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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
使命を探して
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グルーラン

翔太が放った金具は、狙った位置にカツンという音を立てて当たったが、引っ掛からずにブランと垂れ下がった。

翔太は、ロープを手繰って手元へと金具を取り戻すと、また上に向かって投げ上げる。

それを繰り返しているうちに、三回目には上手い具合に瘤になった岩へと巻き付いて、金具が引っ掛かって戻って来なくなった。

翔太は、グイグイとロープを引いて自分の体重を支えられそうなのを確認してから、アガーテを振り返った。

「よし、行って来る。こっちの端をここに結んでおくから、ほどけないように見ててくれよ。」

アガーテは、心細げにしていたのだが、それにはしっかりとした目で頷いた。

「任せておけ。我の術で固定して、決して離しはせぬゆえに。」

今はやせ細った老婆の姿で声はしわがれていたが、それでもアガーテの強い目は翔太を安心させた。翔太は頷くと、腰に短い縄を結んでロープを通して先を輪にし、即席の命綱にして上へと向かった。

大きく斜め上へと上がっているロープは、少したわんでいて揺れる。ロープに対して下向きに足と手で掴まり、ぶら下がるような状態で翔太はほぼ腕の力だけで、グイグイと登って行く。

こちらから見ていた海斗が、気が気でない顔で言った。

「巻き付いているから取れはしないだろうが、あのロープが切れたらと考えたら怖いな。翔太は力があるからあれで行けるが、オレや真樹はきついかもしれんな。」

真樹も、見上げながら頷いた。

「学校の登り綱とか登り棒とか苦手だったんだよなあ。うまいこと足を使ってなんとかならないかな。」

海斗は頷いたが、クリフとカーティス、スティーブは怪訝な顔をした。

「なんだよ、登り綱って。」

ブレンダが、幾分緊張気味な引きつった顔で言った。

「あたしは日本の学校に行ってたから知ってる。体育館にぶら下がってて登るのよ上まで。あたしもあんまり得意じゃなかったわ。」

スティーブは、肩をすくめた。

「オレは仕事で日本に来てただけだからな。見たことがない。」

海斗は、上まで到達する翔太を見上げて、眩し気に目を細めた。

「まああのロープは登り綱ほど太くないし、握りやすいだろうからそう苦労はしないと思いたいよ。翔太が上まで着いたぞ。」

見ると、翔太は岩の亀裂まで到達すると、その淵に手をかけてぐいと懸垂して上へとよじ登った。あそこまで腕を使って乳酸も溜まっているだろうところで、あの懸垂が自分に出来るだろうかと亮介が悲壮な顔をしている中、翔太はこちらへ向けて手を振った。

「おおい、あっちへ繋がってるようだぞ!ここから向こうへ行ける!」

翔太は嬉しげだが、こちらで見ていた皆は、それを喜んでいいのやらわからなかった。まず、翔太が今居る場所まで自分達が到達できるのか疑問だったからだ。

「それはいいが、結構力が要るようじゃないか。オレ達でも大丈夫そうか?」

海斗が言う。翔太は、今登って来たロープを見て、その先の棚でこちらを見上げて光を放ってくれているアガーテを見た。アガーテには絶対に無理だろう。自分でも、ここまで上がって来た時には結構息が上がっていた。アガーテを背負ってここまで上がることも、出来ないこともないような気がするが、万が一バランスを崩してしまったらと考えると、危ない気がした。

「ロープをここから下へ吊るして、エレベーターみたいに引っ張り上げるか…?でもそうなったらうまくやらないと一回水に浸かる事になるぞ。オレがここからロープを放って、あの、今アガーテが居る棚からそれを掴んでこっちへ向かって飛ぶ。そのままだと岩に激突するから足で岩を蹴って止まる。その後、オレが上から一人ずつ引っ張り上げる。それでどうだ?」

それなら、とにかく掴まっていたらいいのだから、ブレンダにも真樹にもどうにかなりそうだ。

ブレンダが、こちらから声を上げた。

「あたしはそれでいいわ!でも、誰から行くの?アガーテは元の姿にならなきゃロープに掴まってるのも無理そうだけど、それはどうするの?」

翔太は、うーんと考えた。

「灯りは、アガーテがこっちへ来る間ぐらいオレが何とかする。アガーテには若い姿に戻ってもらって、なんとか掴まっててもらうしかない。とりあえず、お前らみんな、オレが降りたロープを伝って右下の棚まで移れ。そこからだ。」

それを聞いた海斗は、ブレンダを見た。ブレンダは、気が進まないように下の水の流れを見る。スティーブが、ブレンダの肩に手を置いた。

「下を見ない方がいい。棚までなら、オレが背負ってってもいいが、どうする?」

ブレンダは、目を閉じて深呼吸すると、首を振った。

「いいえ、一人で行くわ。平気よ。」

ブレンダは、翔太が伝って行ったロープをたぐい寄せて、それを腰に巻いた。そして、こちらを向いて岩を足で蹴った。

降りる前の自信なさげな様子とはうって変わって、ブレンダは慣れた様子でスルスルと下へと降りて行った。そうして、岩を再び蹴ると、横へ向かって長いカールした黒髪を翻して棚へと飛んだ。

