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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
使命を探して
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裏切り

いろいろ言いたいこともあったようだったが、結局海斗は、翔太達と共に禁足地へ向かうことにしたようだ。

カーティスとクリフは海斗と同じ立場だったが、二人は海斗ほど自分達の刻印持ちの男にこだわりはないようだった。

翔太はアガーテを、背負子(しょいこ)のような物を簡単に棒を組んで作り、それで背中合わせに背負って歩きながら、皆の様子はしっかり見ておこうと視線を他にも向けた。

翔太の両脇には、カーティスとクリフが、アガーテが間違って転がり落ちないようにと監視しながら歩いていた。

真樹は、翔太のすぐ後ろで、白玉とアガーテがこの状況にそぐわない穏やかな様子で話すのを、複雑な顔で聞いている。

スティーブは表向きは平気なふりをしているが、その実疲れているだろうブレンダを気遣って、そのすぐ後ろを歩いていた。

亮介は相変わらず灯り替わりに腕輪を見ながら額を光らせて先頭を歩いている。

海斗はその隣りで、道が間違っていないか確認しながらいた。

そんな状況で、翔太はハッとした。そういえば、アライダは…?

「待て。」翔太は、いきなり足を止めた。驚いた皆がつんのめるような形で止まると、翔太は振り返って言った。「アライダはどこだ?」

最後尾の、スティーブは後ろを振り返った。そして、探すように光らせた自分の剣を持ち上げて振った。

「…おかしいな。さっきまで後ろを歩いてたんだが。」

翔太の横で、カーティスが舌打ちした。

「おい、ブレンダが大変なのは分かるが、あっちは歳だし巫女なんだ、気を付けてやらなきゃ。」

スティーブは心外だったようで、抗議するようにカーティスに言い返した。

「だったらお前が見てやれよ。アガーテに三人も要らんだろうが。ショウタに背負わせて楽してるくせに。」

「なんだって?!」

カーティスは色めきだったが、翔太がそれを押さえた。

「待たねぇか、カーティス。確かにスティーブの言う通りでぇ。落ちるってんなら誰か一人後ろで見ててくれたらそれで済まぁな。スティーブに二人も見させるのは間違いだ。」と、アガーテをそこへゆっくりと下ろした。「アライダを探しに行こう。どこかで座り込んじまってるのかもしれねぇし。そう離れてねぇだろう。すまないが、ここで待っててくれ。」

翔太がそう言って、誰かを連れて行こうと亮介を振り返ったところで、じっと黙って目を閉じていたアガーテが言った。

「…アライダは、もう良い。」

皆が、驚いてアガーテを見た。アガーテは、そのまま黙っている。翔太が怪訝な顔をした。

「何を言ってる?お前の世話をしてたし、あいつは巫女長で一緒に戦ったんだろうが。」

アガーテが息をついて言葉を続けようとすると、先に白玉が言った。

『しらたまが言ったの。おばあちゃん、気が付かなかったって。昨日の夜だよ。』

真樹が、慌てて白玉の頭を撫でた。

「白玉、おばあちゃんが話してるからな。ちょっと黙ってて。」

白玉は、気分を悪くしたのか不貞腐れたような声で言った。

『違うのまさき、おばあちゃんも知らなかったんだよ?しらたまね、あの女の人から気持ち悪い「気」がするーって昨日教えてあげたの。そうしたら、おばあちゃんが術を使ってね、ぱーって、ぱーって気持ち悪いのを消しちゃったの。すごいでしょー。』

真樹は、顔をしかめた。何を言ってるのか分からない。アガーテは、苦笑しながら頷いて、白玉の頭を撫でてから、言った。

「白玉は間違っておらぬ。昨夜、我が遅うまで白玉と話しておったのを知っておるだろうが。白玉には、生まれながらに持っている穢れを気取る能力がある。我ですら、隠されて長年分からなんだ事であったが、昨夜白玉が気取っておることを我に教えてくれたのじゃ。ゆえ、ソッと浄化の術の中でも、結界を破るものを放ってみた。アライダからは、偽りしか気取れなくなっていた…あやつは、パルテノンに居た頃からの、アレクサンドルの…いや、奴は知らぬかもしれぬな。アドリアーナの、間者だったのじゃ。」

