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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
使命を探して
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流れ

光が収まった後、亮介は待ちきれないように額の光を大きくしてアガーテを照らした。

そして、絶句した。

アガーテは、自分の手足を振って、動けるのを確かめている。

「おお、なんとの。若い頃はこれほどに自由であったか。我は忘れておったわ。」

その声は、鈴が鳴るように澄んで美しい。

いやそれよりも、その姿は目が覚めるように美しかった。

長い銀髪はうっすらと青みを帯びていて、神秘的だった。そして大きな意思の強そうな緑色の目は、綺麗に切れていて長いまつげがそれを更に際立たせていた。

鼻筋はスッと通っており、大きすぎない鼻、薄い桜色の唇と真っ白い肌、誰がどう見ても、アガーテは女神のように美しい女だった。

たった今悪態をついていた真樹でさえ、真っ赤になって呆然とその姿を見つめていた。

「…なんぞ?何を呆けておる。」

アガーテが、怪訝そうに眉を寄せて皆を見渡す。翔太がはっと我に返って、言った。

「あ、アガーテか?」

アガーテは杖を持っていない方の手を腰に当てて頷いた。

「そうよ。他に誰が居る。若い頃はこうであった。姿など意味はなかろうが。それより、これは意味をなさぬな。」と、杖をスッと小さくすると、腰の小さなポーチに入れた。「さあ、これで我も歩ける。参ろうぞ。ただ大きな術はこれで使えぬからの。この姿の我に多くを求めるでないぞ。」

その物言いは確かにアガーテだったが、この女神のような女から言われると何やら素直に聞けるような気がするから不思議だ。

真樹も素直に頷いたので、同じ感覚なのだろうなと翔太は思った。

『えーおばあちゃん、いいなあ。』白玉が、緊張感のない声で言う。『おばあちゃんがおばあちゃんでなかった時の体なの?わたしも人の形になりたいなあ。』

アガーテは、その美しい顔でさらに美しく微笑むと、白玉の頭を撫でた。

「白玉、姿など意味はないのだ。主にはその誰よりも輝く美しい命がある。案ずるでないぞ。」

白玉に向かって微笑んでいるにも関わらず、真樹の方が赤い顔をしてどぎまぎしているようだ。

そんな様子にため息をついた翔太は、仕方なく空になった背負子を担いで亮介を小突いた。

「さ、行こう。アライダが地上へ出る前に地下水脈を越えてあちら側へ行くんだ。美夕達が心配だ…あいつも、地下水脈を越えようと無理をしてやがるかもしれねぇ。」

そう思うと、歩き出す足にも力が入る。

つられて歩き出す皆に混じって歩きながら、アガーテが言った。

「ラファエル様なら、太古の術の中で使えるものをうまく考えて地下水脈を越える方法を考えられるやもしれぬ。我らは今、我らが無事にあちらへ参ることを考える方が良いと思う。」

亮介が、先頭から振り返った。

「太古の術っていうのは、全く命の気を使わないのか?」

アガーテが、そちらを見る。亮介は顔を赤くしたが、アガーテはそれに気付かない風で答えた。

「命の気が必要なものもあるし、必要でないものもある。基本は必要でないものであるがな。」

翔太は、隣りを歩くアガーテを見た。

「じゃあ、その太古の術なら地下水脈で使えるんだな?アガーテもオレ達を助けることが出来るってことか。」

アガーテは、困ったように首を傾げた。

「いや…地下水脈では使ったことがないのだ。近づくことは禁じられておったし、一度見た時もあの水の異様さは我らでも気分が悪くなるほど。地下で潜んでおった時には、ラファエル様の結界がそのようなものからも皆を守っておってくださったので問題なかったが…それが無くなった後、我も地下であの老体にはかなり堪えておったもの。主らのように、この空間に流れる気の流れに無頓着に生きておるのではないからの。」

皮肉のように聞こえるが、アガーテには他意はないようで、事実を述べているだけのようだ。

亮介は、今のアガーテの言うことは素直に聞けるようで、特に反感もなく言った。

「じゃあ、到着してからになるか。オレがそれを使えたら、アガーテの手を煩わすこともないんじゃないかって思うんだが…教えてもらうわけにはいかないか?」

それには、アガーテはすぐに首を振った。

「それは無理ぞ。古来の術が、なぜに巫女達にだけ受け継がれてきたと思うか。それは中には簡単な術も混じってはおるが、命に力がない者が放つと死するほどの術ぞ…ゆえ、巫女の中でも力がある者にしか教えてはこなんだのだ。それと知らず、密かに術を盗んで使った者は死んだ。古来の術とは、そういうものぞ。主には無理であろうの。」

