遺跡2
通路を進むと、扉があり、それを入って行くと、中は広く天井の高い、とても快適な温度で空気もこもっておらず、思いもかけず過ごしやすい場所だった。
地下なので窓がなく、真っ暗なのが大変だったが、ここに幾つかのランプを持って来ておけば、充分に暮らせそうだった。
カーティスは、懐中電灯をあちらこちらへ向けて説明した。
「ここは居間みたいに使ってた空間で、普段はここでみんなで話したり食事をしたりしてたんだ。向こうの扉を入って行ったら、それぞれの寝室にしてた部屋が点々とあるんだ。で、その奥は貯蔵庫に使ってたんだが、その更に奥へと通じる通路があって、その奥が北の調査員達が居た空間だった。」
慎一郎は、その居間のしていた場所を見て回りながら、言った。
「その奥って所には、一度でも行ったことがあったのか?」
カーティスは、首を振った。
「無い。奥でも一番手前の場所までは入ったことはあった。そこで、向こうの人達と話してたからな。だがその奥へは、あっちがこっちへ干渉しないことを条件に、こっちもあっちへ干渉しないようにって言われてたから、一切奥には行けなかった。何しろ、向こうの方が物知りだし、破ったら何されるか分からないし怖いじゃないか。」
慎一郎は、首を振った。
「別に責めてるわけじゃない。行ったことが無いなら、今がチャンスだろうが。思い出に浸るより、そっちを調べに行こう。」
カーティスは、不満そうに頬を膨らませた。
「別に思い出に浸ってるわけじゃない。懐かしかっただけだ。」と、ひとつの扉へと足を進めた。「ここからその通路に出られる。行こう。」
明らかに機嫌を悪くしたようだ。
それでも、カーティスは通路へと出て行った。
後を進みながら、玲が慎一郎に小声で言った。
「ちょっと考えて言えよ。お前は相手に誤解されるような言い方するから。焦るのは分かるが、何でも思うように進まないものだ。」
そんなつもりはなかったが。
慎一郎は、顔をしかめた。どうも、自分のペースを乱されるのが嫌いなので、それが態度に出てしまうらしい。
そこは気を付けなければと思いながら、黙って前を進むカーティスの背を追った。
相変わらず暗い中、石造りの建物の中を進んで行く。やはり結構な時が経っているのか、石造りとは言っても少し傷んで来ていた。
そんな中、通路にある幾つかの扉を抜けた後、また広い、入口近くで見た居間と同じような場所へと出た。
カーティスが、そこまでずっと黙っていたが、振り返った。
「ここが、調査員達と交流していた場所だ。」と、たった一つある、両開きの扉を指さした。「あの扉から、奥へと向かってた。出て来るのはいつも同じ人達だったが、もっとたくさん人が居たみたいだった。なのにオレ達が顔も見たことが無かったって事は、奥には今オレ達が入って来た入口以外に、出入り口があるんだろうなって思ってた。」
慎一郎は、黙って頷いた。亮介が、言った。
「じゃあ、行くか。もう誰も居ないんだろう?」
カーティスは、頷く。
「居ないと思う。居た頃、常にここには、無人でもランプを置いて明るくしていたから。真っ暗だってことは、やっぱりもう引き上げたんだなって思ったよ。」
「じゃあ、行こう。」玲が、カーティスの背中を押した。「翔太達が帰って来るまでにはここを調べて帰りたいって思ってるんだ。奥がとんでもなく広かった困る。」
カーティスは、少し驚いたように背中を押す玲を振り返った。
「全部調べるのは無理だと思うぞ?あいつらは結構な時間をかけて調べてたんだ、見て回るぐらいしか出来ないんじゃないか。」
玲は、それでもカーティスを押して進んだ。
「それでもだ。手におえないなら戻って翔太達を連れて来てもいいぐらいなんだから、早く状態を把握しないと。ほら、歩け歩け。」
カーティスは押されるままに扉へと歩いて進んで行く。亮介が、その後ろを苦笑して進み、慎一郎が更に後ろを歩いた。
通路は、やはり暗かった。
しかし、カーティスの懐中電灯と亮介の光の魔法のお陰で、足元が見えないということは全くない。
奥の通路とは言っても、ここまででそう変わったところは見受けられなかったが、先頭を行くカーティスはこれまでの足取りとは違い、少し警戒するような顔をしていた。やはり、初めての場所なので何が起こるか分からないという気持ちがあるのだろう。
それを見て、他の三人も俄かに緊張したが、それでも慎重ながら、さっさと足を進めていた。
しばらく歩くと、突き当たりに扉があり、そこを入ると、また部屋があった。
その部屋自体は他のさほど変わりはなかったので珍しくはなかったが、その正面にある扉が、明らかに今までとは違った。
両開きで背が高く、かなり大きな扉だ。
扉自体に綺麗な彫り物の装飾がしてあり、年月が経っているだろうに、それは廃れていなかった。
