痣
食事も終わり、ラファエルとアガーテ、リーリアと共に、美夕、翔太、海斗、レナートは食堂を出てラファエルの部屋へと向かった。
美夕は、気分がのらなかった…なので、わざわざゆっくりと食べたのだが、それでも回りからは一人立ち、二人立ちと人が減って行き、ついには翔太達皆が自分一人を待っているような状態になってしまったので、食事を終わらせない訳にはいかなかった。
仕方なく重い足取りで最後尾を、リーリアに気遣われながら歩いた美夕だったが、ラファエルの部屋にはすぐに到着した。
そして、皆に座るように急かすと、ラファエルは断固とした口調で言った。
「さあ、ミユ。痣を。」
美夕は、ビクッと肩を揺らした。
皆が、固唾をのんで見ている。
美夕は、とても断れない雰囲気に、観念して上着をそろそろと脱ぐと、目をつぶって左の袖をたくし上げた。
そこには、間違いなく痣があった。
美夕は、それを恐る恐る目を開いて見た。赤い、まるで刺青でも入れたかのように、はっきりとした形のある痣で、まるで魔法陣のようだと、美夕でも思った。
そしてそれは、美夕が今まで見ていたものよりハッキリとしていて、明らかに浮き出て来ているようだった。
「そんな…これほどじゃなかったのに。まるで描いたみたいになってる…。」
ラファエルは、それを食い入るように見ている。翔太は、同情するように言った。
「確かに、前に見た時はここまでハッキリした形じゃなかったな。色がハッキリしてただけで。時間が経つにつれて、変化してるってことか。」
美夕は、がっくりとうなだれた。もう、二度と半袖は着られない…。入れ墨だと思われてしまうし、温泉なんかも入れなくなるのかも。
そんな美夕の様子に、まるで自分のことのように悲しげな顔をしていたリーリアは、キッと顔を上げると、自分も上着をガバッと脱いで、そして腕を見せた。
「私も!私もあるのですわ、あなただけではありません!」
美夕は、驚いてその痣を見た。
リーリアの白い右腕には、美夕と同じぐらいの大きさの赤い痣が、間違いなくあったのだ。
しかし、リーリアの痣は、炎のような形をしていて、美夕ほど何かを刻まれたような感じではなかった。
「同じではない。」ラファエルが、険しい顔をして、まだ食い入るように美夕の痣を見ながら言った。「同じではないぞ。これほどに完璧に、紋章が現れるなど…だがしかし、ならばミユよ、主はならぬ。シーラーンへ向かうことは出来ぬ。」
翔太も、美夕も驚いてラファエルを見た。
ラファエルの顔は、険しいままだった。
その頃、慎一郎と亮介、玲、カーティスは、黙って黙々とショーンと共に歩いていた。
正確には、ショーンは歩いておらず、地上から浮いて進んでいた。
結局、ショーンは夜明けまでどこかへ飛んで行っていて、そして夜明けに出発しようかと四人が準備していると、どこからともなく飛んで来て、魔物は巣へ帰ったようだと話していた。
今も横を浮いているショーンに、もうそんなことには慣れてしまった四人は、それを見ないようにしながら、隠れ家の洞窟へと向かっていた。
ショーンは、そんな四人に大袈裟にため息をついて見せた。
「おい、どれぐらいあるんでえ?まさか最初から最後まで歩いて行くんじゃねぇだろうな。」
慎一郎は、そちらを見ずに憮然として答えた。
「歩いて行くんだ。それ以外に、どんな方法があるというんだ?そりゃあんたは飛べるかもしれないが、オレ達は普通の人なんだ。歩くより他に手段はない。」
ショーンは、うーんと顔をしかめた。嫌味が混じっているのだが、そんなことは気にしていないようだ。
「そうだなあ。お前達って何から何まで歩きなのか?ウールンとかは使わないのか?」
慎一郎が、そういえば、と思い、カーティスを見た。ウールンとは、言ってみれば、馬だ。角があるが、馬そっくりで、家畜化されている魔物だという設定で、他のダンジョンでは便利に使っていたものだった。
しかし、カーティスは慎一郎に首を振ってから、ショーンに言った。
「ここじゃ無理なんだ。街の結界の中なら使えるが、外ではドラゴンとかメールキンとか、大きい所ではグラント系の魔物が襲って来るから、街から街の移動には使えない。だから、もっぱら軍に守られて川を移動するか、陸を歩いて移動するか、どちらかになる。」
ショーンは、へえと感心したように言った。
「じゃあこっちの住民はみんな徒歩だってのか?そりゃまた大変だな。まあ狭い島だし、それでも何とかなるのかも知れねぇが、いったいオレ達はどこまで行こうとしてるんでえ?」
カーティスは、歩きながら先を指した。
「この方角へ、このペースで4時間歩けば着く。近い方だぞ?」
ショーンは、さも嫌そうに顔をしかめた。
「4時間が近い?飛べば半時間も掛からないのにか?」
慎一郎が、横から割り込んだ。
「分かったから我慢してくれないか。オレ達だって飛べるもんなら飛びたいんだ。だが、術を知らない。教えてもらえたら、オレ達にも飛べるっていうなら、覚えるがな。」
ショーンは、うーんと唸って四人を代わる代わる眺めてみたが、残念そうに首を振った。
「…駄目だな。お前達の気の量じゃあ、飛べてもすぐに気を使い切っちまう。オレは、大地の気を吸い上げる能力があるから、無尽蔵に術を放てるんだが、お前達は体の中にある気を使い切ったらそれで終わりだろう。」
慎一郎は、頷いた。
「だったら、黙ってついて来い。オレ達だって、面倒だが仕方がないんだぞ。あっちの世界だったら、車だってバイクだってあるのに、こっちじゃこの有様なんだからな。自分だけがストレス溜めてると思わないでくれ。」
ショーンは、諦めたように肩をすくめた。
「ああ分かったよ。すみませんね、こらえ性が無くて。」
別に怒っているのではないようだったが、それでも機嫌は悪くなったようだ。
慎一郎はまたため息をついて、いつまでこんな風に我慢しなければならないのだろうと、先を悲観する気持ちになったのだった。




