襲撃
中へと取って返すと、慌てたように亮介が寄って来た。
「翔太、海斗は?」
翔太は、首を振った。
「いや、あいつは二時間ほどしか経ってないからまだいいと。なんかあったのか。」
慎一郎が、奥の方から出て来た。クリフも、カーティスも一緒に出て来ている。そちらの穴は、家族たちの居住場所なので気を遣って入らないようにしていた場所だった。
「なんだ?あいつらと話してたのか。」
翔太が言うと、慎一郎は首を振った。
「話せたら良かったが、奥はもぬけの殻だ。子供もみんな居なくなってる。」
翔太は、眉を寄せた。
「なんだって?」
ショーンが、同じように奥から出て来て、鋭い声で言った。
「お前らはどう思ってるか知らんが、一刻も早くここを出た方がいい。どうも昨日、あいつらから変な気が出てると思ってたんだが、これだったのか。まさか魔物が出る森へ子供連れて夜中に出て行くたぁ思ってなかったから、オレも寝ちまってた。あいつら何を考えてるのか分からんぞ。」
玲が走って海斗を呼びに行っていたが、息を切らせて戻って来た。
「海斗を連れて来た!」
海斗は、ショーンの最後の方の言葉を聞き取っていたらしく、足早に寄って来ていきなり言った。
「何を考えてるかって?」
ショーンは、海斗を見てうなずいた。
「見つかってる可能性もあるし、見つかりに行った可能性もあるってことだ。そもそもあいつら、昨日おかしくなかったか。なんだって急にあんなに物分かりが良くなるんだ。自分達さえ生き残ったらいいという考え方なんじゃねぇのかよ。」
ショーンがそう言っている間、翔太は見る見る顔色を変えた。あの、金属音…。
「…急げ!」翔太はいきなり叫んだ。「恐らくあれは軍だ!軍の甲冑の音を聞き取ってたんだ、ついさっき遠くから聞こえた気がしたんだ!魔物は金属音なんか出さねぇ!なんてこった!」
翔太は、走り出す。
皆がつられて走り出す中、慎一郎は聡香に手を差し出した。
「走るぞ。ついて来れるか。」
聡香は、ブレンダにもらった長いパンツに丈の長い上着を着ていた。
「大丈夫ですわ。服もこうして動きやすいものを戴きましたし。」
ブレンダが、その背を押した。
「だったら急ぎな!早く、行くよ!」
スティーブが、最後尾を守るようについて来る。
そこに居た慎一郎、玲、亮介、翔太、真樹、聡香と、ブレンダ、スティーブ、そして15年前から居るカール、海斗、クリフ、カーティスの12人とショーンは、洞窟の入口へと必死に向かった。
出口に近付くと、翔太が岩の壁に張り付くように立ち止まって、外を伺っていた。
皆が追いついて来るのを感じると、片手を出して後ろへ押すような仕草をした。
「待て。」小さな声だ。「囲まれてる。」
後ろで、聡香が息を飲んだのが聴こえた。海斗が、翔太の脇へと姿勢を低くして進むと、外を伺った。
森の方には、一見何も無い。だが、木々の間から微かに何かに反射したような光がちかちかと時に漏れていた。
恐らく、甲冑や剣、杖などが潜んでいても揺れて反射していると思われた。
海斗は、舌打ちをした。
「なんてこった。お前はさっきこれを気取ってたのか。」
翔太は、小さく息をついた。
「気取ってても気が付かなきゃ意味がねぇ。困ったな…外へ出る道は、ここしかねぇのか?」
後ろから、カーティスが言った。
「もう一か所ある。恐らくそこからあいつらは出て行ったんだろう。だから気付かなかったんだ。そっちは森に面してないし奥まってて狭いから、見張りは付けずに板で塞いであったんだ。だが、軍の通る道にはそっちの方が近い。」
慎一郎が後ろから言った。
「その道はやめた方がいい。もしかしたらそっちも回り込まれてるかもしれない。あいつらが出て行って軍がここへ来たってことを考えても分かるだろう。形はどうであれ、情報を漏らしたんだ。」
慎一郎は、カルロ達が自分達を売った、とは言わなかった。だがその可能性が一番高い。売るつもりでなかったら、夜に潜んで出て行くことは無いし、こんなに早く軍が来ることも無いだろうからだ。
真樹が、白玉を胸に抱きながら、言った。
「でも、脇に道がたくさんあったよ!オレ、暇だったからいろいろ見てみたんだ。奥へ伸びてる穴がまだあった。」
クリフが、顔をしかめて首を振った。
「何を言ってる、どこへ繋がってるのか分からんのだぞ?オレ達だって幾つか覗いてみて歩いて行ってみたが、どこまで行っても洞窟だった。上に上がれるかどうか、その先へ行ってないし分からない。行き止まりかもしれないんだぞ。」