皆、黙った。すぐには理解出来なかったのだ。

海斗は、顔をしかめながら考えて言った。

「待て間者って事は…スパイ?スパイか?!」

途端に皆の顔色が変わった。翔太が、割り込んだ。

「スパイなのは分かったが、アドリアーナとは誰だ?」

海斗は翔太にまくし立てるように言った。

「アドリアーナはアレクサンドルの妃だ!王妃だぞ!そいつにオレ達の事が知られちまうってことだ!」

皆の顔が一気に緊張した面持ちになる。しかしアガーテは首を振った。

「すぐには無理であろうな。そも、我ら長く潜んでおられたのはなにゆえか?アレクサンドルが知っておって15年も放置していたとは考えられぬ。」

翔太は、腕を組んで言った。

「そりゃラファエルの結界の中だったからじゃねぇのか?あいつは気配ってのを完全に消してたんだろうが。」

アガーテは、それには頷いた。

「確かにそれもあるであろうな。だが、あやつは我と共にあの場所を逃れて参ったが、途方に暮れておるようだった。なので我も、全く気取れなかった。もう二人してあの場で朽ちて参るのかと思うておったぐらいよ。あやつがアドリアーナと連絡手段を持っておったなら、もはやラファエル様の結界も無いのだから我を置いてさっさと逃れておるか、それとも兵士達に居場所を知らせたら良かったのだ。だが、心細げにおろおろしておるだけであった。」

翔太は、はあと息をついた。

「じゃあ、アガーテはなぜあいつが連絡を取らなかったんだと思ってる?」

アガーテは、常に手に持ったままの杖を握り直してから、言った。

「我の推測でしかないが…恐らく、あやつに張ってあった結界のせいであろうの。」翔太が怪訝な顔をしているのを見て、アガーテは続けた。「ラファエル様の結界と二重になっておったからではないかの。ゆえ念があちらまで届かぬのだろう。我も気付かなかった。浅はかであったわ…あれが、アドリアーナの付き人であったのは知っておったのに。ラファエル様もあれの邪心を気取ることがお出来になっておらなんだ。我も、あれから叛意など感じなんだし、だからこそ共にパルテノンから逃れたのであるからな。であるのにあれは、アドリアーナの術で心の中を見通す事が出来ぬように結界を張られておったのだ。恐らくはアドリアーナが、こちらの様子を知るために紛れ込ませたのであろうが、あれが想像した以上にラファエル様の結界は強かったのだと思われる。逃れたのが地下神殿であったのも誤算であったろうの。地下では念を飛ばそうにもうまく行かぬことが多い…水は染み渡る。岩の中には、僅かながらシーラーンの地下水が混じっておるゆえ、それもあって外へ中の物が漏れにくいのだ。」

亮介が、急に悟ったように愕然と立ち尽くした。

「そうか…だから、地下では上手く行かない術もあったんだな。気付かなかった。」

翔太も、ふと気になって腕輪を見た。もしかして、腕輪の通信機能も…?

「…腕輪が地下で圏外になるのもそのせいなのか。オレ達が、地下に居るとこれの通信機能が使えないのも。」

アガーテは、それには顔をしかめた。

「通信機能とやらはわからぬが、いろいろなものを妨害するのがあの水よ。昔はこれほどではなかったと聞いておるのに…いったい、シーラーンでは何が起こっておって、水があのようなことになるのか我にも分からぬ。」

海斗が、イライラしながら言った。

「だからなんだ。そんなことより、その女がバレたって分かってオレ達から逃げて地上へ向かったってことだろうが。オレ達が禁足地へ向かうってことも、あの女は知ってるぞ。どうするつもりだ、軍が来るぞ!」

翔太は、ハッとして急いでアガーテを背負おうと背負子に手を掛けた。

「そうだ。すぐに地上へ出るのは難しいかもしれんが、数時間後には戻るんじゃねぇのか。そうしたら、軍と合流してこっちのことを知らされちまう。急ごう。それまでに地下水脈を越えておかないと。」

