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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
使命を探して
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地下水脈の魔物2

最早回りの様子など気遣う余裕もなく、四人は無言で板を漕ぎ続けていた。

前も後ろも何も見えず、見えるのは通り過ぎるその場所の一瞬だったが、さっきから何やら背後から圧力のようなものを感じて、落ち着いていられなかったのだ。

その圧力は、全員が感じているものだったが、誰もそのことに関して何も言わなかった。そんな余裕がなかったのもだが、それの意味を誰かが答えたなら、正気でいられないかもしれないと思ったからだ。

だが、慎一郎は隣りで青い顔をして剣で漕ぎ続けるショーンを見て、ショーンが何を気取っているのか分かっていた。だが、その答えを無理やり考えないようにして、ひたすらに先へ進むことを考えた。

しかしどこまで行っても水路は真っ暗だ。暗さがこれほど絶望的な気持ちを増幅させるとは…!

ただ無言で水音しかしないその中で、突然に後ろから、明るい光がヘッドライトのように前へ向かって照射された。

それと共にザアアアッと何かが持ち上がったような音がする。

もう何を考える暇もなく、反射的に四人はそちらを振り返った。

その光景に、四人は絶句した。

そこには、車のヘッドライトのように目から光を放つ何かが、黒々とした頭を上げてこちらを見ているのがハッキリとわかったからだ。

少し開いた口はクジラのそれと見まごうばかりに大きく、全開にしたなら四人など一口だろう。

「わああああ!」

最後尾で足をばたつかせていた玲が、真っ先に我に返って板が沈むのも構わず乗り上げて来る。

「ちょ…っ!待て玲!」

慎一郎は叫んだがパニック状態の玲は必死によじ登って来た。

板はその重さに耐えられず、その荒々しさにバランスを崩して縦になりあっさりと沈み込む。

一瞬にして水の中に放り出された玲と慎一郎を追うように、ショーンと聡香の乗る板も、繋がっていたロープに引かれてずるりとバランスを崩して水へと沈み、二人も水に投げ出された。

「お嬢ちゃん!」

ショーンは叫ぶ。

聡香はもがくように水面で手を上げて流されながら悲鳴を上げた。

「ああああ!慎一郎様…!」

「聡香!」

慎一郎も叫ぶ。

だが、流されながら後ろの聡香の方へ向かうにも全く自由にならなかった。

「ギュオオオオオッ!」

魔物が鳴き声を上げて口を開く。

水は大きく開いた口に流れ込み、その流れに飲まれた聡香は魔物の口の方へと吸い込まれて行くのが、まるでスローモーションのように見えた。

「聡香ー!!」

慎一郎が、そちらへ手を伸ばしながら絶叫した。

獲物を捕らえたからか、魔物は泳ぐのを止め、慎一郎、ショーン、玲はそのまま聡香の運命を見定める時もなく流されてそこから離れて行く。

「聡香ー!!」

慎一郎の絶叫だけがこだまして、三人はただ流されて行った。



美夕は、バルナバスと共に真っ暗な道を、術で照らしながら進んでいた。

レナートと共に歩いた時には知らなかった術を、アガーテから習って知っていて、魔法で点々と印をつけて洞窟を歩くので、本当に楽だ。魔法で額を光らせるのも、効率的で両手が開くので重宝だった。

バルナバスの方は、手を光らせて天井付近を照らしながら、目ぼしい穴は無いかと目を凝らしていた。

地上は、もう夜になっているだろう。

そうすると、上から灯りが漏れて来る事も無いので、しっかり見ておかないと地上への道を見逃してしまう可能性があるのだ。

そうやって黙々と歩いて三時間ほど、バルナバスが美夕に声を掛けた。

「ミユ、そろそろ少し休もう。仮眠をとって置いた方がいい。」

美夕は、驚いてバルナバスを見た。

「え?でも、一刻も早く道を見つけたいのではないの?」

バルナバスは、首を振った。

「早いに越したことは無いが、それでも体を壊してはどうにもならない。ここで食事をとって、少し眠っておこう。夜明けが近くなった方が地上への道を見逃すこともないし、効率的だろう。オレもそろそろ休みたい。」

意外にもこちらを気遣うような感じだ。何しろバルナバスはとても体力があるようでまだまだ疲れているような様子はないし、疲れて来て歩くスピードが落ちているのは美夕の方だったからだ。

