決断
翔太が奥へと戻って来ると、広間に使っている場所でいい匂いが漂っていた。
海斗やカーティス、クリフが岩壁に寄り掛かって何やら話しているのが見える。
聡香も、すっかり気安くなったらしいブレンダと隅に座り込んで談笑していた。
玲と亮介、カールが今後の事を話しているのか真剣な顔で何やら話し込んでいるのが見える。
ここの女性たちが甲斐甲斐しく動き、翔太の前にもパンと芋、何か分からないが野草と肉を煮込んだスープを持って来てくれた。
翔太がそれに取り掛かっていると、脇に真樹が座っているのが目に入った。真樹はまだ18歳のアイドルの卵だったが、その風貌はここへ来た時より格段に大人っぽくなっていた。ここでの生活で、思う所もあるのだろう。
ふと真樹の手元を見ると、真樹がそこに、ふわふわとした塊を抱いていた。翔太は、それを見て思った…あの時拾った、小さいプーとかいうやつか。
翔太は、真樹に声を掛けた。
「真樹、そいつをまだ連れてたのか。声もしないしすっかり忘れてた。」
真樹は、プーを抱きながらこちらを見た。
「白玉って名前つけたんだ。白くて丸いから白玉。かわいいだろう?」
真樹は笑顔でその白玉をこちらへと差し出して来る。翔太は、顔をしかめながらそれを掴んで受け取ると、真樹は慌てて言った。
「こら、乱暴にしないでよ!白玉はデリケートなんだからな!」
翔太は幾分手の力を抜いて、じっと白玉を見た。白玉は、少し怯えたように翔太を恐々見上げている。翔太は、息をついて白玉を真樹へと返した。
「まあいい。だが、これから戦いに行くのに、連れて行くなんて酷じゃないか?捕まったら食われちまう。なんでもプーは大きいのも小さいのも豚肉の味なんだって海斗が言っていたし。」
真樹は、急いで白玉を胸元へと突っ込むと、ブンブンと首を振った。
「食べるなんて言うなよ!白玉はとっても賢いんだぞ。神様の遣いだって子供達だって言ってたぐらいだ。白玉は話し掛けたら、しっかり答えるんだぞ。まあ、何を言ってるのかは分からないけど。」
翔太は、わざと大きなため息をついて食事を進めながら答えた。
「わかったわかった、オレは食わねぇよ。だが、捕まった後のことを言ってるんだ。それが無いとは言えねぇだろうが。居残り組に、託して行った方がいいんじゃねぇか?」
真樹は、それを聞いて途端に不安そうな顔をして、胸元を覗き込んだ。白玉は、じっと真樹を見上げている。プップと何か小さく泣いたが、真樹には何を言っているのか分からなかった。真樹は、そんな白玉の頭を撫でながら、言った。
「…分かってるんだ。でも、誰かに任せるなんて白玉がかわいそうで…人見知りするし。なぜか翔太とかには乱暴に捕まれてもおとなしくしてるんだけど、他の人達が来ると怯えてオレから離れないんだ。」
意外だったので、翔太は片眉を上げて真樹を見た。
「なんだって?こいつ、人見知りなのか。」
真樹は、深刻そうにうなずいた。
「そうなんだ。人を見てるって言うか…ほんと、頭がいいんだよ。だから、ここへは置いて行けない。」
翔太は、真樹の胸元からそっとこちらを覗いてみている白玉の目を見つめた。人見知りするぐらい頭がいい…いやそれ以上に、言葉が分かっているようだから、自分が真樹の友達だと思って平気なのだろうか。
「…お前が飼い主なんだから、お前が決めたらいいさ。荷物にもならねぇしな。空気みたいに軽いんだしよ。ただ、気を付けてやれよ。ちっさいから簡単に死んじまいそうで怖えしな。」
真樹は、それは嬉しそうに笑った。
「うん。聡香ちゃんも可愛がってくれてるしさ。大丈夫、オレが守るよ。」
翔太は、苦笑した。元の世界へ帰れることになった時、白玉まで連れて行けるとは思えない。
それでも、翔太はそれを口にしなかった。こんな状況で、少しでも心の拠り所があるならいいと思ったからだ。自分はこれまで生きて来た現実の中でも、それなりの修羅場を潜り抜けて来ているので今の状況でも何とか気持ちを保っていられるが、真樹はそうではないだろう。それを気にしていたので、白玉の存在は正直有り難かったのだ。
そうやってさっさと食事を終えて食器を片付けようと立ち上がると、奥から、カルロ他5人がぞろぞろと無表情で出て来たのが見えた。
翔太は、思わず立ち止まってその6人を見つめた。
海斗とカーティス、クリフが立ち上がってカルロ達を見る。
カルロは、それに気付いてふと、その無表情だった顔を笑顔に変えた。
「考えたんだが、みんなの意見をすり合わせるのに時間がかかってしまった。心配かけてすまないな。オレ達だって、戦ってたんだ。まだ戦えるだろうってことになった。」
カーティスとクリフは、怪訝な顔をした。海斗は、慎重に言った。
