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宿

新しい甲冑は、今までにないほどフィットして動きやすかった。

店主がこちらの事情を酌んでくれて、あのピンクの甲冑を500ゴールドで下取りしてくれたので、結局支払ったのは2500ゴールドだったが、今の美夕には大金だった。

それでも、これからこれがきっと自分を守ってくれるはずだと、美夕は信じていた。

翔太は、呆れながら歩いて言った。

「何が起こるか分からないのに、高い買い物しやがって。ディアムならどれでも同じ防御力なのによ。見た目じゃねぇぞ?命が懸かってる。せいぜい稼げよ。」

慎一郎も、それを聞いて苦笑していた。マーリンの時なら結構なショックだったかもしれないが、今はそうでもない。美夕は、胸を張った。

「頑張って稼ぐわ!言われるまでもなく。」

翔太は、ふんと鼻で笑った。

「頑張れよ。ここの魔物はお前一人じゃ倒せねぇだろうがな。」

美夕は、ハッとした。そうだ、魔物のレベルは…。

玲が、歩きながら言った。

「魔物のレベルは腕輪で確認できるんだ。今までみたいに、視界に勝手に出て来ないからいちいち確認しなきゃならないが、それでも強さが確認できるのはラッキーだろう。」

慎一郎が、玲を見た。

「で、平均どれぐらいだった?」

玲は、顔をしかめた。

「オレ一人ではちょっとな。打撃だけじゃ難しい。魔法で弱いところを突けば恐らくいけるだろうが、65から70ぐらいが平均だったな。」

美夕と聡香が息を飲んだ。ギガントレベルじゃないの!

「その辺の、野生の魔物がそれ?!」

美夕が言うと、玲が頷いた。

「ああ。もちろん小物も居るぞ。40ぐらいの奴。強いのに見つからないようにそっとそんな奴らばかり倒したら、そこそこ金になる。オレはそれで小金を稼いだよ。」

それでも、一人じゃ無理だ。

美夕は、翔太を見た。翔太は、その視線を鬱陶しそうに受けて、ため息をついた。

「お前って絶対嫁にしたくないタイプだよな。いいさ、オレも行ってやる。オレだって稼いでおかないと、今の残高15000なんだ。」

結構持ってる。

美夕は驚いた。さっき、使ったから無いって言っていたのに。

「結構持ってるね。」

翔太は、美夕を睨んだ。

「絶対お前にゃやらねぇ。」

美夕は、首を振った。

「要らないわよ!欲しいなんて言ってないでしょう!」

翔太は、真面目な顔で息をついた。

「ま、何日こうしてなきゃならないか分からねぇんだからよ。これじゃ少ねぇ。生活ってのには、結構金が掛かるもんなんでぇ。」

玲が、笑った。

「お前ならすぐ稼ぐ。レベルが高い魔物ほど金額がデカいからな。オレは仲間が殺された魔物を倒した時、残高が一気に5000増えた。もしかして、グループで倒したら仲間で分割になるのかもしれないが。」

仲間が全滅したから、全額自分に入ったのかもしれない、とは玲は言わなかった。翔太は、渋い顔をした。

「うーんオレ、疲れたくないし、お前らも一緒に行ってくれるか?こいつと二人だったら、オレばっか戦って損だろうしさー。」

玲と慎一郎の視線が、美夕へと突き刺さる。稼ぐとか大きな口を叩いたが、結局は誰かと一緒でなければ稼げない現実に、美夕はしゅんとした。何も考えずに、いつもみたいに稼げると思って大金を使ってしまったことに、後悔したのだ。

聡香が、慌てて言った。

「あの、ならばみんなで。せっかく亮介さんも加わったことですし、早くご飯を食べて、行きましょう。」

真樹が、手を上げて明るく言った。

「はいはい!オレも行きたい!金は結構あるけど、こっちの魔物に慣れとかなきゃいけないし。」

聡香が、振り返って真樹に微笑みかけた。

「ええ。私も自分の装甲がどれぐらい通用するのか見てみたいし。ちょうどいいですわ。」

「聡香さん、真樹くん…。」

美夕は、二人の気遣いに感謝した。他の面々は、仕方なく頷いた。

「そうだな。慣れておく方がいいしな。じゃあ、宿へ入るか。」

玲が、目の前にある木造の建物へと向かって行く。一回は、酒場らしくカウンターと、他に丸テーブルがたくさん置いてあった。

「ここか?」

慎一郎が怪訝そうに言うと、玲は頷いた。

「安いし飯がうまい上に、これで良心的な宿なんだ。港の屋台でリンゴを買った時店主の男に聞いたんだよ。オレは昨日の晩飯はここで食った。」

先に立って入って行く玲について、皆はぞろぞろとついて入って行った。


中は、窓が無く暗いが所々にランプが置いてあって、雰囲気があった。西部劇などで出て来る酒場と言った感じで、美夕は珍しくてキョロキョロと回りを見回した。

昼間にも関わらず、カウンターでは男が三人ほどピールを飲んでいるのが見える。正面にある別のカウンターへと近づくと、バーテンをしていた太った男がこちらへと、タオルで手を拭いながら歩いて来た。

