遺跡3
奥への扉を入ると、またその広い劇場のような部屋は光を失くして真っ暗になった。
それを忘れていたカーティスと亮介は、急いでそれぞれの灯りを着け、慎一郎の後ろへと続く。
慎一郎も今は、腕輪を光らせて前を進んでいた。
その通路は、今まで歩いて来た通路と何ら変わりのないもので、石のレンガを積んで作ってある。
こんな地下に潜る形で、どうやって建てたのかと不思議だったが、それに答えをくれる者は、ここには誰も居なかった。
歩いていると、また突き当たりに扉があった。
慎一郎は、三人を振り返ってすぐ後ろについて来ているのを確認してから、その扉に手を掛けた。
すると、そこはまた広い部屋だった。
天井からは、ちらほらと星が見える…恐らくは、昼間ならここから日の光が降り注いで、それは美しい様だろうと思われた。
その部屋の真ん中には、前の広い部屋で見たのと同じような、台座が一つ、ポツンとあった。
調度光が降り注ぐ、真下になるかと思われる位置だった。
「へえ…」亮介が、興味を持ったように中央の台へと足を進めて行く。「ここも、何かを奉ってた場所なんだろうか。」
慎一郎は、慎重にその後ろへと歩み寄った。
「おい、気軽にうろうろするな。どんな仕掛けがあるか分からないんだ。向こうの光の魔法だって結構なもんだったし、何か他の仕掛けがあってもおかしくはない。」
亮介は、苦笑した。
「まあ確かにそうなんだが、これ以上警戒のしようもないよ。」
確かにそうなんだが。
慎一郎は同じように苦笑しながら、台座を調べた。その台座にの横には、何かの文字が刻んである。どうも、この台座の説明がされてあるようだったが、今までスラスラと読めていたこの土地の文字とは違い、慎一郎には読めなかった。
「…ここに、何か書いてあるぞ。オレには読めない。お前ら読めるか?」
すぐに、カーティスと玲、亮介はそれを覗き込んだ。しかし、三人は額を付け合わせてそれを睨んでいたが、三人とも首を振った。
「無理だ。」カーティスは、息をついた。「これは古代語ってヤツだ。オレ達が見つけた本の中にもこの文字で書かれたヤツがあったんだが、それは読めないから調査に来てた奴らに渡した。あいつらの中にも、読めるヤツと読めないヤツが居たようだったし、かなり古い文字らしいぞ。」
慎一郎は、小さく息をついた。
「じゃあここが何なのか分からずじゃないか。ここは、それだけ古くからある建物ってことで、説明書きがあったとしても、みんなこの文字ってことだろう。誰にも読めないじゃないか。辞書とか無いのか?」
カーティスは、首を振った。
「無いよ。なんでもあっちの大学でも研究されてる文字らしいけど、学者でも解読に時間が掛かるって聞いた。」
玲が、諦めたように言った。
「じゃあ辞書なんか無いな。」と、回りを見回した。「他に何か無いか?調査員達が何年も掛けて調査してたってことは、さっきの広間とこの場所には特別な何かがあったってことだろう。見たところ、この台座以外ここには何もないようなんだが。」
慎一郎は、あっちこっちに光を当ててそこをぐるりと歩き回った。
暗いのだが、天井が開いているからかそこからの月明かりで、結構な範囲が見渡せる。
それでも、目ぼしい物はないようだった。ここからどこかへ行くための、扉すらここには無かった。今ここへと来るために通って来た扉があるだけだ。
「何もないな。その調査員とやらは、引き上げる時綺麗に片付けて行ったんじゃないか。それこそ、ここの考古学者が調べに来るまで置いておくつもりで。」
カーティスは、それを聞いて顔をしかめた。
「さっきも言ったようにあり得ないよな。」と、うろうろと同じように歩き回った。「でも、だったら本だって結構な量があったんだ、ここへ置いて行ってるはずだろう。どこかにあるんじゃないか。その、発見された状態のままに戻してあるってことじゃないのか。」
亮介が、はあとため息をついた。
「待てよ、じゃあ隠されてるかもしれないんだよな?この感じだと、古代ここに居た奴らってのは、恐らく魔法に長けてたわけだから、同じように魔法を使えない奴らには見せないようにしてた可能性はあるんじゃないのか。」
