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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
使命を探して
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アガーテが、落ち着いた様子で言った。

「ここを捨てられると申されるか。しかし此度は、どちらへ?」

ラファエルは、回りで慌てふためいて準備をする者達に囲まれながら、言った。

「ここからは北東、島の中心から北西の位置へ。アレクサンドルも手を出せぬ絶壁の向こうへ向かう。あの地は誰も足を踏み入れられぬ場所…しかし我なら、あの地でも結界を張り主らをアレクサンドル以外の脅威から守る事が出来る。何があるのか分からぬが、少々の魔物など案じる事はないゆえ。」

美夕は、頭に地図を思い浮かべた。もしかして、あの街の名前も記されて無かった場所…?

アガーテは、言った。

「あの、禁足地へ向かわれるか。確かにあの地はアレクサンドルも近寄らぬ。大型の、翼竜らしきものが闊歩しておるのだとか。あの地に調査に向かった者達は誰一人帰っては来ぬのだと聞いておりまする。そこへ、皆を連れて?」

ラファエルは、アガーテに手を差し出した。

「我と共ぞ。案ずる事はない、アガーテ。我はもう子供ではないのだ。」

アガーテは、じっと手を差し出すラファエルを見つめていたが、微笑して首を振った。

「そう、ラファエル様は御身大きくおなりになった。案じずとも、この婆がこちらで食い止めましょうぞ。ラファエル様は、御身の御父君の定めたもうた通り、無事にこちらをお出になって皆と共に光の当たる場所を歩かれよ。」

ラファエルは、驚いたようにアガーテを見た。

「何を申しておる。共に逃れるのだ。あの時のように盾になる者など要らぬ。我が一人で主らを守り切る。」

アガーテは、それでもラファエルの手を取らずに首を振った。

「我は足手まといになりまする。あの頃のように足も動きませぬ。我の役目はここまで。ラファエル様、我はラファエル様がご立派にご成長なされてこれで御父君にも顔向け出来るようになり申した。ラファエル様は己の御役目をきっちり果たされるのです。我は天よりお見守り申しまする。」

美夕は、困惑したようにラファエルを見る。ラファエルは、アガーテから目を離さずに、珍しく焦ったような顔をして言った。

「アガーテ…!」

その時、ドーンという重い音が響き渡り、パラパラと土埃のようなものが辺りに舞い散った。この建物の、天井が揺れている…!

「時がございませぬ!」アガーテは、急いで踵を返すと、出入り口へと杖に縋って足を向けながら言った。「早う皆を連れて通路を北東へ!我ならウラノス様からもろうた力と術がございまする!己の身など、己で守れまするゆえ!」

皆が慌てふためく中、いつもは憎らしいほど落ち着いているバルナバスが駆け込んで来て、叫んだ。

「ラファエル様!東の入口の辺りの地上が、魔法で崩されようとしております!今はまだ結界のお陰で弾かれておりますが、このままでは…!」

魔法と魔法がぶつかり合うと、術者にはそれを感じ取ることが出来るのだ。つまり、ここに魔法で結界が張られている事実は、術を放った術者には知られているということだろう。

ここに誰かが潜んでいるのが、向こうに知られてしまった…!

美夕がオロオロとしていると、アガーテが強い声で言った。

「ラファエル様!お行きにならねばなりませぬ!皆が逃れるまでぐらい、我でも防ぐことは出来ましょうぞ!早う!全員を犠牲になさるおつもりか!」

ラファエルは、歯を食いしばって震えていたが、次の瞬間には、キッと顔を上げると、言った。

「…北東の通路から外へ!バルナバス、主が先導せよ!行け!」

「は!」

バルナバスは状況を察し、チラとアガーテを見て会釈をすると、アガーテが返すのを見てから、そこを駆け出して行った。

ラファエルは、アガーテを見た。

「参る。アガーテ、再び相まみえるのを我は信じておる。」

アガーテは、フッと笑うと、頷いた。

「天であろうと地であろうと、我らは再びお顔を合わせまするでしょうぞ。ラファエル様は、我の誇り。どうか、御身お気を付けて。」

ラファエルは頷くと、感情が心の底から突き上がって来るのを隠すように顔を背けて、バルナバスの後を追って走った。美夕は、その後を追う前に、アガーテに深く頭を下げた。

「アガーテ様…私がこちらへ来たばかりに、このようなことに。」

アガーテは、何度も首を振った。

「そうではない。これはウラノス様の定められた運命ぞ。主も参れ。ラファエル様を、頼んだぞ。」と、自分の手にある、杖を美夕へと差し出した。「これを。巫女に伝わる、ディアムの杖ぞ。錆びることも折れることもなく受け継いで来たもの。主に託そう。」

美夕は、首を振った。

「そ、そんな大切なものを!それに、アガーテ様はこれから戦われるのに!」

アガーテは、笑って手を上へ上げた。すると、もう一本の杖が空中から現れた。

「我は他にも杖を持っておるわ。杖などに頼らずとも、力は放てるしの。だが、主は違う。この杖は、巫女の術を放つのに力を貸してくれようぞ。ようよう修練して、ラファエル様を助けて地を導いて参るのだ。分かったの。」

