地下水脈の魔物
ショーンと玲と慎一郎は、なんとか狭い場所で二枚の板をロープで縛って繋いだ。
1メートルほど間隔を開けて繋いだので、一度に二枚とも沈む事はないだろうと思われた。
ただ繋がっているので急いで立て直さなければ、結局は両方とも沈むことになる。とにかくはこれで、掴まる物は出来たので、これまでほど力は使わずに済むだろう。
ショーンは、息をついた。
「よし。心もとないが何も無いよりマシだろう。じゃあ、飯でも食って出発するか。」
慎一郎は、顔をしかめながら言った。
「こんな板に命を預けることになるとはな。」
玲が、ゴソゴソとまたカバンをあさりながら言った。
「贅沢言ってられないだろうが。無いよりマシだ。早いとここんな場所から離れて、地に足をつけたいよ。ほら」と、玲はパンを慎一郎に放った。「食って体力戻してまた激流だ。」
慎一郎はそれを受け取って、渋々口へと運ぶ。疲れ切ってとても食欲などなかったからだ。ショーンも聡香も玲から同じようにパンを受けとると、食べ始めた。ショーンは言う。
「もう地上は夜だ。ここに魔物が居たとして夜行性でないことを祈るしかねぇ。まあこれだけ命の気が少なかったら魔物なんか住んでないと思うが。」
慎一郎は、パンを無理に飲み込みながら言った。
「だが居たとしたら飢えてるということだから、面倒なことになるだろうが。安心するのはまだ早い。」
ショーンも、それはそうだと思ったのか、顔をしかめて息をついた。
「せっかくオレが言わずにいたのによ。お前、さっきから後ろ向き過ぎるぞ、シンイチロウ。もっと前向きに考えろ。お前だけの事じゃないんだぞ、ここに居る他の三人の命だって懸かってるんでぇ。もっと自信を持て。」
慎一郎は、キッとショーンを見た。
「オレも自分には誇りを持っていたさ。だが、実際は玲や翔太、ショーンに迷惑を掛けてばかりだ。それなりに鍛えていたつもりだったが、お前達に比べたらまだまだだった。こんなオレが、いったいどうやったら自信が持てるって言うんだ!」
玲とショーンは、それで気付いた。慎一郎は、ここへ流れ着く前のことを引きずっているのだ。玲や翔太は、あの流れの中でそれなりのことをやってのけた。慎一郎は、助けられる側だった。今まで助けて来た慎一郎にとって、何も出来ない自分が歯がゆくて、口惜しかっただろう。二度目に流された後も、結局は気を失ってショーンに助けられた…慎一郎のプライドは、ズタズタだったのだ。
玲が、なだめるように言った。
「だからオレは消防士だと言ったろう。普段から訓練で培われた感と技術があるんだ。翔太だってあの体だし若い。ショーンはこっちの世界で生身で修羅場をくぐって来てるんだと思う。お前は普通に生活してたんだとしたら体だって出来てるし力も強い方だ。比べる対象を間違ってるんだよ。」
慎一郎は、黙り込んだ。ショーンは、パンを口に一気に突っ込んで思い切り噛むと、水を流し込んで無理やりに飲み込んだ。聡香がびっくりしてショーンを見ている。ショーンは、気にせず立ち上がった。
「早く食っちまえ。変に時間があるからそんな変なプライドなんかに振り回されるんだよ。水に飛び込んで流されてたら必死でそんなこと考えてられねぇ。さ、行くぞ!早く食え!」
ショーンがせっつくので他の三人も必死に口へパンを突っ込むと、水で流し込む。聡香はさすがにそんなに急いでものを食べたことがなかったので、目を白黒させていた。
改めてその地下の川に目を向けると、とにかく流れが速い。
幅はそれほどでもなく、向こう側まで今居る場所なら30メートルほどだったが、水量が半端なく、その分流れが速くなっているようだった。さっきそこを半死半生で流されて来た記憶も新しいので、さすがのショーンも唾を飲み込んで一瞬ためらったが、食事を強制的に終わらせられた三人に見つめられると、キッと顔を上げた。
「さあ、行こう。オレがお嬢ちゃんの面倒を見る。レイとシンイチロウはそっちの板に。」
玲は、頷いて慎一郎を見た。
「さ、慎一郎。ずっとここに居るわけにはいかないんだ。誰も助けには来ないし、自分で何とかここから離れるしかない。行こう。」
慎一郎は、黙って頷いて、その淵へと腰かけ、足を流れに漬けた。聡香も、ショーンに促されるままに同じように淵に腰掛ける。そうして、玲とショーンが後ろに横向きに立てかけてあった板を二人の膝へと乗せると、自分達も淵へと腰かけた。
