遺跡
慎一郎と玲、亮介、カーティスは、日が暮れる中、後をクリフ達に任せてそこを出た。
真樹と聡香がついて来たがったが、何が起こるか分からない今、人数はそう居ない方がいい。
何かあった時例え一人になっても生き残る力のある者だけ連れて行きたかったので、二人は隠れ家に置いて出た。
不満そうな真樹には、翔太達が戻った時に説明する人が要るからだと納得させ、四人は遺跡へと急いだ。
そのうちに日がとっぷりと暮れ、カーティスと離れたらわけが分からなくなりそうだったので、三人は不自然なくらいカーティスに寄って歩いていた。
場所柄、懐中電灯や光の魔法を使うわけにも行かず、見失うことは避けたかったからだ。
カーティスは、苦笑しながら言った。
「心配しなくても放って行ったりしないって。」相変わらず、陽気な英語訛りの日本語だ。「なんなら手を繋いでもいいんだぜ?」
慎一郎は、恨めしげにカーティスを見た。
「暗い森で迷うなんて真っ平なんだよ。オレ達には土地勘が全く無いんだからな。ロープで結んでおきたいぐらいだ。」
カーティスは笑った。
「なんだよ、子供みたいに。この辺りはメールキンの狩り場から離れてるしはぐれても心配ないさ。」
玲が、話題を変えようと言った。
「それでその遺跡ってのは、何の遺跡なんだ?」
カーティスは、首を振った。
「なんだろうな、調査に来ていた奴らは知ってたようだけど。ただ名前は、リツ遺跡だって言ってたよ。後は何を聞いても、それはこの島の考古学者がここを発見してから調べることだからって言って、教えてくれなかったな。この島には考古学どころか、めぼしい学校も無いってのに。」
亮介が驚いてカーティスを見た。
「なんだって?ここには学問がないのか。」
カーティスはなぜか神妙な顔をして頷いた。
「そうなんだよ、学校はない。字は親が子に教える形で識字率は高いけど、その他は全く。首都には士官学校があるらしいけど、それぐらいさ。」
慎一郎は、隠れ家の子供達の事を考えた。そういえば、親に字を教わったと言っていた。隠れているのだから学校にも通えないのだろうと不憫になったが、しかしそもそもここでは学校というものが無かったのだ。
「…賢い王なら、教育が国民にとって大切な事だと知っているだろうし、力を入れているはずだ。宗教もなく教会らしい物も置かず、国民に有用な情報も知識も与えずにいったいどうするつもりなんだ。」
カーティスは、肩をすくめて見せた。
「さあな。軍にばかり力を入れてるみたいだし、力で治める事にしてるんじゃないのか?ここの国の歴史は浅い。オレが知るだけでも、北から人が移住して来たのもそう遠い昔じゃないようだ。最初は移り住んだ場所の人達で小さな集落を作って平和にやっていて、国って認識は無かったらしいしな。それが、急にアレクサンドルが現れて、魔物に犠牲にならないように自分が各街に結界を張ると言い出して、その代わり王として島を統治する事になったらしい。魔法を知らなかった住人達は魔物にとても困っていたので、それを歓迎したのだと。」
亮介は、驚いたようにカーティスを見た。
「なんだって?じゃあアレクサンドルってのは何歳なんだ。この国は建国何年だ?」
カーティスは、うーん、と唸った。
「オレに訊くなよ。オレだって詳しかない。だがしかし、オレ達がここへ来た時にはとっくに王で、住人達も今の状態に慣れてるようだったけどな。カイトなら住人ともよく話すから、あいつに聞いてみたらどうだ?」
慎一郎は、黙ってそのやり取りを聞いていた。15年前にはもう、とっくに王だったアレクサンドル。ならばもう、結構な歳だろう。それなれば排除することも、案外に容易いのかもしれない…。いや、運が良ければ、勝手に死んでくれるかも。その混乱に乗じて、さっさとシーラーンに乗り込んで情報を手に入れる事も出来るかもしれない。
甘い考えかもしれないが、今のように身動き取れない状態であると、どうしても少しの希望にすがってしまう。
慎一郎は、ため息をついてそんな期待を振り払い、そのまま黙ってカーティスの後ろへと従って歩いた。
