反応なし
美夕は、散々に歩き回った洞窟の中を、またトボトボと歩いていた。
レナートが、心配して隣りを歩いてくれている。ここは、レナートと共に歩いた洞窟よりずっと広くて歩きやすい所だったが、そんな場所に皆を引きずり込んでしまったことに、美夕はまだ落ち込んでいた。
レナートは、フッと息をついて、美夕に話しかけて来た。
「…なあお嬢ちゃん、あの偉い婆さんも言ってたじゃないか。お嬢ちゃんのせいじゃない。これは運命なんだ。もうあの場所ではすることがなかっただろう大層な命のラファエル様とやらを、外へ引っ張り出して戦わせるために、神様が定めたことなんだろうさ。そのきっかけになっただけだ。で、ショウタ達の居場所は分かったのか?」
美夕は、まだ落ち込んだまま首を振った。
「分からなかったの。どこに居ても表示は出るはずなのに、どこにも、全く。腕輪の電源を切るなんてどうしたらいいのか…ソーラーだから自動で発電して動いてるから、電源のオンオフなんて考えたこともなかった。だから、翔太達だって捕まえた相手だってそんなことは出来ないと思うわ。翔太達から腕輪を離したとしても、腕輪の位置だけは分かるものなんだもの。」
レナートは、うーんと唸った。
「そうか。だったら、お手上げだな。腕輪が動かないような場所があったら、そこへ放り込まれていると考えられるんだが…。」
美夕は、眉を寄せた。
「だから電源が…」と、言いかけて、ハッとした。そうだ、電波が届かない場所。地下に居たら、電波が届かない。こちらの位置も、翔太達には分からないのだ。「そうか、地下!もしかして、翔太達は、地下に?!」
レナートは、眉を上げた。
「ええ?ちょっと待て、じゃああいつらは捕まってないのか?逃げたのか…地下に?」
美夕は何度も頷いた。
「多分そう!洞窟で住んでた海斗達の所に居たとしたら、そのまま洞窟を逃げてってもおかしくないわ!きっと地下に居るのよ!」
それを聞いていたらしい、前を黙って歩いていたバルナバスが振り返った。
「だからなんだと言うのだ。こちらも地下に居てどうしようもないじゃないか。あれらが神殿に向かっていたとしたら、そこにも軍が居るのだぞ。遅かれ早かれ、捕まる運命だ。それに、捕まっておらぬならなぜ神殿の位置が軍にバレた。少なくとも何人かは捕まったのだ。」
美夕は、そう言われてそうだった、と思った。翔太が捕まったと思ったのは、軍が潜んでいた神殿の位置へと大挙して来たからだ。それまで、気取りもしていなかったのに、真っ直ぐにその位置を特定して来たということは、間違いなく情報が漏れたと考えるしかないだろう。
ラファエルが、振り返った。
「やめよ、バルナバス。確かに何人かは捕まったのやもしれぬ。だが、あのショウタからは強い意思と、他の魔法を使う修道士達とは比べ物にならないほどの力を感じた。あれは、命に刻印は無くともかなり力のある命には変わりない。簡単には捕まっておらぬと思うぞ。我はあれらが神殿へ向かっていると期待しておる…アガーテ達が残っておるのだ。ショウタならば希望はある。」
美夕は、驚いてラファエルを見た。翔太は、力のある命なのか。
「翔太なら、アガーテ様達を助けて逃れることが出来ると思っていらっしゃいますか?」
ラファエルは、美夕を見て真顔で答えた。
「その通りよ。主についておった命なだけに、あれには期待できる。ウラノスがそのようにしてくださったのやもしれぬと思うておるほど。主の他の仲間にも会うてみたいもの。」
美夕は、それを聞いて逆にますます翔太が心配になった。翔太は、分かっていて巻き込まれたのかもしれない。美夕を、守る命として、強い命であったばかりに…。
美夕は、今どこに居るのか分からない翔太が、きっと無事であるようにと願った。
手にあるアガーテの巫女の杖が、熱くなったような気がした。
翔太はハアハアと息を上げながら、その穴で仰向けに倒れて回復させていた。
ショーンが、慎一郎を見ていたが、スッと手を上げるとすぐに魔法陣が現れて、慎一郎を癒して行く。
事もなげに杖も使わずそんなことをやってのけるショーンに、翔太は心強さを感じていた。
玲が、同じように息を上げていたが岩穴の淵に腰掛けて水の流れの方を見ている。
ショーンが、玲を治療しようとしていたが、玲は手を振って翔太を先にと合図しているのを目の端に見て、翔太は上半身を起こした。
「オレは大丈夫だ、ちょっと息が切れただけで。それより、水はどうだ?」
玲は、翔太を振り返った。
