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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
使命を探して
95/230

意地

「リーリア、主には無理ぞ!戻れ!」

ラファエルの声が向こう側から叫んでいる。美夕も、それを覗き込んでハラハラとしていた。リーリアは見るからに無理をしていて、ロープを掴む指は白くなり、進むにつれてふるふると小刻みに震えているのが見てとれた。足の関節をロープに引っ掛けてそこは問題ないようだったが、それでも前へ進むためには腕を前へと送り、同時に足でも体を前へと押し、その連携をしっかりと繰り返さねばならなかった。

それなのに腕の方は、腕の関節の所ですら、ガクガクと揺れていた。

向こう側までは、軽く30メートルはあった。

「無理よ!リーリア、戻って!」

美夕は、必死に叫ぶ。ラファエルが、今にもリーリアの方へと行こうと腰を浮かせるのが遠く見えた。

「私が参ります。」

バルナバスがそう言うと、ロープへと手をやった。

美夕がそれを見て少しホッとしていると、バルナバスがぶら下がったことでたわんで揺れたロープに耐えられず、リーリアの手がロープから滑って離れた。

「きゃああああ!」

リーリアは、悲鳴を上げる。美夕は、我を忘れて叫んだ。

「リーリア!!」

リーリアは、両足の関節部分だけでロープに引っかかってぶら下がっている。その大きな瞳からは涙が額の方へとこぼれ落ちていた。バルナバスが、その近くへと近づいて、片手を放して、リーリアへと手を差し伸べた。

「リーリア!この手に掴まるんだ、腹筋を使え!さあ!」

リーリアは、もはや涙でぐしゃぐしゃになった顔でバルナバスを見て、宙づりの状態で必死にそちらへ手を伸ばした。だが、それをバルナバスの所まで持ち上げて掴むだけの、腹筋の力が無いようだった。

「がんばれ!早く!」

しかし、リーリアは何度かそれを掴もうと努力した後、ガクガクと体を震わせて叫んだ。

「ああああ足が!もう足が…!」

バルナバスが、急いで足を押さえようとそちらを見る。

だが、その目の前でリーリアの膝はずるりとロープから滑り落ち、そうしてリーリアは、黒い地下水脈の水へと落下して行った。

「リーリアーーー!!」

ラファエルと、美夕は叫んだ。

何度も見え隠れしていたリーリアの頭は、どんどんと遠ざかりすぐに全く見えなくなった。

取り残された者達は、もはや何の言葉も発することが出来ずに、ただその黒い水を見送っていた。


リーリアの姿が消えた後、バルナバスは黙ってそれを見送っていたが、すぐに美夕達の方向を見た。

「ロープを伝って来るヤツは今来い。私が補佐する。」

宙ぶらりんのままなので、急がなければならない。

それなのに今のリーリアを見たばかりだったので、誰もが怖気づいて動こうとしなかった。

美夕は、杖を下ろした。今起こったことが、まだ現実だったと頭がはっきり認識しない。だが、早く誰かが行かなければ、という気持ちだけが美夕を動かした。

「私が行くわ。バルナバス、よろしく。」

美夕は、杖を小さくしてポケットに入れた。あちら側では、ラファエルがそれを見て、結界を張ってくれているのを感じる。その顔は、たった今起こったことを引きずっているのがはっきりとわかるように、遠目でも青ざめていた。

美夕は、足の下を流れる水流を見下ろした。

自分の腕の力も、それほどない。だが、人並みには握力もあるし、長い時間でなければリーリアよりは掴まっていられそうだった。

あまり考え込んでいたら怖くて進めないと思った美夕は、思い切ってロープに掴まってぶら下がった。

思った以上に、腕と足の関節の裏側に重みが掛かって来る。

だからといって、じっとぶら下がったままだと消耗するばかりなのは美夕にも分かったので、渾身の力を込めて足と腕を動かしてロープの下をぐいぐいと進んだ。バルナバスは、美夕の進み具合と腕と足の感じを見て美夕の進行方向へと後ずさって行く。

逆さになってその姿を追いながら、美夕はとても心強かった。もしこの手が離れても、きっとバルナバスが助けてくれると信じられたのだ。

バルナバスだけを見て必死に進んでいると、バルナバスは器用に足を放してくるりと反転すると、こちら側を足にしてさっさとラファエルが待つ場所へと登って行くのが見えた。もう着くんだと美夕は急く自分の心を抑えながら、傾斜をつけて登って行くロープを必死に掴んで上がって行った。

「良かった…お嬢ちゃんだけでも…。」

レナートの顔が、最初に見えた。

バルナバスの腕がぬっと横から出て来たかと思うと、軽々と美夕を引っ張り上げてくれた。

渡り切った…!