美夕は、涙を浮かべて、その杖を受け取った。背後から、レナートの怒鳴り声が聞こえた。

「嬢ちゃん早くしろ!もうオレ達で最後だぞ!」

美夕は、レナートを見てから、アガーテを振り返った。アガーテは、頷く。

美夕は、もう一度深く頭を下げてから、アガーテから託された先に飾りのついた金色に輝く杖をしっかりと握りしめて、レナートと共に通路を走りに走ったのだった。


地上では、大勢の術者の兵士が集まって一斉に術を放っていた。

「放てー!」

掛け声と共に、術者の杖からは一斉に明るい光が放たれて、一見何もないその地表を焼いた。辺りの木々や草はもう既に跡形も無く、炭になって地表を黒く染めていた。

それでも、その土地はびくともしなかった。

「…やはり別の者の術を感じる。しかも、かなりの力だ。」

指揮官らしきがっしりとした体格の、浅黒い肌の男が言う。隣りに立つ、ロマノフは言った。

「エドアルト、何としても崩してくれ。もしや、パルテノンの生き残りかもしれん。」

エドアルトと呼ばれた男は、ロマノフを見て呆れたように顔をしかめた。

「シードル、簡単に言うでないわ。連れて来た兵士の中でも手練れの術者をこれほどの数使っておるのに崩せない守りだぞ。オレだって少しは力があるかと思っていたが、この結界の強さには心が折れるわ。」

ロマノフは、フフンと笑った。

「大きな力にこそやる気が出るのは知っている。とにかく、結界があるならまだ中に居るのだ。何とか崩して奴らを捕らえて陛下に情報を。最近は時が迫っているとご機嫌がすこぶるお悪い。」

エドアルトは、息をついた。

「まあやってみるがな。お前もあまり根を詰めるな。少し休め。」

ロマノフは、笑ってエドアルトの肩をポンと叩いた。

「そのうちにな。お前こそこれがひと段落したら休めよ。」

そうして、そこを離れて別の部隊の指示に歩いて行った。エドアルトはそれを心配そうに見送ってから、杖を上げて詠唱を始めたのだった。

その結界は、まだそこにあった。


その頃、ラファエルは北東に開いた幾らか舗装された道を、巫女や修道士達を一緒に逃れていた。

こちらへ向かう時、最後尾の美夕とレナートが入ったのを見てから、術を放ってそこを崩して道など無かったかのように装った。

あちら側にあった扉も恐らくは崩れて、何も無い瓦礫の山になっているだろう。

そうして皆が皆魔法を使えるので、それぞれに小さく前を照らしながらその道を進んで行くと、不意にその通路が、途切れる地点まで来た。

先頭を行っていたバルナバスが、そこで立ち止まってラファエルが追いついて来るのを待っていた。ラファエルが追いついて来ると、その前に膝をついた。

「これまでか。」

ラファエルが言うと、バルナバスが頷く。

「は。元々この辺りまでは伸びておったので、この辺りの地上はちょうど森の途切れる辺りでありましょう。ここから更に北東へ向かえばまた森の中、北西であればライデーンの方角かと。」

バルナバスは、じっとラファエルを見上げている。バルナバスは、ライデーンへ向かおうとは言わなかった。だが、北西にライデーンがあるのは地図を見ている美夕にでも分かっていたぐらいなので、ラファエルも当然知っていただろうし、知っていることは、バルナバスも知っていたはずだ。

わざわざ言うということは、バルナバスはライデーンへ向かうことを暗に勧めているのだろう。

ラファエルもそれは分かったようだったが、それでも、言った。

「…北東へ。島の中心から北北西、禁足地へ向かう。主の気持ちも分かるが、ライデーンに行っても同じことよ。恐らく、軍が居る。ならばこのまま、安住の地へ。皆は我が守る。」

バルナバスは黙って頷くと、言われた通りの方位に開く洞窟の方へと足を向けた。

そこに居る人数は、美夕が一緒に食事をとっていた者達よりも数がかなり少なかった。皆若い巫女や修道士達で、自分の母親ぐらいの歳だったと思われる、巫女長のアライダもそこには居ない。美夕は、まさかとリーリアに寄って行って、急いで聞いた。

「リーリア…ここには、みんな居ないのではない?逃げ遅れた人達が居るんじゃ…。」

リーリアは、美夕の言葉にビクッと肩を震わせると、感情を押し殺した声で、答えた。

「…いいえ。ここに居るのが、全てですミユ。皆、ラファエル様と巫女達や修道士達のため、アガーテ様と共に戦うことを選んで残ったのですわ。アガーテ様は大変に力がお強い…ラファエル様が遠く離れた今も、きっと結界を守り切っておられるはずです。」

そう言いながらも、リーリアの唇は震えていた。

美夕は、愕然とした…15年前、ラファエルを逃がすために盾となった老いた修道士達のように、今度はアガーテとアライダ、その他巫女修道士が残っているのか。

「そんな…!私、アライダには挨拶も出来ず…。」

その先が続かない。美夕の言葉に、リーリアは目から大粒の涙を落としたが、首を振った。

「挨拶など良いのですわ。だって、またあちらで合流するのだとアライダ様もおっしゃっておられた。その時に、此度の御礼を申し上げるのですわ。アガーテ様や、その他の皆にも。」

そう言い終えると、リーリアはくるりと美夕に背を向けた。涙を見せたくなかったのもだろうが、リーリアはこうなったのが、美夕とラファエルが地上近くへと腕輪を機能させるために出て行ったためだと知っている。なので、美夕にも複雑な気持ちで居るのだろう。分かっていたことだが、やっと出来た友達のリーリアから突き放されたような気がして、美夕は自分の不甲斐なさに深々と頭を垂れて後悔していた。あの時、どうしても翔太を助けに行くなどと言わなければ…翔太の位置を知ろうとしなければ…。

しかも、結局は翔太達の位置は分からなかったのだ。

美夕は、腕輪を見つめていた。レナートが、事情を察したのか美夕の頭をポンと叩いて、洞窟の奥へと進んで行く列へと促す。

美夕は、足取りも重く皆の列の最後尾をトボトボと歩いてついて行った。

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