そう言われてみると、そうだった。
ということは、ここに来ていた調査員達は、その魔法を知っていたということになる。
慎一郎は、頭上に見える星々を見上げた。
「…まあ、だったら仕方がない。ここが行き止まりで、天井が開いているのに、オレ達はそこから出る方法は分からない。だが、恐らくその調査員達は知っていた。そこから出入り出来たんだろう。そして、こんなに堂々と地上へと出入り口が開いているのに、軍も異世界からの戦闘員と呼ばれるオレ達も、その場所を探し出すことは出来ずに居る。つまり、オレ達には想像もつかない力のもとに、ここはあるってことじゃないのか。」
玲は、慎一郎を見上げた。
「珍しく諦めたようなことを言うじゃないか。だが、その通りだな。オレ達には過ぎた場所ってことだ。知識が追いついてから来いってことか。」
慎一郎は、頷くと踵を返した。
「さ、じゃあここにはもう用はないな。何があるのか分かっただけでも良かったじゃないか。行こう。」
カーティスが、後ろについて来ながら言う。
「まあ暇つぶしにはなったか。だがすぐには帰れないぞ…メールキンの狩りが始まる時間だしな。オレ達が居間に使ってた場所まで戻って、そこで寝て朝を待とう。」
そうして、四人はその部屋の星空を目に焼き付けてから、元居た場所へと戻って行ったのだった。
美夕と翔太、海斗、レナートの四人は、ラファエルとの話し合いを終えて、食事をもらい、浴場も使わせてもらって、快適に夜を迎えていた。
ここの浴場は、地下水を汲み上げた豊富な湯量のとても広い大浴場で、その大きな浴槽を真ん中でついたて用の板一枚で分けていて、男女で左右に分かれて入るようになっていた。
美夕は、最初驚いたが、翔太の、「お前のことなんか誰も見たかねぇ」という言葉で恥じらっているのが馬鹿らしくなり、さっさと先に入って体を洗い、湯船に浸かって、翔太達男組が入って来てこちらに背を向けて洗っている間に、その背後をさっさと通り過ぎて、そこは分かれている脱衣所まで戻り、無事に入浴を終了した。
それにしても、ここへ来てからこんな風にお風呂に浸かるということが無かったので、美夕は思ってもみないほどリフレッシュした。
風呂から出ると、着ていた服はリーリアが魔法で綺麗に浄化してくれていて、クリーニングにでも出したかのように綺麗になっていたのも良かった。
リーリアは、歳も近くとても気さくで可愛らしい女性だった。
どうして巫女になったのかと聞くと、困ったように微笑んで、ここに生まれたから、と答えていた。どうやら、ここに生まれた女性だけが、巫女になっているようだった。つまりは、ここに生まれたら有無を言わさず巫女なのだ。
お風呂から出て着替えた美夕は、そのままリーリアの部屋を間借りすることになっていたので、そこへ連れて行かれ、翔太達男達は、ここの男性達が使っている部屋の方へと案内されて行った。
リーリアの部屋へと入って行くと、そこは簡素でありながら、女の子の部屋という感じで、テーブルの上には、美夕が街道を歩いた時などに見た、花が花瓶に生けてあった。
ベッドは木で作ったもので、ここには二つあったが、一つは使った跡が無く、そちらは空いているのだとリーリアは言っていた。
そのベッドへと腰かけて、ホッと息をついた美夕は、同じようにベッドの腰かけてこちらを見て微笑んでいる、リーリアに言った。
「こんなに寛いだのは久しぶりよ、リーリア。この部屋でいつも寝起きしているの?」
リーリアは、それは嬉しそうに微笑んだまま頷いた。
「ええ。ここは私がここへ来てからずっと居る部屋。赤子が生まれたのは私で最後なので、この部屋に同室の人が来ることがずっと無くて。誰かが一緒なのは初めてで、とても嬉しいわ。」
美夕は、驚いて目を丸くした。
「え、ここには子供が居ないの?リーリアが一番若いってこと?」
リーリアは、頷いた。
「ええ。私は今、生まれて20年だといったでしょう?それから、誰も生まれていないの。」
美夕は、20歳にしてはとても子供っぽい反応をするリーリアが、とてもかわいく感じて仕方なかった。