「…そう思ってくれたらこっちも助かるが、じゃあ自分の家族は自分で守れるってことだな?オレ達は独り身だし、三人共刻印持ちの捜索に出るつもりだ。各々自分達の家族を守れば、この問題は解決すると思うんだが。」
カルロは、笑顔のまま何度も頷いた。
「ああ。考えたら当たり前のことだからな。こっちのことは心配するな。」
海斗は、黙って頷いた。翔太は、あることが引っかかっていたが、あちらは海斗の管轄なので何も言わずにその様子を眺めていた。6人が食事を始めるようだったので、ホッと胸をなでおろしている女性たちに食器を返して、そちらに背を向けた。
「今後のことを、話したいんだが。」
海斗が、翔太に声をかけて来た。
翔太は、チラと振り返って片眉を上げた。
「そっちはそっちでやればいい。こっちはこっちでやるさ。ショーンはオレ達について来てくれるみたいなこと言ってたけど、どこへ行ったのか知ってるか。」
海斗は、首を振った。
「さあ。ショーンは飛べるからな。見回りに行ってるんじゃないか。それより、慎一郎は見張りか?」
翔太は、頷いた。
「ああ。オレと替わりに来たんだ。慎一郎に何か用か?」
「見張りを替わる。」海斗は歩き出した。「翔太も来てくれ。」
今、食事をしただけでそれまで見張りに立っていた翔太は顔をしかめたが、ここの人数で贅沢も言っていられない。翔太は、黙って海斗に従って外へとまた歩いて行ったのだった。
海斗と翔太が出て行くと、慎一郎は驚いたような顔をした。
「もう交代か?翔太は今戻ったばっかりだろう。オレはまだいい。休んで来い。」
翔太が頷こうとすると、海斗が物凄い勢いで慎一郎に寄って行き、小さな声で言った。
「話がある。翔太にも居て欲しい。」
慎一郎も翔太も、表情を変えた。翔太は、小声で言った。
「…ラファエルのことか?」
翔太が言うと、海斗は小さく頷いた。
「そうだ。慎一郎、今カルロ達は自分達のことは自分達で守ると決めたと言って来た。だが、オレは怪しいと思っている。」
それは翔太も思っていたことだったので、黙って聞いていた。慎一郎はその場に居なかったので、片眉を上げて言った。
「怪しいとは?本来そうだろうが。自分の家族ぐらい自分で守らないとな。」
海斗は、また頷いた。
「そうなんだが、今までオレ達がやって来ただろう。あいつらは、せいぜい街近くで食い物を調達して来るぐらいだ。それも、オレ達の内の誰かが一人、用心棒について行ってって感じだったからな。オレ達が居なくなれば、これから、ここでは生活できないだろう。もう少し、魔物が出ない街の方へ移動する必要があるはずだ。だが、そうなると見つかる可能性が高い。だからこそ、あいつらは反対していたわけだからな。それが、数時間話し合ったぐらいであっさりと戦うと。おかしいと思わないか。」
それには、翔太が答えた。
「確かにな。あの貼り付けたような笑顔には警戒心しかわかなかった。だが、お前達の事だからオレは口出ししなかったんでぇ。だから、ラファエルの申し出は言わなかったんだな?」
海斗は、頷く。慎一郎は、翔太と海斗を交互に見た。
「申し出とは?」
翔太が答えた。
「ラファエルは、あいつら戦えない奴らをあっちの神殿で匿ってくれると言ったんでぇ。あっちには、修道士達も居て魔法が使えるし、ラファエルの結界もあるらしい。それなら安心だと思ってたんだが、海斗が言い出さないから、オレも黙ってたんだがな。」
海斗は、翔太を見た。
「見ただろう、あいつらの考え方を。自分で何かしようって気がこれっぽっちも無いんだ。子どもに罪は無いから連れて行ってもいいかと思っているが、オレ達に依存する気しかない奴らを守る意味なんかない。修道士達だって呆れるだろうし、ラファエルだってあんな奴らを入れたくないだろう。オレだって、恥ずかしい。面倒を起こすんじゃないかって心配したんだ。」
慎一郎は、息をついた。
「子供のことを考えたら、ラファエルの申し出を受けた方がいいんだろうけどな。確かに面倒を掛けたらこっちも肩身が狭くなる。何とか子供だけでも連れて出ることは出来ないのか?大人は自己責任だろうが、子供はかわいそうだろう。」
翔太は、気が進まなさそうに言った。
「親から離すってのがな…おそらく嫌がるだろう。ここから街近くの隠れ家に移るためのサポートはするつもりだ。そのあとは、あいつら次第だろう。そう時は取らないつもりでいる。さっさと帰る方法を探すさ。」
海斗は、翔太に頷いて見せた。
「そもそも軍の奴らは、一般人になった奴らには見向きもしないんだ。あいつらなら、戦わないんだし街で腰を落ち着けて暮らせば恐らく手を出さないだろう。帰る方法が見つかってから連れて来ればいいだけだし。その方向で考えよう。」
海斗は一人、誰かに言い聞かせるように言った。
慎一郎と翔太は顔を見合わせたが、何も言わなかった。




