遭遇
慎一郎と玲、亮介とカーティスは、居間へと戻ってその床に、思い思いに寝転がった。
慎一郎は横になったものの眠ることが出来なかった。
たった一つだけ残っていたランプに火を入れていたが、その仄かな光に照らされた回りを見ていると、玲は壁の方を向いて、背中が規則的に動いているので、もう眠っているようだ。カーティスは、何やら腕輪を見て指を動かしていたので、操作しているのだろう。亮介は、床は冷えて体が痛くなると木のテーブルの上に横になっているので、慎一郎からはその様子は見えなかった。
遠い天井を見ていると、今までのことが頭の中を過ぎって行った。ここへ来てから、船を降りた時は必死だったが、シアラでの生活は、旅行でも来ているような感じがして、それなりに楽しんでいた。実はシアラに居た時は、そうやって毎日をこなしていれば、すぐに帰る方法ぐらい見つかるものだと思っていたのだ。
それが、あれほど長く滞在していたのに、毎日の仕事をこなしてもこなしても、変わったことなど何も起こらなかった。
そのうちに、そのままで居ては何も変わらないのではないのかと、俄かに焦り始めた。
その焦りは、どうにかして活路を見出そうという苛立ちになり、回りの仲間へと向けられた。なので、シアラでの最後の数日間は、単発の仕事で稼ぎながらも、イライラと自分のやり方を押し付けていたのが災いして、共に仕事に出ていた翔太や玲、亮介達との間に亀裂を生じさせていた。
そしてそれは、クトゥで暴発した。
結果的にそれで、海斗達とも出会うことが出来、自分がシーラーンへ軍と共に向かったのは間違っていなかったのだと思う。
だが、海斗達が来てくれなかったら、今頃は聡香と二人で、シーラーンで自分の手に負えない事態になっていたかもしれない。
自分の無謀さに、慎一郎は呆れていた。
これは、もうゲームではないのだ。仲間と何かあったとか、うまく行かないからと言って、さっさとログアウトして現実の生活に集中するということが出来ないのだ。
ゲームの中でのように、気ままであってはいけないのだ。
慎一郎は、ここへ来てやっとそれを自覚していた。
自分の未熟さにフッと息をついて寝返りを打つと、何かの音が、カツンと聴こえた。
誰かが寝返りを打ったのかと見回したが、玲は死んだように背を向けて動かないし、ここから唯一見える亮介の足も動いていない。
カーティスへと視線を移した時、カーティスが同じようにこちらを見ているのと目が合った。
「今、通路の方から音がしたか?」
カーティスが、ほぼ口を動かすだけで言った。慎一郎は、カーティスにも聞こえたのかと、頷いた。
「通路の方からだったか?」
同じように小声で慎一郎が答えると、カーティスは頷いて、そろそろと起き上がった。
それに倣って慎一郎も思わず息をひそめて起き上がると、少し離れた位置に居る玲を起こそうかどうか迷った。
音は、あの時聴こえたカツンという音以外、もう今は聴こえて来ない。もしもこれが何もなければ、寝ているのを起こすのは気が退けた。
それを考えている間にも、カーティスはゆっくりと扉の方へと進んで行く。
慎一郎は、固唾を飲んでそれを見守った。
そして、扉の前に立ち、確認するようにカーティスがこちらを振り返った。
慎一郎は、カーティスに頷きかけた。カーティスは、緊張気味に頷いて、その扉を開こうと向かい合った、その時だった。
その扉が、何の前触れもなくバンと音を立てて開いた。
「うわ!」
真正面に居たカーティスは、仰天して叫び声を上げた。
もちろんのことそれを見ていた慎一郎も飛び上がって立ち上がり、剣を抜いて構える。
玲が今の今まで寝ていたのが嘘のような瞬発力を見せて起き上がり、同じように剣を構えているのが視線の端に見えた。亮介は、突然のことの驚いて起き上がろうとして、寝ていたテーブルの上から転がり落ちた。
そんなことが一瞬で起こったのに、慎一郎はそのどれも、注意してみることが出来なかった。
なぜならそこには、紫に近い赤い髪に、緑の瞳の、それは美しい女が一人、立っていたからだった。