「それでも、それしかねぇ。」翔太が、こちらを見て言った。「かなりの数が回りを囲んでる。これを破ってこの数で逃れるのは無理でぇ。幸い、方位磁針が使える。美夕がそれで街から出て来れたんだ。オレ達だって方向さえ見失わなきゃ何とかなるだろう。行こう。」
ショーンが、顔をしかめながらも奥へともう足を向けて言った。
「オレは地下はあんまりなんだが仕方がねぇな。じゃあとっとと行くぞ!かなりの数を感じる…その中には、オレの知ってる気もある。お前達の仲間だ。」
皆は、一斉にまた奥へと取って返した。
そうして、居間に使っている広間へと戻って来ると、翔太が早口で叫んだ。
「その辺にある食い物と水を全部詰めろ!海斗、南東の方角に伸びている穴で奥へ長く繋がってそうなヤツはどれだ!」
皆が一斉にその辺に放り出してあるものを片っ端から覚えたばかりの物を小さくする術で縮めて、それが何かも分からないまま必死に自分のカバンに詰めている中、海斗をクリフが指さした。
「あっちだ!カーティスが見つけた穴で、奥までまだ行けてないが結構な広さがあって途切れそうにないヤツがある!」
翔太は、何度も頷いた。
「それを行こう!」と、まだ詰めている皆を振り返った。「そこまでだ!行くぞ、走れ!」
翔太の声で弾かれたように、全員が走り出す。
ショーンが、皆が駆け出すのを待って後ろを振り返った。
「…来やがった!急げ、入って来るぞ!」
みんなもう翔太達について走って行ってそこには居なかったが、聡香の足が絡まりそうになっているのを、慎一郎が半ば持ち上げて引きずるように駆けていくのが見える。ショーンは、わざと最後尾を走りながら言った。
「お嬢ちゃん頑張ってくれ!ここが正念場だぞ、逃げ切らなきゃな!」
聡香は、返事をする暇もなく必死に慎一郎の腕にすがって足を動かしている。ショーンは、じれったげに後ろを振り返りながらその後を浮いて進んだ。
「ここだ!」
海斗が声を上げながら、直径2メートルほどの穴へと駆け込んで行くのが見える。
翔太は、ともすると天井から出ている岩に頭を打ち付けそうになるその隙間を、無我夢中で駆け抜けた。
先頭を行く海斗のヘッドライトだけが頼りのその中で、後ろが心配になり振り返ると、最後尾が明るく光っていた。
ショーンの髪が、光り輝いて照明の役割をしているようだ。
そのショーンが、叫んだ。
「待て!」ショーンは、最後尾で足を止めた。「みんな居るな?!」
翔太は、言われて思わず仲間を確認した。すぐ後ろには玲、その後亮介、真樹、カール、慎一郎、聡香…。
自分の一緒に旅した仲間ばかりを確認してホッとしたが、海斗は海斗で自分の仲間を見ていたようで、先頭から叫んだ。
「居る!」
ショーンは、頷いて後ろを向くと、手を上げた。
「ここを崩す。」と、一気に一直線の光を放った。「追って来るぞ!」
光は、真っ直ぐに入口方向へと伸びてその上の天井を崩した。
大きな破壊音とガラガラと岩石が崩れ落ちて来るのを感じて、亮介が反射的に杖を上げて呪文を発してシールドを張った。
爆風のようなものが来たのは一瞬感じたが、ショーンは髪も揺れもせず目の前で立っている。よく見ると、ショーンは自分の前にシールドのような障壁を張っていた。耳を澄ませると、崩れ落ちた岩の向こうから、怒鳴り声のようなものが漏れて来ているのがちらほらと聞こえた。
「…危なかったな。中へ入って来られてたら岩で押しつぶして殺さなきゃならないところだった。これでしばらくは追ってこれねぇだろう。」
翔太は、ハッと我に返った。
「…すげえな。呪文を唱えてる様子もなかったのに…しかも、手から魔法が出るのか。」
ショーンは、最後尾から前へと飛んで来て肩をすくめて見せた。
「これが術士ってヤツさ。オレらの国じゃあ王に認められたヤツだけが術士と名乗れるんだぞ。お前達にはピンと来ねぇかもしれねぇが、オレはお偉い術士様なのさ。」
普段なら鼻で笑うところだが、今の術を見た翔太にも皆にも笑えなかった。あんな大きな術を一度に放ったら、恐らく翔太達なら体の命の気を使いきるだろうからだ。だが、ショーンは急に真顔になると、続けた。
「さあ、行くぞ。あれだってあっちから術で崩して来られたらすぐに追いつかれる。さっさと逃げなきゃ今度こそ皆殺しにしちまうぞ。オレの力はデカいんだ。」
ショーンの髪は、まだ光っている。
皆は、そのショーンの髪を頼りにして、その灯りで更に奥へと、急いで逃れて行ったのだった。