美夕は、ここへ来てガクガクと震えて来る膝にその場に座り込んでしまった。想像以上に腕が痺れて手のひらは赤くなっている。

ショートパンツだったので、膝の裏は赤く痕になっているのが見えた。

「思った以上に…厳しいやもしれぬの。」

ラファエルが、それを見て言う。バルナバスは、険しい顔をして頷いた。

「は。ミユは体重も軽く腕の力もありましたのでここまで何とか参りましたが、あちらの者達にはここまでの体力は無いかと思われます。ロープの換えはありませぬ。あと、何往復できるのか、私にも判断はつきませぬ。まして途中でロープが切れることがあれば…。」

美夕は、座ったままあちら側を覗き込んだ。水の音と距離も手伝って、こちらで普通の大きさの声で話していたら向こうまでは届いていないらしい。皆不安そうにこちらを見上げていた。

「…どうしたらいいの。まだ14人も残っているのに。」

ラファエルは、美夕を振り返った。

「リーリアの二の舞になるのが分かっておってあれらにも主と同じ方法で渡らせるか、途中切れるのを危惧しながら出来る所まで滑車でこちらへ渡すか。二つに一つよな。」

美夕は、ロープを見た。

バルナバスは、三本のロープをこれに使っていた。一本は最初に張った自分がこちらへ渡るためのもの、二本は輪にして滑車を通すためのものだ。ロープはもう、これでない。長さの短いものなら美夕も持っているが、それを繋いでもこの長さにはどう見ても足りなかった。

「やっぱり、あちらの皆の判断に任せるしかないですわ。出来るという自信のある者は渡るしかない。絶対に無理だという者は、こちら側をいつ切れるか分からない不安の中渡るしかない…。」

バルナバスは、息をついた。

「私もサポートするが、さすがに14往復もあれらについてこのロープを行き来するのは体力が続かぬだろう。ミユは結局見ているだけでこちらまで手を掛けることもなく渡ってくれたが、他の皆は恐らく力が足りぬで手が離れるだろう。それを支えながらお互い無事にこちらまでなど、あの人数私一人ではさすがに無理だ。」

バルナバスが、美夕を見て残念そうに言った。美夕は、その光景が頭に浮かんで、確かに無理だと思った。リーリア一人を助けられていたとしても、バルナバスの消耗は大きかっただろう。サポートするには、人数が多すぎるのだ。

「…我も、出来ぬことを出来るとは言えぬ。」ラファエルは、口惜しそうに言った。「我には己の身を運ぶので精一杯であろう。我が滑車を使わずで渡ってくれば、少なくても一人は無事にこちらへ渡せたのに…。」

バルナバスは、ラファエルを見上げて首を振った。

「そのように過ぎた事を申しておっても始まりませぬ。とりあえずは、私がこちらから指名してこちらへ渡します。」と、立ち上がってあちら側へと叫んだ。「次、ライアン!どちらでも良い、選んでこちらへ渡って参れ!」

呼ばれた一人の修道士が、戸惑ったように前へ出た。背は高いが、他の者達と同じように体は細い。巫女達も戸惑っているのがこちらから見えた。

美夕には、その意味が分かった。

バルナバスが選んだのは、あの中では一番に魔法技に長けた男だったからだ。

バルナバスは、力の強い者を確実に連れて行けるようにと考えている…。

美夕は、その人選でそれを悟った。

ライアンは、ためらいながら足元に落ちているカバンを手に取った。すると、巫女の一人が脇から金切り声で叫んだ。

「あなたは男で力があるのに!ロープで渡って行けるはずよ!私達の方がそれを使う権利があると思うわ!」

ライアンは、その巫女を振り返って困惑したように言った。

「私は魔法の力はあるが、腕の力はない。体も大きいので重い。あれを最後まで登り切れる自信がないのだ。」

その巫女は、それでもライアンに詰め寄った。

「それなら先に行くのは間違いだわ!私達が先に行くべきだと思う!体も軽いしロープへの負担も少ないと思うから!」

美夕は、その様子に戸惑ってラファエルを見上げた。ラファエルは、残念そうにそれを眺めているだけだ。しかしバルナバスが、叫んだ。

「ライアンを!早くこちらへ!」

巫女は、こちらを見て抗議しようとしたが、ライアンは思い切ったようにカバンへと足を入れた。巫女達は、そのライアンを取り囲もうとしたが、ライアンはそれより先に、水路の上へとそのまま飛び降りた。

