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街を出て

丸テーブルにぐるりと座ると、さっきの太ったおじさんバーテンが出て来て言った。

「なにします?」

メニューもない。玲が言った。

「ええと、水と、ルクルクあるか?それでなんか、お勧めを頼む。腹が減ってるからがっつり頼む。」

相手は、愛想もなく頷くと戻って行った。慎一郎が言った。

「メニューもないのか。ここらの料理なんか知らないしこりゃオレ達だけだと困っただろうな。」

玲が、肩をすくめた。

「オレだって困ったさ。だが、皆親切でいろいろ教えてくれるんだ。」

美夕が言った。

「ルクルクって牛でしょう?牛肉で何か作って来てくれるの?」

玲は頷いた。

「ああ。ここらはあまり物の流通がスムーズでないらしくて、その時ある物で出来る料理を作るってのが普通らしいんだ。」

ふーんと皆が感心していると、隣りのテーブルから赤ら顔の男が声を掛けて来た。

「よお、兄ちゃん達は旅の戦闘員パーティか?最近めっきり増えたな。」

テーブルの上には、飲みかけのビールがある。慎一郎が、逆に問うた。

「最近増えた?」

相手は、頷いた。

「ああ。ほら、船が沈みまくってるだろう…なんでも、どこか遠くから来たらしい船なんだが、気が付いたら停泊してて、去って行く。で、沈む。悲鳴も聞こえて来るらしくて漁船が救助に向かうんだが、綺麗に沈んじまって何も見えないらしい。ま、破片に掴まって浮いてた人を助けたりはしてるが、何やら変なことを言うばっかりで要領を得なくて、仕方なく柵のある病院に送ってるらしいが。」と、ビールを一口飲んだ。「だがその船から降りて来た奴らってのが、とんでもなく強いってんで、皆助かってるんだよ。今まで危なくって軍にでも守ってもらってなきゃ入れなかった森が、奴らを雇えば簡単に入れるようになった。あの魔物達を、たった数人で倒しちまうんだからな。」

翔太が、皆と視線を合わせてから、またその男を見た。

「ここの住民ってのは、魔物を倒せないのか?魔法は?」

相手は、笑って手を振った。

「魔法なんてもんは、軍隊の奴らしか扱えねぇしろもんだ。オレ達は呪文すら知らねぇ。だからあぶねぇってんで街の回りには軍が結界を張って、中に魔物が入れないようにしてくれてるんだ。だから街道は気を付けて行かねぇと魔物が出て来るから…陸路はだから、不安定なのさ。」

だから流通が悪いのか。

そんなことを思っていたら、さっきの男とその妻らしき女がせっせと料理を運び込み出した。目の前に、瞬く間においしそうな匂いが広がる。美夕は、わくわくしながらそれらを見た…ああ、物凄くおいしそう。

「おー昼から豪華だ!食うぞー!」

翔太が歓声を上げた。だが、先に支払いだった。

皆の腕輪を男が掲げる四角い機械に次々に翳して行き、支払いを済ませる。

見ると、150ゴールド減っていた。

1500円ね。

美夕はそう思って、目の前の肉の山へと向き合った。ローストビーフに、ハンバーグ、ステーキと結構な量がある。それを、パンに挟んで美夕は必死に食べた。

おいしい…!

お腹が、よくぞ食べてくれたと歓喜しているようだった。本当にここ数時間、いろいろあったのに飲まず食わずで、よく頑張ったと自分でも思う。

「あらおいしい。」

聡香が、ハンバーグをちまちまと突きながら言う。真樹が、横でローストビーフも差し出した。

「これも柔らかいよ。食べてみて。」

聡香は、そちらにもフォークを刺して、口へと運んだ。

「おいしーい!ルクルクがこんなにおいしいとは思いませんでしたわ。」と、もぐもぐと口を動かした。「現実の世界では私、動物性の油全般にアレルギーがあって味わえませんの。」

それを聞いた皆が、ピタリと凍り付いた。現実の世界ではって…でも体があるんだけど。

「ちょ、」と慌てて真樹がハンバーグとローストビーフを遠ざけた。「ちょっと待って、聡香ちゃんダメじゃん肉食べちゃ!」

聡香は、悲しげな顔をして首を振った。

「大丈夫ですわ。だって子供の頃食べたきりですけど、口に入れただけで口の中が熱くなって、眩暈がして呼吸困難になって大変でしたの。今は食べてますのに何ともないんですもの。」

と、皿をぐいぐいと引っ張ってまたハンバーグを口に入れた。「うん、おいし。」

玲も慎一郎も、亮介も茫然とそれを見て固まっていた。翔太が、肉を口に運ぶのをやめずに聡香を見ながら言った。

「だが…まあ、いいんじゃないか?仕組みは分からないが、本人は大丈夫だって言ってるんだし、実際平気そうだ。こっちの体ってのとあっちの体は、もしかしたら違うのかもしれないなあ。」