翔太は、身震いする亮介を見て自分も身を固くした。命の気を使わない、つまり命の気の助けのない術は、それだけ負担の掛かるものなのだろう。だがアガーテのように、あっさり使える者が居るのは事実だ。地下水脈ではそれが命綱になるのかもしれない…。

そして美夕には、その術を使える者の一人であるラファエルがついている。

翔太は、アガーテが言うようにまず自分達が無事にあちらへ渡る事が大切なのだと考えていた。


美夕とバルナバスは二本のロープを地下水脈の上に渡すことに成功し、ラファエル達を連れてまた、その場所へと戻っていた。

巫女や修道士達は不安そうな顔をして顔色は悪かったが、体力には問題なさそうだった。しかしふと気になってレナートを見ると、そこにはフラフラになりながらも必死に追いついて来た姿があった。足は膝が言うことを聞かないのかガクガクとして、座り込みそうになる。

「おじさん!」

美夕は、慌ててレナートに駆け寄ってその肩を支えた。レナートは、汗びっしょりで弱々しく笑った。

「すまない、オレももう歳だな。さっきから具合が良くなくって何度も見失いそうになって焦った。」

美夕は、ついて来ているのだと思ってレナートを気遣っていなかった自分に後悔した。レナートももういい歳なのだ。アガーテほどではないにしろ、気遣って然るべきだったのだ。

「こっちこそごめんなさい、おじさんは軽々ついて来てるんだって思い込んでいたわ。こんな足場の悪いところですもの、普段のようにはいかないわね。」

レナートは、頷いた。

「確かにな。だが、地下へ入ってからというもの、何やら変な感じなんだ。あの神殿に居る時はそうでもなかったのに、またこれだ。空気が薄いのかもしれんな。」

地下水脈を見下ろしていた、ラファエルが振り返って首を振った。

「そうではない。地下の空間には少なからずシーラーンから地下水脈を流れる、この厄介な水の影響を受けているのだ。水は地を沁みて参るであろう?僅かなら魔法が使えないほどではないのだが、辺りの気を乱してしまう。我らのような術を使う者はそれを感じて具合が悪うなるが、一般の者でも敏感であればそうなろう。神殿は、我の結界がそれを弾いておったゆえ影響がなかっただけなのだ。」

美夕は、それを初めて聞いた。この地下全てが、僅かながらも地下水脈の水の影響を受けているのだ。

何も感じない自分が敏感な一般人以下であるのかと少し心が落ち込みそうになったが、今はそんなことを考えている場合ではない。

目の前の、地下水脈を越えなければならないのだ。

美夕は、レナートを支えながら言った。

「おじさん、大丈夫?ロープに掴まってあっち側へ渡らなきゃならないの。結構距離があるよ。」

レナートは、青い顔をしながらも頷いた。

「大丈夫だ。少し休めば何とかなる。平気だ。」

だが、とてもそうは見えなかった。

他の巫女達をひと固まりになっていたリーリアも、かなり顔色が悪かったが、それは体調云々ではなく心労の方のようだった。

ラファエルは、また地下水脈の方へと目をやった。

目の前には、ゴウゴウと激しく岩の間を流れる、その厄介な水があった。バルナバスが渡したロープはしっかりとした物だったが、それでもその細いロープ二本が、傾斜を付けながら目の前の岸壁の上に繋がれている様は、何やら心もとない感じがした。これから、一人ずつこのロープを伝って自分の体を両手足で支えて登っていかねばならないのだ。

そんなことが、果たしてここに居る全員に出来るのだろうか。美夕自身も、まだやった事の無い事だったので、少し不安に思っていた。恐らく、翔太や玲なら軽々やってのけるのだろう。

美夕は、自分の気を引き締めてラファエルを見上げたが、ラファエルは言った。

「…我には出来るが、ここに居る全てがこれを成せるとは思えぬ。何とか負担なくあちらへ渡せる案はないか、バルナバス。」

バルナバスは、分かっていたことだったのだろう、ラファエルを見上げてすぐに答えた。

「はい。私も考えてみたのですが、ここに滑車を付けてあちらへ移動させる形でしか、方法は思いつきませんでした。一人ずつ運んで行く形になりますが、このロープは元々それを想定した造りではありませんので、そう何回も耐えるのか分かりませぬ。どうしても危ないと思われる数人だけに限って使うという形ではいかがでしょうか。」