「あら…誰も居ないのだと聞いていたのに。」その女は、こちらとは違って落ち着いた様子で言った。「あなた達は、考古学者?…ではないわね。学者が甲冑なんか着てるわけないだろうし。」
一番間近に居るカーティスは、口をパクパクさせている。
慎一郎は、まだ剣を構えたまま、じっとその女を睨んで言った。
「…ここの入口は、この近くにある仕掛け式の物だけのはずだが?」
その女は、意外だ、という顔をして慎一郎を見た。
「え?あなた達、奥まで言ってないの?奥にもあるじゃないの…ほら、天井が無い部屋があったでしょう?」
慎一郎は、見る見る眉を寄せた。あそこから入って来たと言うのか。
すると、その背後から男の声がした。
「おいおい、こっちにゃ魔法を知らねぇ奴の方が多いんだって言ったろう。こいつらだって、旅の途中の仮宿ぐらいのつもりでここに居たんじゃねぇのか。邪魔しちまって悪いな。」
そこを出て来た男は、銀髪に、ランプの光のせいか、赤い瞳に見えた。そして、その扉を居間へと入って来て、警戒する慎一郎達を気にも留めない様子で、手を振った。
すると、まるで朝日が昇ったように、パアッとそこが明るくなった。
「で、甲冑着てるなんて珍しいじゃねぇか。こっちの奴らは腑抜けで自分で戦えないって聞いてたんだがな。」と、床で転がったまま固まっている亮介を見て、苦笑した。「おい、仲間が転がってるぞ。」
後ろに居た、玲がその男から視線を外さずに、亮介を助け起こす。慎一郎は、言った。
「…オレ達は、ここの住人じゃない。信じてもらえるかどうか分からないが、異世界から迷い込んで帰る方法を探してる最中なんだ。お前達は、どこから来たんだ?」
その男は、粗暴な口調ではあったが、よく見ると品のある綺麗な顔をしていた。その顔をしかめて、傍らの女の方を見る。女は、言った。
「そうね…異世界から来たっていうなら、言ってもいいのかもしれない。私達は、ここから北にある大陸の、山脈の向こうにある国から来たの。私達から見ても、ここは知らないことだらけの場所でね。前にも一度調査に来たんだけど、その時も異世界から来たっていう人達と会ったと言ってたわね。もしかして、あれからずっとここに居たの?まだ帰れてないってこと?」
慎一郎は、首を振った。
「いや、オレは最近にここへ来たんだ。しかし、カーティスは15年前にここへ来てしまって、その調査に来ていた奴らにも会っているらしい。だが時間こそ違うが、オレ達は同じ世界から来て、そこへ帰りたいと思っている。」
男の方が言った。
「ふーんそりゃあ厄介だな。ここじゃ帰る方法も見つからねぇだろう。文化も魔法も発展してねぇし、何より面倒そうな王が統治してるらしいじゃねぇか。オレ達は内政に干渉しちゃいけねぇって言われてるんで、その王をどうこうできねぇんだけどよ。いろいろと、お前達自身が頑張ってくれねぇと帰れるもんも帰れねぇってことだ。」
慎一郎は、剣先を少し緩めた。
「じゃあ、お前達は帰る方法を知ってるのか?文化も魔法も発展した国に居るんだろう?」
男と女は、顔を見合わせた。
「そうだなあ、助言ぐらいは出来るかな。」男の方が言う。女が、諫めるような顔をしたが、男は言い訳がましく言った。「仕方ねぇだろうが。このまま放って置くのもかわいそうだしよ。リリアが心配ならお前は帰れ。オレが残るからよ。」
リリアとは誰だろうとこちらの四人が困惑していると、女が答えた。
「別にあの子は学校の宿舎に居るんだから心配なんてしてないわ。ただ、あなたが危ないことをしようとしてるんじゃないかって心配してるんじゃないの。分かってるの?もう若くないんだからね。もう40歳越えてるのよ?」
男は、顔をしかめた。
「あのなあオレには魔法があるんだよ。オレは大丈夫だっての。」
「それが奢りっていうの。いいわ、じゃあ私も残るから。」
そういって手を振った時、女の左腕に、赤い石がくっついているのが目に入った。慎一郎は、それを見て思った…大陸のファッションか何かだろうか。
男は、ため息をついて言った。
「リリアナ、お前だって若かねぇ。お前は帰れ。で、陛下にご報告して来てくれ。今回ここへ来たのは、あれの様子を調べてお知らせするためだったろうが。急に二人とも帰って来ないとなれば、陛下だって不審に思われる。」