「お泊りで?」

相手は言う。玲は頷いた。

「ああ、7人だ。部屋はあるか?」

男は頷いて、鍵を出した。

「一部屋なら一人250、二部屋なら500だがどうしますかね。」

美夕は、ためらった。この人数で宿屋の一室に閉じ込められて寝泊まり。

「ええっと、二部屋…、」

言いかけた美夕を遮るようにして、翔太が言った。

「一部屋。朝飯はついてるのか?」

バーテンは、首を振った。

「素泊まりです。トイレは共同、風呂は広場を挟んだ向かいにある大衆浴場がサービスになります。食事はここで食べてくださったら10%引きでさあ。」

翔太は、頷いて鍵を受け取った。

「どこだ?」

男は、木製のぐるりと回る階段の先を指で示した。

「上がって奥の突き当り、ドアに花模様が書いてある部屋。」

翔太は頷くと、慎一郎と玲を急かした。

「さ、お前ら着替えねぇと!行くぞ!」

ためらう美夕と、特に気にする様子もない聡香と共に、亮介と真樹も階段を上がってついて行った。


部屋へ入ると、結構広い部屋だった。

正面に窓が大きくあり、両サイドの壁に4台ずつベッドが並んでいる。

ベッドとベッドの間は開いていたが、足元は結構近かったので、窓の方へと抜けるのは面倒そうだった。

それでも、一人一台のベッドのスペースがあるので、各々自分の思う場所へとカバンを放り出した。

聡香が、窓際のベッドへと進んだので、必然的に美夕はその隣りのベッドへと進んだ。玲が、入口横にあるカーテンを引いて、言った。

「着替える時はこれを引くから使ってくれ。」

そして、すーっと窓の方までカーテンを引いた。美夕の隣にベッドを陣取っていた真樹が、それを見上げて感心したように言った。

「へえーこうやって仕切るんだ。病院の大部屋みたいだね。」

聡香が、窓際から振り返って微笑んだ。

「そうね。私も個室が空いて無かった時に入院になってしまって、二日ほど大部屋で過ごしたことがあったけれど、こんな感じだったわ。でも、ここは病院より家庭的な感じ。」

何より、嬉しそうだった。美夕は、聡香を見た。

「聡香さんは、みんな一緒で嫌じゃないの?」

聡香は、すぐに首を振った。

「私はいつも一人だから。こうしてみんなで泊りがけで旅行なんて初めて。とても楽しいですわ。」

本当にうれしそうなので、真樹も微笑んで言った。

「いいね、聡香ちゃんは前向きで。そうだな、せっかくなんだから楽しまなきゃね。こんな体験なかなか出来ないし。」

微笑み合う二人が美し過ぎて、美夕は眩暈がしそうだった。美しい人達は、心まで美しいんだろうか。私は、平凡だし、我ながら考えが浅いし…。

美夕は、考えると落ち込みそうなのでそこで首を振った。翔太が一部屋と言い切らなければ、自分は二部屋とか言って、また皆の失笑をかうところだった。お金も無いのに、本当に何も考えてない…。

自己嫌悪に陥りそうになっていたところで、玲の声が言った。

「こっちは着替え終わった。カーテン開けるぞ、いいか?」

早っ!

美夕は思ったが、真樹が答えた。

「いいよ、開いて。」

カーテンを開くと、慎一郎と玲が着替えて、すっきりとそこに立っていた。慎一郎は、まだ腕の甲冑の紐を結んでいる最中だ。

「甲冑って面倒だな。ゲームみたいにパッと替えられたらいいんだけど。」

翔太が、苦笑した。

「これを着けてないと、何があるか分からないからな。面倒でも着けてかないと。」

聡香が寄って行って、その紐を手に取った。

「そうですわ、慎一郎様。結んで差し上げましょう。」

聡香は、手先が器用らしく、素早く紐を結んで留め具をパチンと止めた。慎一郎は、会釈した。

「すまないな。どうも細かい作業は苦手で。」

聡香は、フフと笑った。

「なら、私はこちらで役に立ちますわね。いつもは助けて頂いてばかりですもの。」

聡香は、本当に美しい。

女優さんみたいだ、と美夕は思って見ていたが、慎一郎は回りの見とれている男達とは違い、当事者なのにも関わらず、それほど表情も変えなかった。

「仲間なんだから、当然だろう。さ、飯を食いに行こう。」

聡香は、微笑んで頷いた。

「はい。」

離れて行く二人の後ろ姿を見て、亮介が複雑な顔をした。

「なんだ、あんなに綺麗な子に世話してもらって、なんで平気なんだろうな?ハゲのくせに。」

玲が、慌てて亮介を小突いた。

「こら、口が悪い。髪は関係ないだろうが。」

亮介は、首を振った。

「いやあ。関係あるね。中身が何であれ女ってのはハゲてるだのなんだのと自分の価値は棚に上げて除外して来るんもんなんだ。それを一番実感してるのは、慎一郎自身じゃないか?」

翔太が、腰に手を当てて憮然として言った。

「そんなことねぇ!この姿に戻った時も、慎一郎は自分から頭の甲冑を脱いで顔を見せたんだ。堂々としてたぞ。オレはあいつは、そんな事、気にしてねぇと思うね。」

亮介は、まだ顔をしかめていたが、自分の頭を触った。

「オレはまだ見た目にはそんなに分からないが、それでも薄くなって来たからなあ。気にしてる。オレは小っせえ男なのかもしれないなあ。」

そんなことを言いながら歩いて行く男達の後ろで、美夕は黙っていた。見た目…確かにマーリンが慎一郎になった途端、中身は何も変わっていないのに自分は聡香にやきもちを焼くこともなくなっている。

私って、もしかして小さい女なのかしら…?でも、見た目も大事だと思うんだもの。

美夕はそんなことを考えながら、薄オレンジの甲冑を光らせながら階段を降りて行ったのだった。

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