「こんな扉は、初めて見るよ。」カーティスが、それを見上げて目を丸くしていた。「オレ達が居た辺りには、こんなに凝った扉は無かった。」
慎一郎が、それに歩み寄ってじっと見つめた。
「石だが、結構な厚みがありそうだ。」
亮介は、その扉に手を掛けて、押してみた。だが、扉は開く様子はない。
「…何をしてるんだ?」
慎一郎が、亮介を怪訝な顔をする。亮介は、言い訳するように振り返って言った。
「いや、本当に重いんだって!お前も押してみろ。」
慎一郎は、頷いてその扉へと歩み寄り、同じように両手でその扉を押してみた。
びくともしなかった。
「…本当に重いな。鍵でも掛かってるのか。」
カーティスが、心配そうに見た。
「確かに…ここの入口だってあんな感じで開くし、何か細工があってもおかしくはないな。」
しかし、玲が歩み寄って扉を調べるように見上げながら、言った。
「いや、そんな感じじゃないだろう。恐らく重いから開かないんだ。魔法で押せば、恐らく開くぞ。」
それを聞いた亮介が、途端に元気になって手の平を扉へと押し当てた。
「だったらオレの出番じゃないか。よしよし、任せてくれ。重たい物ならこれで。」
亮介の手から、光が溢れて眩しい。
いきなりのことだったので、皆は慌てて自分の目を庇った。
そんな皆の耳に、ギギギギと重い物が擦れる音がして、扉は奥へと押されて開いて行った。
「おおおおさすがだな、亮介。」
玲が、感心して言った。慎一郎が、目を細めて真っ暗なその中をじっと見つめたが、何も見えない。
カーティスと亮介が急いで中を照らすと、そこはかなり広い場所のようで、それぐらいの光では照らし切れないようだった。
「なんだ?ホール並みに広いみたいだ。」
玲が言うと、慎一郎が頷いて足を進める。
「中に行くより方法はないな。」
「おい、何か仕掛けがあったりしたら…」
カーティスがそう言って止めようとした時、慎一郎はもう、中へと足を踏み出していた。
すると、一瞬にしてパアッと視界が開けた。
その部屋は、かなり大きなコンサートホールのような場所だった。
それが、慎一郎が足を踏み入れた瞬間、どこから明るくなっているのか分からないが、まるで夕焼けのような光の色で、部屋の中が満たされて明るくなったのだ。
呆然と、慎一郎は光の中でその広い部屋を見た。
同じように呆然としていた玲と亮介とカーティスが、我に返ったようで急いで慎一郎を追って駆け込んで来た。
「慎一郎!おい、大丈夫か!」
慎一郎は、そう言われて我に返り、駆け寄って来た三人を見た。
「あ、ああ、大丈夫だ。入ったら、いきなり照明が着いた…だが、光源はどこだ?」
三人は、天井を中心に見回した。
しかし、目ぼしい照明はなかった。まるで、壁全体が光っているような、そんな感じだった。
「…魔法だな。」
慎一郎が言うと、皆が頷いた。魔法だとしか、考えられない。それも、結構強い力で掛けたものが、こうして残っているようだった。
試しに四人で外へ出てみると、光はあっさりと消えて真っ暗になった。そして、また足を踏み入れたら、すぐに照明は復活したのだ。
「こんな場所があったなんて。」カーティスは、呆然とその、コンサートホールの舞台になるかと思うような平らな場所に向かって、大きな階段を降りて行きながら言った。「この建物の全体なんて知らなかったんだ。だけど、まさかこんなに広いなんて思いもしなかった。」
慎一郎は、先に舞台にあたる場所へと降り切っていて、そこにある、ここへ入る前に見た扉の装飾と同じものが施された、台座のようなものを見ていた。その上には何もなかったが、もしかしてここが神殿だとしたら、供え物などを置く場所のようにも思えた。
「これしかないな。」玲も、後から来てその台座を見て言った。「供え物を置く台か?だが、何を奉ってるんだろうな。神の像とかありそうなもんだが。」
しかし、辺りにはそれらしい物は何もない。人型の彫像はおろか、何か象徴的な物も何もなかった。ただ、壁があり、まだどこかへと繋がるらしい扉だけがあった。
慎一郎は、その扉を見た。
「ここには何もない。調べたら何かあるのかもしれないが、パッと見たところ何もないみたいだし、オレは奥へ行きたいんだが、お前達はどうする?ここをもっと詳しく調べるか。」
亮介と玲は、顔を見合わせた。慎一郎が、こちらに意見を聞いている。今までなら、有無を言わさずさっさと奥へ行くぞと足を進めていたはずなのだ。
少しは気を遣っているのかと表情を緩めた亮介が、頷いた。
「オレも奥へ行く。詳しく調べるなら、その必要が出てみんな連れて来てからでいいだろう。」
玲も、同じように頷いた。
「ああ、オレも。カーティスはどうする?」
カーティスは、あっちこっち歩き回っていたが、こちらを見て、言った。
「オレも行くよ。まず全体を見回った方がいいかなと思うからな。」
慎一郎は頷き返し、そうして四人は、奥へと繋がるらしい新しい扉へと向かった。