「…あなたがそう言うなら。」

美夕は言って、大きく開けた洞窟の中、手近な岩へと腰掛けた。それを見たバルナバスは、カバンから小さな何かをコロコロと出して、大きくした。

それは、パンや干し肉、水の入ったボトルだった。

それらを美夕へと差し出したバルナバスは、自分もパンを手に取り、口へと運んだ。

「・・・・。」

美夕は、特に話すこともなく黙って干し肉を齧った。バルナバスとは、神殿に居た時もあまり話していなかった。いつも厳格そうな顔をして、他の修道士に指示を出している様を見ているだけだったからだ。

何しろ、風貌は美夕の父親の年齢ぐらいに見えていた。職場の上司が頭を過ぎって、二人でこうして向かい合うとどうしても緊張してしまった。

そんな空気を察したのか、バルナバスが口を開いた。

「…こんな小娘が命の刻印をと、初めは信じられなかったのだが、主がラファエル様に真っ直ぐに意見を申し上げている姿を見て、少し信じる心地になった。此度のこと、私ではラファエル様に逆らうことは出来なかっただろう。間違える事のないかたではあるが、しかし知らない事であるなら判断を誤ることもある。それを私にもラファエル様にも気付かせてくれたこと、礼を言いたいと思っていたのだ。」

美夕は、驚いてまじまじとバルナバスを見つめた。そんな風に思っていたのか。

美夕は、黙っているのもおかしいと急いでしどろもどろに答えた。

「いえ、そんな…私はただ、自分の意見を言っただけだから…。」

バルナバスは、フッと微笑んだ。

「それもなかなかに皆、言い出せぬのよ。私には出来なかった。」

美夕は、ぎこちなく笑い返した。

本当に、あの神殿に住んでいた者達は、皆素直で自分のことを省みて、間違っていたらすぐに修正し、変な意地を張ったりしない。謝罪も感謝も素直に口にする。外で戦士をしていたと言っていた、バルナバスですらこうなのだ。美夕は、人間としての違いを見せつけられているような気がして、なんだか落ち着かなかった。

そうしてこれからのことなどを話したりしているうちに、美夕はバルナバスにも慣れて来て緊張感も無くなって来て、そうしていつしか、そこで寝入ってしまったのだった。


どれぐらい寝ていたのだろう。

「ミユ。」

美夕は、何かに肩を掴まれて揺すられ、ハッと目を覚ました。

「あ、バルナバス…、」

目の前には、真っ暗だが辛うじて薄っすらと見えるバルナバスの顔があって、美夕が口を開いた。が、バルナバスはサッと自分の口に指をあてて鋭く言った。

「シッ!」美夕が固まると、バルナバスは小声で続けた。「恐らく、この空間の右上辺りに上へ抜ける亀裂か穴があるのだろう。だが、そこから甲冑の音がする。」

「!!」

美夕は、息を飲んだ。

恐る恐る言われた方向を見ると、そこから僅かに光が切れ込むように漏れていて、真っ暗の中でもバルナバスの顔が見えたのは、その微かな光を美夕が気取っていたからだったと気が付いた。

バルナバスが、囁くような声で言った。

「人の話し声が遠くに聞こえるような気がして、目が覚めたんだ。耳を澄ませていたら、甲冑の擦れる音も聞こえた…もしかしたら、軍が地上を逃げたことを考えて、この辺りまで探しに来ているのかもしれない。だとしたら、今地上に上がるのはまずい。」

美夕は、黙って息を詰めて頷いた。こんな地底で、少しぐらい普通に呼吸したからと上まで聴こえるとは思えなかったが、それでもこの上に軍が居るのだと思うと、とても平静ではいられない。しかしバルナバスは、落ち着いて続けた。

「兵士達は皆術者だ。こちらで術を放てばそれに気付くだろう。暗いがこのまま、来た道を戻る。」

美夕は、小さな声で答えた。

「でも、印を光らせるには術を放たなければならないわ。戻る道を間違えたら、ラファエル様達とはぐれてしまう。」

バルナバスは、頷いた。

「わかっている。少しなら道を覚えているし、とにかく分かっている所まで戻ろう。そこから大きな範囲で魔法を放つのではなく、小さく前だけに放ちながらなら上まで気取られることは無い。さあ、行こう。」

美夕はそっと頷いて、そろりそろりと足を進めた。足元の岩を蹴散らしたりしないよう、いつものような失敗はしないようにと、慎重にバルナバスに従ってそこを離れる。

そうしている間に、地上の気配は気取れなくなって来て、真っ暗な中、今度は考え無しな行動でバルナバスに迷惑を掛けることは無く、静かにそこを離れることが出来たのだった。

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