離れ離れ
「やべぇ!」
ショーンが叫ぶ。
だが、そこに居る誰もどうにも出来なかった。
さっきショーンが言った通り、兵士達は続々と流されて来ては岩などにぶつかっては弾かれを繰り返し、もはや生きてはいないだろうと思われた。慎一郎は何とか流れて来るそういった兵士達を避けようと体をひねっていたが、あまり激しく動くと玲の腕に負担をかけることになるので、その加減に四苦八苦している…が、一体が、避け切れずに慎一郎の足にぶつかった。
「ぐ!」
玲は叫んだかと思うと、その衝撃で落下した。そして団子になって激流を流されて行く中、ショーンに掴まれている聡香にぶつかった。
「う…!」
翔太が、声を上げる。重みが一気に片腕に掛かって抜けそうだ。聡香には、玲が掴まっていた。
「無理だ、ショウタ手を離せ!いくらなんでもこの数を腕一本じゃ無理でぇ!」
ショーンが叫ぶ。しかし、翔太は意地でも離さないと首を振った。
「離せねぇ!地下水脈とやらに流されちまう!」
翔太が叫ぶ。
「ショウタ…。」
ショーンは、聡香を振り返った。聡香は、不安そうな顔をしていたが、思い切ったように、頷いた。
ショーンは、その顔に頷き返した。
「しっかり掴まってな、お嬢ちゃん。」
「え?」
翔太がショーンを見ると、ショーンは、パッと翔太の手を振り払った。
「…安心しろ!オレが付いてる!」
ショーンは、聡香と一緒に水面へと落ちて行った。
既に水に浸かっている状態だった玲と慎一郎も、兵士達の遺体と共に水面に顔を出したまま、どんどんと流されて行った。
「ショーン!聡香、玲、慎一郎!」
翔太は、解放された腕を握りしめて叫んだ。見ると、ショーンが聡香を自分の首に掴まらせた状態で、こちらに向かって手を上げるのが見えた。
「絶対合流出来る!心配すんな!なんとかする!」
そう叫んだ後、ショーン達四人の姿は見えなくなった。
「ショーン!聡香!玲!慎一郎ー!」
翔太は、絶叫した。
だが、もう誰も答えることは無かった。
背後で、震えながら白玉を抱きしめた真樹が、呆然と水の流れを見送っている翔太に恐る恐る声を掛けた。
「…翔太…。」
翔太は、それを聞いて自分の肩を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。そうして、険しい顔のまま、ただ絶望的に翔太を見ている残りの8人を振り返った。
「…行こう。オレ達は目的地へ向かうしかない。ショーンは、合流出来ると言った。オレも、そう思う。ショーンと玲と慎一郎が居るんだ。あいつらなら、必ず生き残って追って来る。」
海斗は、後ろから進み出て、頷いた。
「そう願おう。進むしかないんだ…あいつらを追っていくことは出来ないんだから。」
しかし、カーティスが後ろから控えめに言う
「だが海斗、流されて行った兵士が叫んでただろう。ここは、地下水脈へ続いているんだ。そうだとしたら、地下水脈の魔物に…。」
後ろから、クリフがその肩を掴んだ。
「カーティス。」
カーティスは、黙る。真樹が、まだ震えながら言った。
「地下水脈の魔物って…?何か居るの?」
クリフがチッと舌打ちをしたが、海斗は息をついて、頷いた。
「ああ。オレ達だって見た事はないが、それでも有名な話だ。地下水脈には、命の気が極端に少ないのだそうだ。シーラーンを通って来た命の気が少なく、変な気の混じった水が流れ込んでいるから。だが、ずっとそうだったわけではないようで、それなりに魔物も生息していたらしいが…その魔物のほとんどは、今の環境になって滅んだ。残ったのは、他の生き物から命の気を摂取して生きる、強い魔物で、クジラのような大きな体を持つのだと聞く。その魔物は、命の気を未だに生物を食べることで摂取しているらしくて、地下水脈に紛れ込んで生きて帰って来た人は居ないのだと。つまりは、全て食われてしまうんだろうということだ。」
真樹は、更に怯えて身を縮めた。胸に突っ込まれている白玉は、そんな真樹を心配そうに見上げている。しかしそれを聞いた翔太は、足を洞窟の奥へと向けた。
「…そうだとしても、今のオレ達に何が出来るってんでぇ。進むしかねぇんだ。行くぞ。」
翔太は、ずんずんと歩いて行く。
明るく照らしてくれていたショーンが去って真っ暗になる中、亮介とブレンダが灯すその小さな光の中を、翔太を含めた9人はラファエルの神殿へと方位を確かめて向かって行ったのだった。
その頃、美夕達は何度目かの休憩を取っていた。
この辺りは、進むに連れて湿気が増えて来て、岩肌からぽたぽたと時に水滴も落ちて来る。
辺りはチョロチョロと静かに流れる水の筋が這っているのも見えた。
