神殿へ2
翔太と海斗、そして亮介は他の6人をその大きな空洞に残して、方角を頼りに神殿へと向かっていた。
途中、ショーンが教えてくれた小さな術を岩に残すという技を使って、帰り道が分からないようにならないようにと気を遣いながら、三人は神殿へと向かって歩いていた。
道は段々と細く、だが上に向かっては大きく切れ込むような形の不規則な形へと変わって来ていて、この辺りは広い空洞が恐らく多いのだろうと思われた。
いよいよ細くなって来たので、上に向かって広くなっているその空洞を、登って上の道を行くことにして、翔太は先に岩場に足をかけて上へと上がった。
そこで、ふと、わあわあというような声が、本当に微かに聴こえたような気がした。
「どうした?」
下から、翔太が出した腕に掴まろうとしていた海斗がいう。翔太は、ハッとして声を潜めた。
「いや…ほんの微かになんだが、大勢が声を上げてるようなものが聴こえた気がしたんだ。ちょうど、オレ達が向かおうとしている方向だ。」
「なんだって?」
海斗は、翔太に引っ張り上げられながら上がった。亮介も、海斗と翔太に引っ張り上げられながら、上からその空間を見た。
そこからは、だだっ広い空間が広がっていた。亮介の灯りはそこまでは広がらないので遥か向こうまでは見えないが、結構遠くまで続いているようだった。
「気が進まないが、千里眼使ってみるか。遠過ぎたらなんにも見えないんだがな。」
亮介はそう言って、持っていた杖を上げた。
そうして、目を閉じて呪文を唱えると、魔法陣が亮介の足元に現れてスーッと頭の方へと伸びて消えた。そして、亮介はじっと目を閉じたまま、言った。
「…なんだ、なんか白い建物らしき物があるぞ?」
亮介が言うと、翔太は頷いた。
「それが神殿でぇ。そうか、もう千里眼で見える距離まで来たんだな。じゃああと少しだ。このまま真っ直ぐだな。」
しかし、亮介は眉を寄せている。
「…ちょっと待て、修道士ってのは甲冑を着てるのか?何やら軍隊みたいじゃないか。あっちこっち崩れてるし、土足であっちこっち、なんか落ち着きがないがな。」
それを聞いた翔太と海斗は、顔を見合わせた。そして、同時に亮介を見上げた。
「それは、軍だ!なんてこった、予測しておくべきだった…カルロ達は、神殿の位置も軍に流してたんでぇ!」
海斗は、何度も頷いた。
「場所を特定されたんだ!亮介、甲冑を着てない奴らはどこに居る?白っぽい奴らだ、髪も肌も服も!」
亮介は驚いて目を開いていたが、慌ててまた呪文を唱えると、千里眼の術を放った。
「…ええっと…いや、白い連中なんかいないぞ。みんな甲冑を着てて…何か、探してる…?」
「逃げたのか。」翔太は、目をうろうろと動かした。「だとしたら…オレ達と同じように地下を逃げてるだろう。地下じゃあ腕輪で美夕の位置は分からねぇ。なんてこった、あいつは今どこに居るんだ!」
亮介が、目を開いて翔太を見て、その肩に手を置いた。
「落ち着け、翔太。焦っても仕方がないだろうが。神殿に居た奴らってのは、みんな術者の集団なんだろう?だったら大丈夫だ。ラファエルってヤツだって力を持ってるんだって言ってたじゃないか。今はとにかく、オレ達は捕まるわけにはいかない。引き返そう。」
海斗も、頷いて翔太に言った。
「そうだ。たどり着く前に分かってラッキーだったじゃないか。戻って今後のことを話し合うんだ。ここに居ても、出来ることはない。」
翔太は、海斗と亮介に促されて、頷いて今上がって来た道へと飛び降りた。そこから亮介が、ショーンに教わった道しるべの印が見える術を放とうと構えていると、上からいきなり、女の声がした。