リリアナと呼ばれたその女は、膨れっ面になって言った。
「もう、あなたはいつもそうなんだから。分かったわよ、でも様子は知らせて。」と、腕輪をした腕を上げた。「わかった?」
男は、面倒そうに手を振った。
「わーったって面倒だなほんとに。」
そう言った男の腕には、同じように腕輪があった。慎一郎は驚いて、自分の腕輪と見比べた…幾らかこちらの方が新しい型のように見えるが、あちらの物は細かい細工があって、ビンテージ風のアクセサリーにも見えた。
「それは…腕輪か?通信の出来る?」
男が、こちらを振り返った。
「ああそうだ。お前達も持ってるのか?やっぱり異世界から来たからか。こっちの住人は持ってないだろう。」と、ずいと慎一郎に寄って来てその顔をじーっと見た。「…なんだろうな、見たことあるような人種だ。黒髪にアイボリーの肌だし…」
リリアナが、言った。
「私もそう思ったのよ。サキと似てない?あの子も大国主様の世界から来たんだから、異世界よね。もしかしたら、そっちから来たのかしら。」と、首を傾げてじーっと遠慮なく慎一郎を見た。「あなた、ニッポンって知ってる?」
それを聞いて、亮介も玲も、手にしていた剣を放り出して寄って来た。
「日本?!オレ達が来た世界の国だよ!オレ達は、そこでゲームしててこっちへ来てしまったんだ!」
リリアナと、男は顔を見合わせて困ったような顔をした。そして、男の方が言った。
「そりゃあ…ほっとけねぇな。まああっちじゃいろいろ事情はあったんだが、恐らくこっちでも事情があってお前達はこっちへ来ちまったんだろう。あのな、恐らくだが、お前達はその、ゴタゴタを何とかしねぇと元の世界へ帰ることたぁ出来ねぇ。」慎一郎達が表情を硬くすると、男は続けた。「別に、お前らだけだったら帰れるかもしれねぇ。だがな、ここで起こってるゴタゴタを何とかしないで戻ったら、また別の誰かか、もしくはまたお前らかが、こっちへ呼ばれちまう、と思う。あくまで、これは大きな意思のもとに起ってるんだろうってことだけは、オレ達にも分かるんだ。今まで、お前達が信じられないほど、いろんなものを見て来たからな。そんなわけで、帰りたいなら覚悟を決めるしかない。」
玲が、すがるような目で男を見た。
「それは、いったい何だ?オレ達は、何をどうしたら帰れるんだ?」
男は、困ったように静かに首を振った。
「分からねぇ。オレ達だって、それを模索しながら旅をした経験があるんだ。こっちのことは、オレ達もノータッチで来たし、そんなに知らねぇ。だから、一緒に行ってやる。オレがどこまで口を出せるか分からねぇが、居ないよりマシだろう。お前達が帰れるように、一緒に考えてやろう。」
リリアナは、ため息をついた。
「じゃあショーン、私は帰って陛下にご報告するわ。あなたは、とにかく無茶をしないこと。分かったわね?」
ショーンと呼ばれたその男は、頷いた。
「ああ。お前も気を付けろ。」
「誰に言ってるのよ。」
リリアナは、ふふんと笑うと、奥へと戻って行った。それを見たカーティスが、不思議そうに言った。
「奥へなんて、天井しか出る所がないのに。あの女の人だけで大丈夫なのか?」
すると、ショーンは苦笑した。
「ああ、奥にはまだ仲間が居るんだ。それにオレ達は飛べる。こっちの命の気の量なら余裕だ。って言っても、お前らにはピンと来ないか。」
玲と亮介、慎一郎とカーティスは、顔を見合わせる。ショーンは、息をついて側の椅子へと座った。
「よし。オレだってどこまで言っていいのか内政不干渉の原則ってのがあるから困るんだが、しかしお前達は外から来たんだろう。聞きたいことがあったら、答えるぞ。言ってみな。」
慎一郎は、真っ先に同じテーブルの椅子へと座った。
「聞きたいことが、山ほどある。」
他の三人も、同じように椅子へと腰かけて、同じテーブルでまるくなった。
ショーンは、頷いて言った。
「お前達が無事に帰れるように、オレも協力する。さっき嫁が呼んでたから知ってるだろうが、オレはショーン。嫁はリリアナ。お前達も、自己紹介から頼む。」
そうして、四人はショーンに向かい合って、話し始めた。