この道を行くのは初めてであるらしいラファエルだったが、美夕が示す方位を時に確認しては、落ち着いて皆を誘導していた。
ラファエルがその様子なのでそこに居る誰一人として不安を感じていないようで、美夕はその堂々とした様に感心していた。いくら同じ命だと言われても、とても信じられるものではない。ラファエルは、生まれついてのカリスマ性のようなものがある。自分には、それが全くない。
もはや分かりきっていた事だったので、美夕はもう落ち込んでいなかった。それよりも、今自分が出来ることをしようと、さっき大量に着信していたいろいろな通知を、この隙にと確認していた。
翔太達からのメールは無かったが、伝言板などにはいろいろなことが書き込まれていた。最初の頃、メジャルに着いた船から降りた者達に流した情報への返事が来ていて、その頃河を船でシーラーンへと誘導されていたようだったが、森へと足を踏み込んだ夜に、密かに脱出して今は何とか逃れているようだった。
だが、回りはルクルクやラグーの多い地域で、それを狙ったメールキンが異常に多いため難儀しているようだった。
狩りをすればいいので食べ物には困っていないようだったが、これからどうするべきなのか分かったら知らせて欲しいと書き込んであった。
通信係だった真樹からの返信は無いようだったので、真樹がそれを見ているのか怪しい。だが、意外にも、遠く離れたライデーン組の方からの返事が飛んでいた。
『軍も完璧ではないので、島の地下に多くある洞窟をうまく利用しながら、潜みつつライデーン近くまで来られたら、迎えをやる。また連絡をしてきてくれ。』
美夕は、食い入るようにそれを見つめた。ライデーンに上陸した人達は、他の人に比べたら自立している…迎えに行くということは、うまく潜める場所を見つけているということだ。
この時間を見ても、美夕達がここへ来る一週間ほど前のこと。
結構早くから、ライデーンではサクサクと状況を整えたのだ。
美夕は、ライデーン組にも会ってみたいと思っていた。もしかしたら、こちらとはまた違う形で味方を見つけて、帰還の道を探しているかもしれないからだ。
美夕は、自分のポケットに入っていた、地図を引っ張り出した。
最初から持っているもので、これだけは小さくすることもなく持っていた。新しい街や、場所へとたどり着くたびにその場所を聞いては書き記していた。
「これはこの島か?」
バルナバスが、珍しく美夕に声をかけて来た。珍しいことに驚いた美夕だったが、何でもないように装いながら頷いた。
「ええ。ここへたどり着く前に渡されていて、新しい場所を知るたびに場所を聞いて書き込んで来たのだけど…。」
バルナバスは、水の入ったボトルを片手に、その地図を見つめた。
「驚くほどよくできているな。まるで空から見たようだ。この地図で言うのなら我々は今…」と、バルナバスはその地図の上にスーッと指を走らせた。「この辺り。」
ライデーンへと向かっている河の、二股に分かれる辺りに近い位置だ。美夕は、驚いてバルナバスを見上げた。
「そんなに正確に場所が分かるの?」
バルナバスは、あからさまに顔をしかめて呆れたように美夕を見た。
「分かる。我ら術が使えるのだぞ?主もアガーテ様から術をいくらか託されたのではないのか。位置を認識するなど簡単なことよ。」
美夕は、藪蛇だった、と下を向いた。みんな術に長けているのだ。それぐらい腕輪が無くても分かるのだろう。
地図へとまた視線を落とすと、バルナバスが指した先には河があるが、結構大きな河のようだ。このままでは、そのただ中に突入してしまうのでは。
「あの…分からないので教えて欲しいのだけど、河はどうやって越えるのかしら。河の地下にも洞窟が?」
バルナバスはそれを聞いて、もしかしたらまた呆れられるかと思ったが、何かを案じるように息をついた。
「…それは私にも分からぬ。この先がどうなっておるのかも。ただラファエル様の下知に従うのみ。あのかたは間違った判断はなさらぬから。私も地下水脈などに紛れ込むようなことがあってはと案じられるが、ラファエル様がそう判断されたなら危険はないだろう。」
美夕は、バルナバスにも分からないのか、と途端に不安になった。バルナバスが指したのはもうその大きな河の直前だ。回りの状況は、この滴る水の量から考えてもその河にかなり近づいているのは間違いないだろう。ラファエルには、この先の道が見えているのだろうか。そしてそれは、危険を孕んではいないのだろうか。
これ以上、みんなを危ない目に合わせたくないのは、美夕も同じだったのだ。
ライデーンには、どこかに潜伏している仲間が居るのに。
美夕は、そのことをラファエルに話してみようと向こうで座って休んでいるラファエルへと歩み寄って行った。




