るんじゃないのか。それをわざわざ、ラファエルとか美夕とかにさせようって、回りくどいじゃないか。」
それには、ショーンが遠い目をして、言った。
「あのなあ…ま、気持ちはわかる。オレだってそう思った頃があったからな。だが、神には神の考え方ってのがあらあな。地上はあくまで、地上の生き物のものなんでぇ。それをより良くするように努力するのは地上に生きてる命の仕事だ。神は手助けはしてくれるが、何でもかんでもやってはくれねぇよ。苦労しなきゃ、命ってのは育たねぇしな。そういうもんだ。」
それを聞いたアガーテが、驚いたようにショーンを見た。
「主…そのようなナリでそのような物言いであるのに、なんと神の教えを理解しておることか。主も神から遣わされた命か?」
アガーテは真剣に聞いていたが、ショーンはうーんと唸って顔をしかめた。
「どうだろうなあ。分かっててこっちへオレをやったのだとしたらウラノスなのかオオクニヌシなのか知らねぇが、文句を言いたい気分だがな。人使いが荒いっての。オレはもう歳なのによー。」
ショーンも至極真面目に答えたのだが、そこに居る者達にはチンプンカンプンだった。
翔太は、ため息をついた。
「神が居るってんならそれに聞きたいよ。あいつらにいったい、何をさせたいのか具体的にな。オレ達はそれを手伝って、さっさと自分の世界へ帰りてぇ。」
もっともな事だったが、それを言っても始まらない。とにかくは一歩一歩進むしかないのだ。
すると、洞窟の入り口、湖の方から声がした。
『何やら一瞬ヒトの気を感じたがどうする?何人かは海の方へ気が移動して行ったので流されたのだろう。後は軍の気がする。どのみち軍人は皆殺しにするから我らは行くが、お前達の仲間はまだ居るのか。無差別に殺して良いならそうするが。』
ラディアスの声だ。
皆は慌てて外へと出て行った。