カーティスとクリフが、急いで翔太を手伝って背負子がうまく背に収まるようにサポートする。真樹が、白玉を抱きながらその様子を見ておろおろして言った。

「え、え、でも、この洞窟迷うよね?亮介だって腕輪で方向見て進んでるよね?アライダは腕輪だって持ってないのに、一人で戻るなんて無理じゃないの?」

翔太が無事に背負子を背負うと、こちらに背を向けているのでアガーテは真樹の真ん前に来る。そのアガーテが、言った。

「何を言うておる。アライダも曲がりなりにも巫女長を務めた女。それなりの術も使えるし完璧であったわ。そこのリョウスケが放った印の術が残っておるのは、連れて来られる間見ておって知っておる。それを現わす呪文も、もちろんあやつはわきまえておる。それを辿って戻っておると思う。我ならそうするであろうからな。」

どうもアガーテは真樹にきつい物言いをするようだ。真樹が黙ったので、翔太はその空気を気取って再び歩き出しながら割り込んだ。

「で、そのアドリアーナのことを知ってるような口振りじゃねぇか、アガーテ。術を使うってことは、そいつも巫女か?」

アガーテは少し黙ったが、しばらくして返ってきた声は苦々しい、色を含んでいた。

「…アドリアーナとは、若い頃から共に修行しかた仲よ。だがあやつは、神など信じておらなんだ。我がラファエル様をお連れして皆の前に出た時も、あれだけは何としても信じなんだ。我があれをもしのぐ力を手にしたのを見て、パルテノンを去った。しばらくしてあれが、うまくアレクサンドルに取り入って王妃になったことを知った。すぐに王子を産んだが、亡くしたのだと聞いておる。」

それには、亮介が口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ、じゃあアドリアーナはアガーテと歳が近いのか?」

アガーテは、顔をしかめながらも頷いた。

「そうよ。アドリアーナは我と同い年。あやつがアレクサンドルに嫁いだ時にはあれは60歳を越えておったわ。」

全員が、絶句した。ということは、アガーテがこの見た目なのだからいくら若作りしてもこれぐらいということになる。

そしてアドリアーナは、60歳で嫁いで出産しているというのだ。

「そ、それは…どう解釈したらいいんだ?」

亮介が戸惑いながら困惑した視線で振り返って来た。翔太も同感だったが、アガーテは答えた。

「そんなもの。力を全て使えば古来の術で体くらいどうにでもなるわ。我とて出来る。だが、その間他の術が使えぬようになるのだ。我は姿などどうでも良いしそんな無駄な事はせぬがな。」

古来の術はそんなことまで出来るのか。

翔太は呆然とそれを聞いていた。しかし真樹が、意地悪げに言った。

「じゃあ今は誰も追ってきてないんだし、その術で若くなればいいじゃないか。翔太に背負わせてるけどさあ。戦う時だけ戻ればいいんだよ。その方が楽じゃないか。」

翔太は気持ちは分かるがトゲのある言い方に咎めようか迷っていると、意外にもアガーテはぽんと手を打った。

「そう言われてみればそうよな。人の世話になるのはどうも性に合わぬと思うておったが、確かにそうすれば我は己の面倒を己で見られる。」

真樹は驚いた顔をしたが、アガーテはお構い無しに翔太を振り返った。

「これショウタ、少し下ろさぬか。」

翔太は、訝しげにアガーテを振り返った。

「…やめといた方がいいんじゃねぇか?オレは別にアガーテ一人ぐらいなんでもねぇしよ。」

しかしアガーテは、意思の強そうな緑色の瞳でじっと翔太を見て、首を振った。

「我が決めたのじゃ。古来の術は、命の気を使うものと使わぬものがある。これは使わぬもの。案ずるでない、主らから命の気を吸い上げたりせぬから。ただ、我に集中力と意思の力が必要なだけよ。」

そんな風に思ってもみなかったが、言われてみると若くなるとなればそれ相応の命の気が必要で、回りも煽りを食うように思うかもしれない。

どちらにしろ言い出したら聞かない様子なので、翔太は仕方なくアガーテをそこに下ろした。

アガーテは満足げにそこに座ると、杖を前に出した。

「見ておるが良い。」

アガーテは、見る間に光に包まれた。

皆固唾を飲んでそれを見守った。

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