反動でぶらんぶらんと大きく揺れたが、直後にバルナバスが手際よくロープを引き始めて、カバンはライアンを乗せたままこちらへと引き寄せられて来る。

「ああ!」

巫女達が叫んでいる。しかしバルナバスは、そんなことには目もくれずにひたすらにライアンを引っ張った。

ライアンは、こちら側へ引っ張り上げられて青い顔をしてガクガクと震えている。急いだとはいえ、結構なスピードでバルナバスに引っ張られたので、揺れも激しかった。怖かったのは確かだろう。

それを見ていた巫女達が、口々に叫んだ。

「バルナバス様!それではロープが!」

「そうですわ!私達の方が軽いのでロープも削れないのでは?!」

バルナバスは、それには構わず、岩の上に立って、また叫んだ。

「次!アーバン!」

美夕は、息を飲んだ。間違いない。バルナバスは役に立つ者を出来るだけ連れて行こうとしているのだ。

つまり、ロープが切れた時点で他の者は見捨てて置いて行こうとしているのだろう。

ラファエルも美夕もそれをただ黙って見ている。

どうしたらいいのか、分からなかったからだ。

カバンはまた、あちらへと戻って行ったが今度は巫女達が我先にとそれに殺到した。あちらもバルナバスの意図を察したのだ。

呼ばれたアーバンは、戸惑いながらそれを見ている。バルナバスは眉を寄せた。

「アーバン!こちらを来い、私が助ける!」

アーバンは、ビクッと肩を震わせた。ロープを伝って行く…だが、途中で力尽きるのは目に見えていた。

それでも、カバンは巫女達が必死に足を突っ込むのでライアンのように隙をついて飛び込むことは出来なさそうだ。

アーバンは、意を決したように、ロープへと向かった。

バルナバスは、ロープへと移った。

「次も準備しておけ!ディーン!」

呼ばれた修道士は、肩を震わせた。ロープを渡る…。

だがアーバンは、既にロープを渡り始めていた。

バルナバスは、スルスルと進むと、真ん中辺りでアーバンを待った。

「来い!大丈夫だ!」

アーバンは、顔を真っ赤にしてロープにぶら下がり、一生懸命前へと進む。案外に頑張れそうだと思ったのか、思ったより危なげなくバルナバスの所へと到達した。

「そのまま。大丈夫だ、お前は力がある。ラファエル様の御前まで行けば守られる!」

アーバンは頷いた。ラファエルは岩の上まで出て、それを見守っていた。ラファエルの顔は、アーバンにも見えているはずだった。

そして、美夕は驚いた。

アーバンは、ラファエルを見た瞬間、まるで力を得たように力強く、一歩一歩腕を進めて傾斜するロープをものともせずに登って来たのだ。

バルナバスは、もう大丈夫だと思ったのか、美夕の時と同じように器用に反転すると先にどんどんと登って来る。

アーバンはそれを追って登って来て、バルナバスに引き上げられた。

「よくやった。お前はやり遂げたのだ。」

バルナバスは、アーバンの肩を叩いた。アーバンは、それは嬉しそうにやっと笑顔で頷いて、深々とラファエルとバルナバスに頭を下げたが、今通って来たロープを振り返った瞬間、そこへへなへなとへたり込んだ。

バルナバスは少し、額に汗を浮かべていたが、すぐにロープを振り返った。

「次!ディーン、来い!」

美夕は、へたり込んだアーバンを気遣っていたが、バルナバスを見上げた。

「バルナバス、あなたも疲れて来ているわ。少し休んだ方がいいのでは。」

しかし、それにはラファエルがまるで機械のような口調で、言った。

「いや、行け、バルナバス。」美夕が驚くと、ラファエルは続けた。「時が無い。」

美夕は、ハッとした。そうだ、追手は…。

美夕には、遠くの気を探る能力がまだない。恐らくは出来るのだろうが、まだそこまでいろいろ学んではいなかった。

バルナバスも察したのか、何も言わずに頭を下げると、またロープへと向かった。

美夕は、ただ見守るしか出来なかった。

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