「もし。そこに居るのは、ショウタ殿?」
突然のことに、びっくりした三人が上を見上げると、女が一人、こちらを不安そうに見下ろしていた。翔太と海斗は、その顔に見覚えがあった。
「アライダッ?!」
翔太と海斗が同時に叫ぶ。びっくりして固まっていた亮介が、ホッと肩の力を抜いた。
「なんだ、知り合いか?幽霊かと思った。」
翔太は、こんな時に軽口を叩く亮介に答えずにアライダを見上げて言った。
「アライダ、無事だったのか!美夕は?!ラファエルはどうした、一緒に居るのか?」
よく見ると、服もすすけて汚れ、髪も乱れて顔も汚れて見る影もなくなっている。そのアライダは、首を振った。
「いいえ。我らは結界を保って軍が雪崩れ込んで来るのを防ぐお手伝いを。ラファエル様や美夕殿は他の若い巫女や修道士達と一緒に、先に北西の出入り口から地下を禁足地へ向けて逃れて行かれました。残った我らは必死に術を放っておりましたが…体に命の気が無くなった者から順に、倒れて行きました。そして、最後に残ったのは比較的力があった私と、アガーテ様。私はアガーテ様をお連れして何とか横穴から気取られずにこちらへ参ったのですが…アガーテ様はおみ足が動かぬようになられて、あちらの隅で二人で潜んでおりました。そうしたら、何やら術の気配がして…もしやと、私が見に参りましたの。」
「アガーテが居るのか!どこだ?」
翔太は、身を乗り出してまた岩の淵に手を掛けると、懸垂してひょいとアライダの居る場所へと登った。
アライダは、ホッとしたように翔太を見上げた。
「ああショウタ様、本当にようございました、どうなることかと…このままでは、食べ物も飲み物も無く、ただでさえお疲れのアガーテ様がどうなってしまわれるかと気が気でなくて…。」
翔太は、頷いて下に居る海斗と亮介を振り返った。
「待っててくれ。アガーテを連れて来る。」
二人は頷いて、翔太を見送った。
翔太は、アライダが手を翳して光らせる中、それについて足場の悪い岩場を歩いて行った。
すると、翔太達が辿り着いた場所から少し脇へと入った所にある横穴に、アガーテは座り込んでいた。
手には杖を握りしめたまま、じっと頭を垂れている。
まるで枯れ木のような様子に、翔太はもうアガーテが死んでいるのではないのかと焦って近付いた。
「アガーテ!大丈夫か、しっかりしろ!」
アガーテは、その声を聴いて薄っすらと目を開いた。
「…ショウタか。そのように大きな声を出すでない、気取られたらどうするのだ。あちらも千里眼を使う者がおるやもしれぬぞ。主らの方にも結構な術者が居るようであるが。」
翔太は、驚いて後ろから覗き込んでいるアライダを振り返った。アライダは、頷いた。
「アガーテ様が、気取られたのですわ。近くで、千里眼を使っている者が居る、と。これは、異世界の波動だと。なのでもしやショウタ殿達が戻って来られたのではと、私がアガーテ様がおっしゃった術の方向へと様子を見に参ったのです。」
翔太は、アガーテなら分かるだろうとその手を握った。
「さあ!オレの背中に乗れ、アガーテ。オレ達も棲み家を追われて地下をこの近くまで来たが、もしかしてと先に様子を見に来たんだ。一刻も早く離れなきゃならねぇ。仲間と合流してから、話を聞かせてもらうぞ。」
アガーテは、億劫そうに息をつくと、翔太の背中へと、アライダに手伝われながら乗った。翔太は、その軽さに驚いた。
「…なんでぇ、羽みたいじゃねぇか。とにかく、行くぞ。」
アライダは頷き、そうして翔太はまるで背負っているようには思えないほど軽いアガーテを背負ったままで、元来た道を、海斗と亮介、そしてアライダと共に戻り始めたのだった。