「今、軍服を着た男が何人かここを流されて行った。もう命は落としているようでまるで人形のようだった。ま、生きててもこの流れの中助けるのは無理だったがな。」
ショーンが寄って来て、翔太に向かって手を上げた。
「結構な数死んでるんじゃねぇのか。オレは治癒の術に長けてるのが高じて、命の気を気取るのが得意なんだが、次々に向こう側で消えるのを感じた。まだここへ流れて来たのは一部だろうよ。」
聡香が、それを聞いて口を押さえて下を向いた。慎一郎は、まだ青い顔はしていたが、体を起こして言った。
「じゃあ、早くここから離れた方がいい。確かにあの水の中じゃあ魔法を放とうにも呪文も利かなかった。あまり近づいたら良くないだろう。」
それには、ショーンも頷いた。
「ああ、厄介な水だ。オレの治癒の術を受けたら、何事もなかったように元気になるはずがお前達があの水に濡れてるせいで思うように利かねぇんだよ。このままじゃオレが無用の長物になっちまう。魔法が使えなかったら、ただのおっさんだからな。」
ショーンはそう言うが、体つきもしっかりしていて戦い慣れていそうな体躯なので、魔法が使えなくてもそれなりにショーンは戦えるだろうなと誰もが思っていた。
翔太は、そうは言ったがショーンの術を受けて楽になった体にホッとして、立ち上がった。
「ショーンなら魔法が無くても力になってくれるだろうと思っているさ。水音がヤバいし、とっととここから離れよう。オレはもう大丈夫だ。」
あちらで、ショーンから術を受けていた玲も、頷いて立ち上がった。
「オレも大丈夫だ。元々こんな仕事ばっかりしてたし訓練は毎日だったしな。」
慎一郎が、重そうに体を持ち上げて立ち上がり、恨めし気に玲を見た。
「消防士だったな。オレも見せかけだけじゃなくてもっと実用的な所を鍛えておけば良かったとどれだけ思ったか。もう当分水はこりごりだ。」
そう言っていた時、叫び声が聞こえた。
「助けてくれーー!!」
皆は、一斉にそちらを見た。
三人ぐらいの兵士らしき男達が、今にも朽ち果てそうな木の幹のなれの果てのような物に掴まった状態で、流されて行くところだった。
玲の姿が目に入ったらしく、こちらを向いて必死に叫んでいる。
「助けてくれ!このままじゃ…!地下水脈へ落ち込んでしまう!」
地下水脈?
翔太は思ったが、どちらにしろどうしようもない。
玲は、今にも飛び込むのではないかという顔をしていたが、それでもどうすることも出来ないので、歯ぎしりしてそれを見送っていた。
「…こんな水じゃなけれりゃ…。」
ショーンが、悔し気に呟いた。
成す術なく流されて行くのを見送っていると、その流されて来た方角から、物凄い音がした。
そちらを慌てて振り返ると、あちらの岸壁も激しく崩れて物凄い量の岩石が一気に水の中へと崩れ落ちて行った。
まるで、どこかで見た氷の壁が海へと崩れる様のようだ。
翔太はそう思ったが、次の瞬間、玲、慎一郎、ショーン、聡香が居る場所が音を立てて崩れて行った。
「うわ!!」
「きゃあああ!」
「玲!慎一郎!」
翔太は、急いでうつ伏せにスライディングするように飛び出すと闇雲に誰かの手を握った。ズンと重さが伝わって来て見ると、その手はショーンだった。
「駄目だ…!全く魔法が利かねぇ!」
ショーンは、苦し気に翔太の手を握りながら、もう片方の手で聡香の手を掴んでぶら下げていた。
翔太は、二人分の重さを片腕に受けて、自分まで引き込まれないようにゴツゴツとした岩壁に張り付いて踏ん張った。
「…駄目だ、持ち上げられねぇ!一人だったらどうにかなるが、二人はオレでも無理だ!」
海斗が後ろから手を伸ばしたが、翔太の手の方が長いので届かない。それに、翔太が落ちないように押さえるだけでも手一杯だった。
「玲ー!慎一郎!」
翔太は、真樹の声にハッとした。そうだ、残りの二人は。
玲は、何とか崩れずに残っていた壁の、岩に片手で捕まってぶら下がっていた。その足には、慎一郎が捕まってぶら下がっている。
足がついていた水の底は、今崩れた衝撃で下がっているようで、二人はブランとその上にぶら下がっている状態だった。
慎一郎の足の脛が、水に煽られて揺れるたびに玲が顔を歪める。
「玲…!」
翔太は、さすがにもうどうしたらいいのか分からなかった。ショーンを持ち上げたいが、自分の力では二人は無理だ。しかし、聡香は自分で上がって来るだけの力はない。玲はこのままでは慎一郎共々流されてしまう…!
「ああ!」
聡香が、何かに気付いて悲鳴のような叫び声を上げた。
そちらからは、さっきショーンが言っていた、兵士達らしい体が流されて来ていた。