ラファエルは、それを聞いて上を見上げた。ロープの先が固定してある辺りを見ているようだ。そして、川上の方へと視線を向けた。

「…しばし待った方が良いな。全員が渡り終わるまで時が掛かろう。今、魔物の気配を感じる…恐らくは、かなり近くまで来ておるのではないか。あれの気配が去ってから渡り始めよう。」

美夕は、魔物と聞いて口を押さえた。

「え…魔物ですか?!」

ラファエルは、美夕を見て頷いた。

「感じぬか。ここから数キロ川上であろうが、大型の魔物がかなりの数居るのが気取れるのだ。恐らくは、我がアガーテに幼い頃から聞いておるグルーランという魔物であろうな。グルーラン相手に、ここでは我も成す術はない。」

美夕は、身震いした。大型の魔物…それも、かなりの数。

ラファエルは、皆を見回して言った。

「ここでしばし休む。体力を回復させて、皆出来るだけ己の力であちらへ渡れるように心の準備をせよ。魔物も現れるやもしれぬ危険な場所ぞ…体力に自信のある者も、己の力におごらず備えよ。」

美夕は、レナートを見た。そばの岩に座らせると、レナートはホッと息をついて、美夕を見た。

「すまないな、お嬢ちゃん。だが、少し休んだら大丈夫だ。」

美夕は、首を振った。

「顔色が良くないわ。少しでも体力が回復出来たらいいんだけど…」そこで、美夕はハッとした。そうだ、魔法…アガーテに教わったのは癒しの魔法が多かった。「そうだわおじさん!私、アガーテ様に術を教わったの!あれでマシになるんじゃないかな。」

美夕は、縮めずにしっかり手に持っていた杖を前に出した。レナートは、焦ったように手を前に押すように出して、身を退いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれお嬢ちゃん、その術ってのは大丈夫なんだろうな?そもそも地下水脈にこれほど近付いたら魔法が妨害されて使えないんじゃないのか。あっちへ渡る術だって、ラファエル様は使えないんだろうが。」

美夕は、そういえば、と思ったが、光の魔法は使えているのだ。なので、気を取り直して言った。

「完全に治らなくても、マシにはなるかもしれないじゃない。やってみる価値はあると思うわ。」

するとラファエルがやって来て頷いて、美夕の隣に並んだ。

「アガーテが教えた術であるなら、古来のものならば命の気を使わぬし、ここでも問題なく使えると思うぞ。」

美夕は、え、とラファエルを見上げた。

「命の気を使わない術があるのですか?」

ラファエルは、美夕を見返して呆れたように顔をしかめると、苦笑して頷いた。

「主は己が術を使っておる時に命の気を使っておるのか使っていないのか分からぬのか。術が何たるかをしらずに使っておったと?」

美夕は、確かにその通りだったので恥ずかしくなって、顔を赤くしながら、下を向いた。

「はい…あの、では古来の術には命の気を使わないものがあるのですか?」

ラファエルは、辛抱強く頷いた。

「というより、命の気を使わないものがほとんどであるな。誰もが使えるわけではないのだ。巫女の血筋でも力のある者でなければ、命を落とす術もあるほど難しい術よ。だが、力のある者であるなら呪文を知っておったら簡単に使える。我も、主も、リーリアもそうよな。アガーテは使える者にしか、その術を教えなかった。」

美夕は、そうだったんだ、と今更ながらにその意味を知って感心していた。その術を、知らずに使っていた自分には驚いたが、その能力があるというだけで、美夕には心強かった。

「では、レナートおじさんを治してみます。アガーテ様に教えてもらった癒しの術で。」

ラファエルは、美夕より年下のはずなのにまるで兄が妹を見守るように、やさしく言った。

「やってみよ。ただ、レナートの症状は恐らくシーラーンの地下の水のせいであるから、浄化の術を使った方が良いぞ。」

美夕は、散々暗唱した術を頭の中で検索しながら、何度も頷いた。

そうして、選んだ呪文を、目の前でおっかなびっくり目をつぶっているレナートに向けて放ったのだった。

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