綺麗なフォームでそこへ着地したブレンダは、キッと引き結んでいた唇をホッと緩めて、微笑んだ。

「やったわ!案外余裕だった!」

腰のロープを外すと、上を見上げる。

上で様子を見ていた皆は、ホッとしたように表情を緩めていた。何よりスティーブが一番ホッとしているようだった。

「次はオレが行く。」

スティーブは、ロープをたぐい寄せながら言った。

その時、下からアガーテの声が鋭く言った。

「待て、今来るでない!」

フッと、アガーテの光が消える。

何事かと思っていると、真っ暗闇の中で翔太の声が言った。

「なんだ?!アガーテどうした?!」

翔太の方から、ぼうっとした光が着いたのが見えた。アガーテは、また叫んだ。

「ならぬ!魔法を使うでない!」

また、スッと翔太の光が消えて真っ暗になる。海斗が、声を上げた。

「アガーテ!何事だ?!」

アガーテは、声を抑えるように、それでも通るようにと力を込めて言った。

「グルーランよ!気配がする、かなりの数がこちらへ向かって参る!命の気に反応するのだ、生きておるだけであれらはこちらを見つける。魔法など使っておったら尚の事ぞ!そのまま黙ってじっとしておれ!」

それを聞いて、皆一斉に息をつめた。

だからといって、自分が生きているという事実は消すことが出来ないので、命の気を気取るというのならここに居るだけでも危ないはずだ。

だが、アガーテの声は続けた。

「結界を張る。古来の命の気を遮断する結界ぞ。だが、中に居る者には中の命の気を気取ることが出来るゆえ、水路の向こうに居る翔太まで結界を広げて張るわけには行かぬ。主は気取られるぞ。だが、主はそのまま逃げることが出来よう。見つかったら我らに構わず主は奥へ逃げるのだ。グルーランは水の中でなければ移動できぬゆえ、そこまで追っては来ぬ。」

アガーテは、フッと黙った。

遠く、ゴウゴウと水の流れる音の中で、ザシュッザシュッという水を切るような音と、時にプシューという何かを噴き出すような音が混じって聴こえて、近づいているように思った。

地下水脈の魔物か…!

翔太は、それが意味がないのだと分かっては居たが、その場所に伏せてそっと顔を出して音が近付いて来る方向を見た。

そして、それを見た。

真っ黒い水の中で、何かが明るく光っていた。

その光の中には、サメが近付いて来る時のように、幾つもの背びれのようなものが突き出ていて、浮いたり沈んだりを繰り返していた。

翔太が見ている目の前まで来て、その大きな泳ぐ魔物達は一斉に止まった。その光が眩しいほどに辺りを照らしている中、背びれだったその集団は、一斉に顔を上げた。

幾つもの頭が、真っ直ぐに翔太が居るその場所を見上げていた。

その口は大きく、しかし顔はサメというよりシャチのそれとそっくりだった。

黒い体に白い模様が入っていて、しかしシャチと徹底的に違うのは、その大きな目だった。それは光って前方を照らし、その魔物が居る回りはまるで昼のようだ。

そしてその目は、今全てが翔太へと向かっていた。

「…!!」

翔太は、伏せた状態のまま後ろ向きに体をよじって下がった。やはり、アガーテが言うようにこの魔物は命の気を気取ってこちらの存在を知るのだ。ここは一旦、奥へと向かった方がいいのかもしれない。

だが、次に聞こえて来た声に、翔太はピタリと凍り付いた。

『待て。お前は異世界から来たヒトか?ショウタとか申すヒトを知っておるか。』

低い、地の底から聞こえるような声だ。翔太は、今その声がどこから来たのかと理解が出来なかったが、どう考えても下に居る、魔物から出た声のような気がした。

一瞬戸惑ったが、白玉が話したのを見ていた翔太は、そっとまた匍匐前進すると、頭を少し出して下を見た。

「…だったらどうなんでぇ。」

翔太が目だけで下を覗いてそう言うと、相手は光る鋭い目でこちらを見たまま、答えた。

『だったら怖がることはない。お前達を迎えに来たのだ。シンイチロウと申す男を知っておるか。』

翔太は、ショーンと聞いてガバと体を起こして身を乗り出した。

「シンイチロウ?!慎一郎を知っているのか?!オレが翔太だ、慎一郎はどこに居る?!」

相手は、呆れたように目を細めた。

『我らの巣の近くへ匿っておるわ。あれは我らが何を言うておるのか理解しようと、通じる術を知っておって放ちおった。ゆえ、我らの聞きたい事も聞くことが出来た。アレクサンドルに追われておるのであろう。』