この世界の二つの月が真上に来た。
カーティスは回りを見回して、慎一郎達にはそこで待つように言い、うろうろとその辺りを歩き回った。
どうやら、その辺の下にある入口を探しているようだった。そのうちに、何やら屈んでゴソゴソとしていたが、こちらを振り向いて、手招きした。
「あった!こっちへ来てくれ。」
こちらの三人は、足早に歩み寄った。
「入口か?」
カーティスはそこに屈んだまま頷いた。
「ああ。」
しかし、そこには目ぼしい物がない。カーティスは、ただ膝ぐらいの高さの草に隠れた、何の変哲もない岩に手を置いていた。
「…岩だな。」
無言になっている二人の代わりに、玲が口を開いた。カーティスは、真面目な顔で三人を見上げた。
「そう、岩だ。だがここにだけこれがあって、最初なんだこれ?って寄って行っただけだったんだ。でも」と、カーティスは、それを横へと押した。すると、岩が横へとグググと動いた。「こうなる。」
途端に、その横にあった地面は無かったことになった。
まさかそんことが起こると思っていなかった亮介が、ちょうどその辺りに立っていたので一瞬にして居なくなった。
「えっ?!亮介っ?!」
慎一郎と玲が、慌てて開いた地面へと駆け寄って覗き込む。中は、階段になっていて、亮介はその広い階段の上に倒れていた。
「いってぇ…入口が開くなら開くって言ってくれよな。」
亮介は、階段で仰向けに倒れていたが、半身を起こして言う。カーティスが、バツが悪そうな顔をした。
「すまん、開く場所がどこだったのか忘れちまってて。まだ十代の頃にここに数年居ただけだったしな。」と、そこへ降りようと足を踏み入れた。「さ、レイもシンイチロウも行こう。さっさと入って下で閉じる岩を動かさないと。」
玲と慎一郎は、言われて急いでカーティスの後を追った。階段を降りる途中で亮介を助け起こして、階段の下へと降りて行くと、そこは幅1メートルほどの、石のレンガが積まれた通路になっていた。カーティスは、その通路の壁にあるレンガがない穴となっている所へ手を突っ込んで、中にある石をグイグイと押す。
すると、階段の上に見えていた星空と二つの月が、見えなくなった。そして、真っ暗になって何も見えなくなった。
「おお?!閉じた!」
亮介が、大袈裟に驚く。カーティスは、ホッと息をついた。
「ここの仕掛けだよ。偶然見つけてから、ここはかなり便利な場所だったんだが、ここには何もないし、オレ達は食べ物を求めてここを出て物資調達に行かなきゃならなかった。だから、出入りするうちに、追われたりもあって、ここが見つかりそうになってたんだ。いつもこの辺りでオレ達を見失うもんだから、軍が山狩りとかしてさ。なので仕方なく、他の隠れ家を探して、そっちへと移動したんだ。ここには一番長く居たから、それなりに思い入れもあるよ。」と、懐中電灯を取り出した。「さあ、奥へ行こうか。ここを抜けたらオレ達が居住区にしてた場所があって、もっと奥だ。」
カーティスは、懐かしいのか心持ち嬉しそうに足取りも軽く先に進んで行く。
懐中電灯を持っていなかったので腕輪を光らせようかと慎一郎が思っていると、亮介がさっさと手を振った。
すると、パッと亮介の方から光が溢れた。
「これで明るいだろ?」
見ると、亮介の額が光り輝いてそこから光が溢れている。
「ぶっ!!」
玲は思わず吹き出して笑ったが、慎一郎は顔をしかめた。
「おい、当てつけに見えるんだが。」
そう言われて、亮介は慎一郎の頭頂部へと視線をやった。そこに毛がない事実を思い出したようで、慌てて首を振った。
「違う違う!懐中電灯はないし、腕輪よりこっちの方がいいと思ったからだぞ!嫌ならやめるが。」
慎一郎は、首を振って背を向けて歩き出した。
「別にいい。行こう。」
亮介は、困ったように玲を見た。玲は、まだ笑いの衝動に耐えながら、頷いた。
「いいって。光らせるならその場所が一番いいに決まってるんだからな。さ、行こう。」
そうして、まだクックと笑う玲と一緒に、四人は奥へと進んで行ったのだった。




