情報
ショーンが来て数時間、慎一郎はどうにかして北の大陸のことをショーンから聞き出そうとするものの、ショーンはのらりくらりと話を反らして詳しく教えてはくれなかった。
どうやら、あちらでは新しく発見した国などには観察だけで、内政には干渉するなと言っているらしい。
なので、詳しいことは本当に何一つショーンは話してはくれなかった。
そんなわけで会話にも詰まり、黙っていることが多くなった慎一郎に肩をすくめたショーンは、遠巻きに見ていた子供達を、今はもっぱら相手して子守りをしている状態だった。
そんなことは嫌がりそうな風情だったのに、ショーンはあれで子守りが得意なようだった。慎一郎が最初見たのは三人ほどの子供だったが、今居るのは5人ほど、どうやらこれが子供全てのようだった。
見る見る回りには子供達がてんこ盛り状態になって、それでもショーンは時に笑い合いながら、子供達の相手をしてやっていた。
「おじちゃんの髪、銀色だねー。」慎一郎も話をしたことのある、マルクという子供が言った。「目は赤いし。どうしてなの?魔法が使えるから?」
ショーンは、どこまでも直球な子供に苦笑しながら答えた。
「うーんどうだろうなー。髪の色は関係ないかもしれねぇが、目はあるかもしれねぇ。これはな、オレのじいちゃんのじいちゃんのこれまたじいちゃんからもらったもんらしいんだ。オレのじいちゃん達はみーんな術士、まあオレとおんなじように、魔法が無尽蔵に使える能力を持って生まれてたんだがな、オレが一番強く出たんだって聞いた。だから、昔々の強い力を持ったご先祖と同じ色の瞳なんだってさ。」
回りの子供達は、一様に躾けられているかのように同時に目を丸くして身をそらし、口を大きく開いて驚きを表現した。
「すごーい!そんなに昔々からずーっと魔法使いだったなんてー!」
ショーンは、子供の素直な反応にかわいいと思いながらも、魔法使いという言葉には笑うしかなかった。王宮に認められた術士も、子供に掛かったらおとぎ話の魔法使いなのだ。
ショーンがやれやれと肩をすくめて笑っていると、マルクの隣に座っていた子供が、古い絵本のようなものを持って来てショーンに言った。
「じゃあ、じゃあおじちゃんはもしかしたら、神様に会った事あるの?ほら、この、兄弟の神様ー!」
ショーンは、怪訝な顔をした。
「なんだって?兄弟?」
マルクが、その子供が持っていた絵本を受け取って、ショーンに開いて見せた。
「うん、これだよ!ほら、世界を作った神様!」
ショーンは、その絵本を見て、目を見開いた。
「なんだって…なんで、これがここに…しかも、日本語だって?」
慎一郎は、ピクリとそちらを見た。日本語…日本語と言った。
「ショーン?日本語が読めるのか。」
ショーンは、ハッとしたようにこちらを見た。そして、少しばつが悪そうな顔をしたが、頷いた。
「ああ。あちらでも日本語の本が遺されていたことがあってな。読める異世界から来たヤツも居た。だから、オレはそれを学んで読めるようになったんだ。これは、どこにあった?」
それには、後ろで甲冑の手入れをしながら、カーティスが答えた。
「あの、ショーンと会った遺跡だよ。前にも北から調査に来てた時があっただろ?あの時、オレ達もあそこを隠れ家にしてたから、いくつか本を見つけて持って来てたんだよ。そのうちの一つさ。そういえば前の時は、ショーンは居なかったよな。」
ショーンは、なぜだか分からないが深刻そうに頷いた。
「ああ。前の時は、ここはそれほど重要視されていなかった。文化も発展して居なさそうだったし、そっとしておく方がいいだろうということで、遺跡のことだけ調べてたんだ。幾つか呪術書なんかも見つかって、どうやら北からも誰かが流れて来てたんだろうということは分かったんだが、それがこの島に普及している様子もないし、廃れてしまったんだろうなとオレ達は見ていた。それも、数百年前に。」と、手元の絵本を見た。「だが、これは違う。この絵本が描かれたのは、昔だとしても20年より前じゃねぇ。絶対に。」
なぜか、確信があるようだ。
慎一郎は、不審そうにショーンを見た。
「だが…神話だろうが。だったら、数百年前から語られててもおかしくはない。それが、今発見されたってだけなんじゃないのか?」
しかし、ショーンは頑なに首を何度も振った。
「あり得ない。この話だけは、あり得ないんだ。オレは知ってる…この神ってのをな。」
慎一郎もカーティスも、もちろん子供達も目を丸くした。
いきなり神を知っていると言われても、はっきり言って信じられるはずがない。しかも、ショーンはまだ会ったばかりの男なのだ。
しかし、ショーンは真剣な目でじっとこちらを見ていた。
慎一郎は、また面倒なことになるのでは、と思いながら口を開こうとすると、そこに真樹が飛び込んで来た。
「慎一郎!翔太と海斗が帰って来た!」
慎一郎だけでなく、全員が一斉に出入口を方向を向いた。
慎一郎が大股に出入り口へと出て行くと、もう日が傾きかけている空の中、翔太と海斗が並んで立っていた。