翔太は、この魔物があまりにもはっきりと話し、こちらの事情にも通じているようなので戸惑った。魔物とは、こんなにはっきりと考えて生きているものなのか。

「ええっと、じゃあ、慎一郎はお前達の所に居るんだな?オレは、信じていいのか。」

相手は、少し黙った。回りの魔物達が、グルグルグルというような音や、キーっというような音で鳴く。こちらへ話しかけていたひと際大きな一体がそれをグルルルと押さえるように言うと、他は静かになった。そして、改めて言った。

『わざわざ命の気を気取って助けに来てやったというのに、信じぬと申すならそれでも良いわ。だが、ここから流されて海へ出たとしても、洞窟を辿って地上へ出たとしても、今どちらも鬱陶しい甲冑の音であふれておる。アレクサンドルの手下に捕まることになろうぞ。好きにすれば良いが、どうするのだ。』

翔太がぐっと黙って信じようかどうしようかと迷っていると、上の棚から、アガーテの声が叫んだ。

「参る!」そこに居た魔物達が、一斉に驚いたようにそちらを見た。アガーテは続けた。「主らは偽りを申しておらぬ!我らをそこへ連れて参ってほしい!」

翔太も驚いたが、魔物達も驚いたようだ。何やらカチカチシューシューと音を立てて会話しているようだった。翔太は、言い訳するように言った。

「ああ、その、アガーテは巫女で、古来の術ってのを知ってて、命の気を遮断する結界ってのを張って隠れてたんだよ。オレはこっち側に来ちまってたんで結界の中へ入れなかった。だからお前達に見つかった。」

呆然とアガーテを見上げていた魔物だったが、納得したように言った。

『そうか、もっと多くの気を感じたように思うたのに、主一人であるからおかしいと思うておったのよ。巫女か…ならば主には恩がある。信じて来ると申す者は皆、連れて参ろう。降りて参れ。』

アガーテは、見る間にスーッと体をあの若い姿に変えると、何のためらいもなく、棚の淵から地下水脈に向かって飛び降りた。

「アガーテ!」

翔太は、あまりに突然で思ってもなかったことに驚いて覗き込む。アガーテは、ぼちゃんと音を立てて激しい流れの中に落ちて、思った通り、流された。

だが、それも一瞬のことで、すぐに魔物のうちの一体が、アガーテの体の下へと自分の体を滑り込ませて、持ち上げた。

アガーテは、その黒い巨体に跨った状態で、背びれを掴んで微笑んだ。

「おお!何と心地良い気…この水脈の水などものともせぬ!」

青白い髪は濡れてべったりと顔に張り付いていたが、アガーテは本当に嬉しそうに美しく笑った。

それに変な勇気を得たのか、ブレンダが身を乗り出した。

「じゃ、じゃあ、あたしも飛び込んでいい…?」

ブレンダが、恐る恐る下を覗き込んで言う。スティーブが、とんでもないと上から言った。

「待てブレンダ!危ないぞ、オレが一緒に…!」

だが、ブレンダは棚の上に一人取り残されてパニックなのか、それを聞き終える事も無く目をつぶってそこから飛び降りた。

「ブレンダ!」

スティーブの声が叫んだが、ブレンダもすぐに魔物が持ち上げて溺れることは無かった。ブレンダは、ずぶ濡れになりながらも目を開いて呆然と、その魔物の背を、手でそっと撫でた。

「あったかい…なんかすっごく気持ちいい感じ。」

隣りで同じように魔物に跨る、アガーテが笑顔で頷いた。

「それが気ぞ。まさかグルーランがこのような生き物であったとは…。」

それを見て、もはやそれしかないと思ったのか、次々に皆が飛び込んで行く。救出される中で、先ほど話していた一番大きな一体が振り返った。

『またそれか。ヒトは我らをそう呼んでおるようよな。だが、我らはそういった名ではない。シャルクスぞ。我が一族は、シャルクスと申す。そして我は、その王の、ラディアス。まあそもそもが我らは個々に名など無かったのであるが、ヒトと接するにあたり要るのだと、その昔巫女の女が我らに着けたのだ。なのでそう名乗っておる。』

最後に一番高い所に居た翔太が飛び降りて来て、それを今名乗ったばかりのラディアスが持ち上げて、川上の方へと頭を向けた。それにつられて、シャルクスの群れが全て一斉にそれに従った。

翔太の目の前で、排気口らしき場所からプシューっと音が聞こえる。見れば見るほど、シャチにそっくりな姿形だった。

『では参る。しっかり掴まっておれ。まあ落ちても拾ってやるがな。』

そうして、アガーテを含めた10人は、数人ずつがシャルクスの背に分かれて、その巣だという水脈の上流へと運ばれて行ったのだった。

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