「そういえば、ラファエル様は22歳って聞いたわ。私と翔太も同じ歳なの。リーリアは、その後に生まれたってことね?」
リーリアは、また頷いた。
「ええ。私が生まれた時には、もうラファエル様はアガーテ様に連れて来られた後でしたわ。私はパルテノンで生まれたのですけれど。父も母も、パルテノンに住んでいた人でしたけど、今はもう居りません。」
美夕は、え、とリーリアを見た。
「アガーテ様が連れて来た、って…ラファエル様は、パルテノンで生まれたかたじゃないの?」
リーリアは、あ、と口を押さえた。言ってはいけない事だったのか、と思ったようだった。
しかし、一度口から出たことは引っ込めることは出来ない。
リーリアは、しばらくそのまま黙っていたが、観念して、回りを見てから、小さな声で言った。
「あの…そうなのですわ。ラファエル様は、赤子の時パルテノンの台座の上に捨てられておったのだと聞いております。でも、あんな場所に入って来れるような人は居りませんし、アガーテ様はラファエル様が現れた時、神のお姿を見たのだと言っておられた。その赤子を育て、皆の力とせよ、と神は仰ったのだと。そして、お名をラファエルとすると仰ったと。アガーテ様は、それからラファエル様を神の御子だと言ってお育てになりました。確かに、ラファエル様は大変に強いお力を持ち、神の御言葉もすぐに理解し賢いお子で、誰もがそれを疑わなかったのだそうです。私も、幼い頃ラファエル様と一緒に育ちましたが、とても敵わないほど落ち着いていらしてそれは強いかたでした。」
美夕は、その話を目を丸くして聞いていた。ラファエルは、やはり普通の子供ではなかったのだ。ちょっと頭が良くて力が強いから祭り上げられたのかとも考えられたが、あのアガーテがそう言うということは、嘘ではないように思えた。
何しろ、アガーテ自身の子供であるとは、歳から考えてもあり得ないことだし、突然に連れて来たというのなら、アガーテを信じるしかないからだ。
でも、今の言い方を聞いていると、リーリアはそれほどラファエルを心酔しているようでもないようだ。自分の気持ちというよりも、皆がそう言っている、という言い方だったからだ。
「…もしかしてリーリアは、ラファエル様と一緒に大きくなったから、それほど特別視してない感じ?」
リーリアは、それを聞いてびっくりして両手で口を抑えた。
「え、え、私、何かそんな言い方しました?あの、ごめんなさい。そんなつもりじゃ。」
美夕は、慌てて首を振った。
「違うの!責めたんじゃなくて、なんとなくそう思っただけ。ほら、一緒に育ったんなら、きっと幼馴染みたいな感じじゃないかなって。他に子供も居なかったんなら、兄弟みたいな感じじゃないかなって思っただけ。」
リーリアは、しばらく口を抑えていたが、それを放して、ハーッとため息をついた。
「…そうですの。私ったら、とても浅はかで。ラファエル様は、兄のように私を庇ってくださって、幼い頃からいろいろと術を教えてくださいました。私があまりに場の空気も読めないし、いつもやらかしてしまうので、案じてくださって。申し訳ないのですけれど、ミユさんが言う通り、兄弟のように思っておるのです。いつもアライダに叱られてしまうのですけど。」
美夕は、あの厳格そうな巫女を思い出した。確かに、あの巫女なら叱るような気がする。
「気にしちゃ駄目よ。ラファエル様は、別に気にしてらっしゃらないんでしょう?」
リーリアは、それにはすぐに頷いた。
「ええ。あのかたは、そのようなことにはこだわられないのですわ。本当に、神の御子であられるんだろうなあって、そういうことを実感する度に思います。」
美夕は、フフと笑った。
「ねえ、仲良くしましょうね。私、ここではまだ友達が居ないから、とても嬉しいわ。なんだか似ているように思うの。妹みたいな感じ。」
リーリアは、それは嬉しそうに笑った。
「まあ、私も。お姉様みたいに思いますわ。仲良くしてくださいね。」
そうして二人はそれからも楽しく会話して、夜は更けて行ったのだった。