迎えに行ったという、美夕と保護していた鍛冶屋の姿はない。
聡香が、いち早くそこへ行って急いで問うた。
「翔太さん、美夕さんは?会えなかったの?」
翔太は、首を振った。
「会ったんだが、いろいろあってな。とにかく事態が大きく動きそうで、みんなにも話さなきゃならねぇ。集まってもらえねぇか。」
翔太が言うと、慎一郎が聡香に並んで言った。
「何かあったか。こっちも留守の間に何か情報をと、こいつらが昔潜んでいたという遺跡へ行って来たんだ。そこで、大層な術士に会ってな。ここに連れて来てるんだ。説明する。中へ行こう。」
翔太は頷いて、海斗を見た。海斗も、歩いて来た疲れも見せずにさっさと奥へと歩き出しながら言った。
「こっちも大層な術士に会ったぞ。真っ白の髪で、赤い目の若い男だった。」
それを聞いたカーティスが隣で息を飲む。慎一郎も、片眉を上げた。
「赤い目?こっちも、銀髪に赤い目なんだ。」
「そう、オレだ。」
いきなりに、真側で聞こえた声に翔太が仰天して思わず構えると、そこには慎一郎が今言った通りの風貌の男が、翔太の顔を覗き込むようにして胡坐をかいて浮いていた。
「オレみたいな術士に会ったって?この島でか?」
翔太は、その何の遠慮もない、ラファエルとは正反対の様子に面食らいながらも、慌てて頷いた。
「ああ、会った。だが、もっと若かったがな。それに、何ていうかもっと、育ちが良さそうな感じだった。」
ショーンは、顔をしかめた。
「品が無いって言いたいんだろうが。オレだって好きでこんな風になったんじゃねぇ。悪かったな、育ちが悪くて。」
だが、翔太はその顔をまじまじと見て思った。口を開かなければ顔立ちはキリリと品があって綺麗だ。そういう血筋だと言われたら、そうだろうなと言ってしまいそうな風情だった。
だが、徹底的に違っていたのはその、雰囲気だった。この男は、日焼けして鍛えられた体躯で、戦い慣れているような感じを受ける。まさにラファエルが外で戦いながら育てばこうなるだろうと思える様だったのだ。
慎一郎が割り込んだ。
「そんなことはいい。話を聞かせてくれ。こっちもわかった事を話す。」
翔太はためらいながらも、慎一郎に促されて奥の広い空間へと進んだ。
ショーンは、浮いたままついてきて皆の中に遠慮なく座る。
それを気にしながら、岩屋の中に居た者達がぞろぞろと集まって来るのを待って、翔太と海斗は並んで座って言った。
「まず、美夕には会えた。鍛冶屋のレナートも一緒だ。あっちで地下遺跡に迷いこんだんだが、そこに潜んで居た奴らに保護されていて合流出来たんだ。」
海斗が、翔太が言うのに頷いた。
「そうなんだ。それでそこで、もしかしたら帰れる方法が見つかるかもと言う情報をもらった。」
そこに居た、全ての者達が息を飲む。慎一郎が、言った。
「帰れるのか?オレ達が得た情報じゃあ、シーラーンへ行かねばならないかと言っていたんだが。」
それには、翔太と海斗は顔を見合わせる。翔太が言った。
「…こっちも、シーラーンへ行かなきゃならないと思っているんだが。」
慎一郎は、意外だったのか目を丸くして身を乗り出した。
「なんだって?こっちはこのショーンが、これまでの事を見ていて何かオレ達にやらなきゃならないことがあるからこっちへ来たんだろうって言うんで、それを探すのに積極的に行動しなきゃならないというから、シーラーンへ行くべきかって話だったんだが…。」
ショーンは、頷いたがじっと黙って聞いている。翔太は、それを見てから自分も慎一郎に頷きかけた。
「ああ。こっちもそうだ。ただ、こっちはもっとはっきりしてる。美夕が…あっちで会った術を使うラファエルという男が言うには、命に刻印のあるヤツなんだと。」と、左腕に手をやった。「あいつの、ここに紋様みたいな痣が出てただろう。あれが、ただの痣じゃなくてその印なんだと言っていた。だからこっちへ来て、オレ達はそれに巻き込まれて一緒に来たんじゃないかって。」
先を続けようとしている翔太を遮って、ショーンが声を上げた。
「命に刻印だって?!」
突然だったので、そこに居たみんながビクッと体を震わせる。翔太も、びっくりしてショーンを見た。
「ああ…そう、そう言っていた。ラファエル自身も命に刻印があるんだって…」
ショーンが、衝撃を受けたような顔をして後ろの荷物の方へと背をもたせかけた。慎一郎は、その様子に怪訝な顔をした。
「ショーン?それがどうしたんだ。そんな大したことなのか?」
ショーンは、しばらく黙ったままだったが、慎一郎を見て、言った。
「…言っただろう。オレはあっちでもかなり力のある術士だって言われてる。だが、遺跡の台座で神を呼び出す資格はねぇ。力がどうのってことじゃなくて、生まれつきのことだからだ。神は使命を与えて生み出した命にしか答えねぇ。神は生み出した命には印をつける。命に、決して消えない印を刻む。それが、命に刻印を持つという意味だ。」
慎一郎は、絶句した。
聡香は、ただ不安そうにそれを聞いていた。