「よし、行け!」
四人は、一斉に板と共に水の流れへと飛び込んだ。
始めは流れに煽られて右往左往した板に翻弄されたが、何とか前後に分かれて掴まると、板は安定して流れに乗る。
ショーンがホッとして聡香を見ると、いくらか緊張気味な顔はしているものの、しっかりと板に巻き付けた縄を握りしめて上腕を板に乗せ、安定した形に落ち着いているようだ。
残りの二人を見ると、玲が後ろ、慎一郎が前に分かれて無事に板に掴まっていた。
ショーンは、水音に負けないように声を上げた。
「レイ!かぎ爪着きの縄はいつでも投げられるようにしておけよ!」
玲は、何度も頷いて肩にかけている縄を示す。ショーンは頷き返した。
それにしても、地底は想像以上に真っ暗だ。ショーンは、精一杯の力で髪を光らせて回りを照らすが、それでもこの水に中に沈んでいる髪は全く光らず、辛うじて頭頂部だけが薄ぼんやりと光るような状態だった。
それでも、ショーンだったからこそ出来たことで、ここへ他の誰かが迷い込んだのだとしたら、恐らく何も見えなかっただろう。
「くそ…!あっちから懐中電灯持って来ていたら良かった!」
玲と慎一郎が、驚いたような顔をした。
「なんだって、懐中電灯があるのか?!」
ショーンは、頷いて叫びかえした。
「あるんでぇ、あっちは魔法に頼ってるのが半分、頼らずテクノロジーとかで何とかしてるのが半分で、頭に着ける形の懐中電灯をオレ、持ってんだよ!なのに急にこの旅に出ちまったから持って来てなかったんだよ!ここから出られたら、絶対取りに帰る!」
それが出来たとしても、はっきり言ってもう二度とこんな場所には来ないつもりでいるので、それが無駄なのは分かっていたが、そう言わずにはいられなかったのだ。玲は、水の流れに身を任せながら、頷いた。
「そうしてくれ!」
どんどんと流されて行くが、それでも横穴らしくものは全く見えなかった。段々にショーンの頭の光も小さくなって行くようにも見える。慎一郎が、言った。
「ショーン、お前地から命の気を吸い上げるって言ってたが、もしかしてここじゃ無理なんじゃないのか。」
玲がそれに気付いて、ハッとショーンを見る。ショーンは、首を振った。
「僅かだか水の底の地から何とか吸い上げてるが、水に妨害されるからいつもの勢いじゃダメなんでぇ。水に溶け込むような気がする…水自身も、もしかしたら命の気に飢えてるのかもな。」
「…海までこのままなのかしら…。」
聡香が、ぼそりと呟く。その声は、ショーンには届いたようだ。
「それならそれでいい。海なら魔法が使えるだろう。そうしたら、オレがさっさとみんなを持ち上げて陸へ上げるさ。とにかくはこの面倒な水から離れたいんでぇ。」
聡香は頷くが、力がない。掴まっているだけでも、聡香にはつらいのかもしれない。それでも、今はショーンにも他の二人にもどうしようもなかった。
その時、何かの叫び声のようなものが、遠く今流されて来た方向から聞こえたような気がした。
「…今、何か聴こえたか。」
玲が、自分の気のせいであって欲しいというような口調で、恐る恐る言った。だが、慎一郎もショーンも、同時に頷いた。
「残念ながら聴こえたな。まさか…ここに住む、魔物か?」
ショーンが言う。慎一郎は、後ろを振り返った。だが、何しろ何の光源もないのだ。あるのはショーンの頭の僅かな光だけ、遥か向こうまでは全く見通せなかった。
「何も見えない。静かに近寄られたら見えた時には食われる瞬間何てことになるかもしれんぞ。どうする?」
ショーンは、先を見た。先も真っ暗で、どれぐらい行けば海なのかも分からない。だが、こうなったら一刻も早く海へ出るしか方法はないように思えた。
「乗れ!」ショーンは、聡香を引っ張って板の上へと押し上げると、自分も前に跨った。「漕ぐんだ、一刻も早く海へ出るしか方法はない!魔法が使えねぇんだぞ!」
慎一郎も玲も、慌てて板へと跨った。だが、そうすると男二人では重いのか板は沈もうとする。仕方なく後ろの玲は、板の後ろに掴まって足を動かした。
「オレは押す!行け!」
慎一郎は、頷いて大きくした剣を鞘ごとオール替わりに漕ぎ始めた。
四人は、必死に追って来るかもしれない何かから逃れようと海を目指して進み始めた。
流れの強さが、今は逆にありがたかった。




