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救出

船へと駆け寄ると、玲はカバンからロープを出した。そのロープの先には金属のカギが着いていて、それを甲板の柵へ向けて器用に投げた。

ロープは、くるくると柵の手すりに巻き付いて引っかかる。玲は、ロープの先を側のボラード(係船柱)に括りつけ、グイグイと縄のたわみを確かめた。

「お前もこれを使うといい。先に行くぞ。」

玲はそう言うと、両手両足でロープにぶら下がり、船へと上がって行った。慎一郎はさすがにそれに感心して見ていたが、アッという間に甲板へと降り立った玲が手を振ったのを見て、自分も慌てて玲に倣ってロープを伝って登って行った。

思っていたより、ずっと力が要る。

慎一郎は、普段部屋にこもりがちな仕事をしているので、普段からジム通いは欠かしていなかった。なので何とか出来たが、もしそれが無かったらほぼ腕の力だけで上がるこの方法では、結構難しかったかもしれない。

やっと上がると、玲は苦笑した。

「オレは消防士なんだ。」

慎一郎の表情でどうしてこんなことが出来るんだと思っているのを気取ったらしい。玲はそう言うと、ポンと慎一郎の肩を叩いて、サッと船室の方へと向かった。慎一郎は、汗がにじんだ額をそっと拭って、それを追おうとしてハッとした。

汗。

そう、この世界ではどんなに動いても汗など見えなかった。現実へ帰ってスーツの中が汗だくで、びっくりして急いで拭いて乾かしたのも一度や二度ではない。

やっぱり、ここは現実でこれはオレの本当の体なのか。

慎一郎はまた顔を険しくしながら、玲の後を追った。


玲は、勢いよく船室の扉を開いた。

中に居た、全てのプレイヤーたちが一斉に振り返る。慎一郎が追いついて、玲の後ろに立つと、玲は後ろを見ずに皆に手を振って叫んだ。

「この船はもうすぐ沖へ向かって列島街道の橋の下を抜けたら沈む!死にたくなければみんな上陸しろ!右舷前方に縄梯子が一つある!その他下船の方法を持ってる奴がいたらそれを使って、とにかく降りろ!行け!」

考える時間を与えない。

勢いに押された近くの数人は、言われるままに急いで足を戸口へと向けて動かすが、思った通り一人が声を上げた。

「何を言ってるんだ、死ねばゲームオーバーで戻れるんだろう!もうオレ達はイベントなんかどうでも良くて、ただ戻りたいんだ!放って置いてくれ!」

数人が足を止める。玲は言った。

「信じないならどっちでもいい。だが、今度のゲームオーバーはかなり苦しいと思うぞ。警告はしたからな。」と、慎一郎の肩を押した。「行こう。長居したら巻き込まれる。」

慎一郎は頷いて、チラと皆を見た。そして、また来た道を戻ろうとすると、入口近くに居た50代ぐらいのサラリーマン風の男が、言った。

「おい、そこのハゲ。」慎一郎は、そう言われるのは慣れていたので普通にそちらを向いた。相手は続けた。「ほんとなのか、死ぬって?」

慎一郎は、相手に体を向けた。そこには、隅に縮こまって三角座りをしている若い女の子が三人、体の細い如何にも軟弱そうな男が一人居た。そこから明らかに浮いてしまって離れて座っていただろうその男に、慎一郎はため息をついて言った。

「でなければ、わざわざ知らせになんか来ない。黙って見殺しにするのが寝ざめが悪いから来ただけだ。それでもここに残って沈むって言うなら、お前達の選択だ。オレには責任はない。」

相手は、じっと黙って慎一郎を睨んでいたが、立ち上がった。

「行くよ。一緒に連れてってくれ。」

慎一郎は、顔をしかめた。

「勝手しろ。だが、仲間にはしないぞ?降りた後の事は自分で考えろ。」

相手は、ふんと鼻を鳴らした。

「なんだよ、ハゲなんて言って悪かったって。オレも薄くなってきてるしお互い様だ。」

慎一郎は、鬱陶しそうに踵を返した。

「気にしてない。慣れてる。」と、後ろの縮こまっている面々を顎をしゃくって示した。「仲間は?」

その男は、チラと四人を見た。四人は、ビクッとしたが、目を反らす。男は、ふんと横を向いた。

「好きにするさ。オレは行く。」と足を進めながら小声で言った。「…こんなおっさんだったのが気に食わないんだってさ。散々助けてやったってのに。」

慎一郎は、歩き出しながら苦笑した。

「どうせ20代会社員とかプロフィールに書いてたんじゃないのか?オレは全部オープンだからな。」

「フン」

そうして、その男も含めた三人で甲板を走って行き、男に縄梯子の場所を教えていると、後ろから数人のプレイヤー達が寄って来た。

「あの…私達も、降りていいでしょうか。」

玲は、頷いた。

「構わない。君たちの判断だ。残るのもそう。オレ達はオレ達の結論で降りるのを勧めに来ただけだ。」と、来る時に伝って来たロープを指した。「あっちにもロープを張ってある。あっちの方が難しいかもしれないが、使ったらいい。」