それを聞いた玲が、考え込むような顔をした。

「違う体…。」

聡香は、まだ楽しそうに食事を進めていた。玲も慎一郎もまだ考え込んでいたが、それでも食事は続けたのだった。


食事を終えて宿屋を後にした7人は、玲に案内されるままに、シアラの街の境界を出た。そこからは、ずっと向こうまで続く街道になっているようだ。海沿いにあり、海を見ながらの移動が出来るようだった。

玲が、あの羊皮紙の地図を出した。

「この街道沿いを行くと、クトゥという街に着くらしい。ほら、あそこに大きな橋があるだろう。あれは命の大滝から流れて来る河に渡っているものなんだが、あれを超えたら街道が始まるんだ。その辺りの魔物は、小物が多くて倒しやすいと思うぞ。ちょっと北へ逸れると、森になっててそこにはヤバイ奴がいっぱいいるぞ。どっちへ行く?」

慎一郎は、大真面目に言った。

「もちろん最初は小物の方だ。亮介の手腕も分かってないのに、いきなり大物と対峙したくないからな。それにしても、この緑の濃さの加減は高さなのか?森があるという表示ではなく。」

玲は、頷いた。

「そう、等高線だと思ってくれたらいいと思う。街の人にこれを見せたら、ああ、山ね、と言っていたからな。島の裏は断崖になっていてあまり行く者がいないと聞いた。」と、シーラーンという場所を指さした。「ちなみに、ここがこの国の首都らしいぞ。島全体がリーリンシアっていう世界なんだと言っていた。つまり、このゲームのタイトルなわけだが。」

翔太が、うーんと唸った。

「リーリンシアは島だけじゃなくもっと大きな世界のことだろう?その証拠にこの三カ月、オレ達は島以外のダンジョンをうろついてレベルを上げて来たんだ。なのに、ここの住民はここがリーリンシアって国だって言うのか?」

玲は、頷いた。

「ああ。これより北にある大陸から、数千年前に渡って来た種族が作った国だそうだ。北の大陸からはもう渡って来る者は居ないらしいが、たまにふらりと、南の方からオレ達みたいに船で訪れる者達が居て、住みつくこともあるらしい。ここはみんな保守的で、北の大陸の国がどうなったとか、考えることはないらしいがな。それより、この国で平和に暮らすのが一番なのだと、王も言っているのだということだ。」

真樹が、大げさに身震いした。

「オレは嫌だなーこんな狭い土地でずっと暮らすなんて。平和なのはいいけどさーゲームも何も無さそうじゃん?退屈で死んじゃうよ。」

美夕が、苦笑しながら同意した。

「ほんとね。のどか過ぎて倒れちゃう。まして、街の結界から出たら自分達には倒せない魔物がうろうろしてて、軍の護衛なしでは街と街も行き来出来ないんでしょう?私にも無理かな。」

玲が、苦笑しながら頷いた。

「そうかもな。オレも無理かもしれない。だが、まあ海は大丈夫らしいぞ。だから船での移動は出来るみたいだ。オレ達も、もし移動しようと思うなら船がいいんじゃないか。川もいいが、川は魔物が回りの土地から寄って来るらしくて大変らしい。」

慎一郎が、橋の方へと足を向けた。

「長居はしたくない。とにかく、ここでの武器が役に立つのか試してみなければならないから、生活費稼ぎのためにも小物倒しに行ってみよう。」

亮介が、背中に背負っている槍のような武器を見て、言った。

「魔法が使えなかったらオレは打撃技はあまり得意じゃないからな。」

美夕が、隣りを歩きながら言った。

「どれぐらいですか?」

亮介は、うーんと宙を見た。

「長い事やってないけど、武器はディアムだから幾らかマシだと思うよ。」

美夕は、ハッとした。そういえば、レベル92だと言っていた。いくら得意でなくても、きっとそこそこやるだろう。

それを見透かしたように、翔太が振り返った。

「それでもそいつより幾らか戦えるんじゃねぇの?」と、橋の上へと足を踏み出しながら、言った。「誰もいねぇなあ。ここでちょっとやってみるか?」

そこは、大きな石の橋だった。

綺麗に磨き上げられた手すりの向こうには、海へと流れ込んでいるそれは大きな河口が見える。

それなのにそんな雄大な景色を見ようと思う人は、ここには誰も居ないらしい。橋は綺麗に傷一つない状態で、そんなに使われない橋なのだろうなと美夕は思った。

「この橋、傷もないね。こんなところで魔法使って、傷つけたら駄目なんじゃない?」

すると翔太は、顔をしかめた。

「傷ついたって気付くヤツは居ねぇよ。誰も来ないんだからな。」

しかし、慎一郎が言った。

「やめておけ、翔太。確かに言う通りかもしれないが、弁償しろとか言われたら厄介だろう。向こうへ渡り切ってからにしよう。」

翔太は、渋々ながら剣の柄から手を放した。

「分かった分かった、確かにな。」

そうして、一キロはあるんじゃないかという幅の橋を、7人は歩いて渡って行ったのだった。

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