相手は、頷いてそちらへ向かった。見ると、最初の50代の男はもう桟橋に降り立っていた。見た目によらず、身軽らしい。続いて、若い男が降り始めた。

「…時間が掛かるな。慎一郎、お前先に降りてた方がいい。オレはここに居る全員が降りるのを見てから行く。」

慎一郎は、玲を見た。

「何を言ってる。オレが来ると言ったんだ。オレが残る。お前が行け。」

玲は、また苦笑した。

「だからオレは消防士だって。」と、甲板にある別のロープを持って来て、言った。「これを柵に結ぶから、先を向こうのボラードに掛けてくれないか。脱出路は多い方がいいだろう。」

慎一郎は、それを見て迷った。だが、確かに二つだけでこの人数が降りるのを待っているのは面倒だ。

「…よし。」と、ロープの片方を体に巻いた。「行く。」

玲は、頷いた。

「頼む。」

慎一郎は、柵の向こう側へと出て、ロープを短めに持って足を突っ張った。そして、スルスルとロープを滑らせながら、船の腹を蹴って下へと向かった。

そうして、桟橋との高さを見て、足をぶら下げて振り子のように体を振りながら、タイミングを計ってしっかりと一度、船を蹴って桟橋へと飛び移った。

そして急いでボラードへと巻き付けようとしていると、急に船の警笛が、ボーっと鳴った。

「動き出す!」玲は、船の後ろの方を見て、叫んだ。「慎一郎!もういい、無駄だ!結ぶな!ロープから手を放せ!」

慎一郎は、慌ててロープから手を放した。

「きゃああああ!!」

船が進み出し、乗り込む時に使った方のロープが、ブチンと音を立てて切れたのが分かった。縄梯子にぶら下がっていた女性も、悲壮な表情で桟橋の方を見ている。慎一郎が放したロープは、船の腹へとしなって当たり、力なくぶら下がっていた。

「玲!」

慎一郎が叫ぶ。船と桟橋の距離は見る見る開いて行く。50代の男が、縄梯子の女に叫んだ。

「飛び込め!泳ぐんだ、まだ行ける!」

玲が、柵をまたぎながら、同じように叫んだ。

「そうだ、飛び込め!それしかないぞ!」

向こう側、ロープに掴まっていた方の女は、玲の声を聴いて、思い切ったように足から海へと飛び込んだ。

ブクブクと水泡が立ち、海面に顔が出る。しかし、浮いたと思ったのも最初だけで、すぐに何度も沈むようになった。

「泳げないのか。」

慎一郎は、それを見て体から甲冑を急いで外すと、海へと飛び込んだ。

海の水は、驚くほどに冷たい。思えば、今は2月。現実通りだとしたら、かなり極寒の海だ。

思わなかったほど体がしびれて来るのを感じながら、慎一郎は溺れている女の首をがっつりと上向きに持った。

「暴れるな!掴まるな!オレはプロじゃない、足でまといなら殺す!」

そう叫ぶと、必死にすがろうとしていたその女性はピタリと動きを止めた。殺すと言われたら、普通に固まるだろう。

こちらへすいすいと泳いで来る慎一郎を見てホッとして、船の方を見ると、玲が縄梯子を降りて、固まっている女性を道連れに海へと飛び込むところだった。

「玲!」

美夕が、思わず叫ぶ。しかし、玲はすぐに浮いて来て、女性も放心状態のような感じで、慎一郎と同じ形でこちらへと泳いで来た。

「手を貸してくれ!」

翔太が、呆然と立っているだけの、船から降りて来た男達に怒鳴った。慌てて駆け寄った男達に引っ張り上げられた慎一郎とその女性は、ハーっと力を抜いた。

「もう一丁!」

翔太が、グイッと引っ張ってまた一人上げる。玲が助けた女性だ。

玲は、自分で這いあがって来た。

「…ちょっと…危なかった、な。」

さすがに、息が上がっている。船は、一路沖へ向かって、島と島の間の、橋の下へと向かっていた。慎一郎と玲が、それを息を整えようとあえぎながら、目で追っている。

他の皆も、誰に言われるでもなくそれを追っていた。

「…あと少しだ。」玲が、髪から海水を滴らせながら言った。「あの、辺り。」

急に、ドオオーンと大砲でも撃ったのかというような大きなどすの利いた音が響き渡った。近くで漁をしていた、他の船の人達も、何事かと沖を見る。

それは、一瞬だった。

遠くで、はっきりとは見えなかったが、船体が真っ二つに割れたように見えた。

その後、何も遮りものが無いせいか、微かにたくさんの人の悲鳴のようなものが聴こえたような気がする。

美夕は、急いで耳を塞いだ…本当に死んだかもしれない悲鳴なんて、聞きたくない。

そこに逃れた数人の目の前で、悲鳴だけを残し、その船は跡形もなく海の中へと消えたのだった。

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