その頃
洞窟の中は、湿気が多いがそれでも外に比べたら幾らか良かった。
住みやすいように洞窟の場所で分けて布などで部屋を作り、物資も豊富でテーブルなども設置してあるので、ここを住居にして結構な年数が経って居るのかと慎一郎は思っていたが、意外にも前の住み処から移動して来てまだ数カ月なのだという。
時に赤ん坊の泣き声などが響き渡り、誰かが急いで音を封じる呪文を唱えて静かに保とうとしている様などを見ていると、やはりここは、隠れ家なのだと思えた。
そんな洞窟の一角には、書物が積んである場所があった。
三人ほど居る小さな子供達は、そこでもう擦り切れた絵本を読んでいた。
隠れている手前、外で遊ぶことも出来ず、あるのはこんな娯楽しかないのかと思うと不憫でもあって、慎一郎はその子達に声を掛けた。
「…字が読めるのか?小さいのに、賢いな。」
そう言われた子供の一人は、顔を上げて慎一郎を見上げた。知らない男なので少し警戒したような顔をしたが、親から話は聞いていたのか、慎一郎の甲冑を見て、言った。
「字は、お母さんに教えてもらったの。お父さんと同じ色の甲冑だね、おじさん。」
その賢そうな男の子は、そう言って慎一郎の甲冑の、腕の辺りに触れる。慎一郎は、笑った。
「そうなのか?坊主のお父さんが誰かは知らないが、同じように戦ってたんだろうな。」と、手にある絵本へ話を振った。「それはどんな話なんだ?」
男の子は、少し頬を膨らませた。
「坊主じゃないよーボクはマルク。」と、絵本を慎一郎に見せた。「おじさん、絵本が読みたいの?」
慎一郎は、困ったように笑った。
「そうだな、知らない絵本だしな。どれ、オレが読んでやろう。」と、絵本を見た。それは、ドイツ語でも英語でもなく、知らない文字だった。それでも言語は日本語で、わかることに不思議な気持ちになりながらも、最初のページを開いた。「ふーん、『世界を作る神様』だと。」
マルクは、得意げに胸を張った。
「ボクは暗唱できるほど読んだよ。お父さんはおとぎ話だからって言うけど、ボクは本当のことだと思うな。」
気が付くと、他の二人の子供達もこちらを見ている。
慎一郎は、その絵本を声に出して読んだ。
その内容は、宗教色の強いものだった。
曰く、一人の力の強い神様が居て、その神様は神様の兄弟たちと一緒に、天で住んでいた。
毎日が退屈なので、他の兄弟神が、世界を作る方法を思いつき、一緒に作ろうと言い出した。
神様は、面白そうだと思って、兄弟たちと一緒に世界を作って見守っていた。
だがある日、その神様は兄弟とケンカして、一人で別の世界を作り始めた。
独りぼっちで寂しいので、それはたくさんの世界を作ったが、あまりにたくさんになってしまったので、一つ一つの世界の面倒を見る人を、力を与えて連れて来た。
それでうまく行っていると思っていたが、面倒を見る人達は、いい人達ばかりではなかった。
世界によっては、住んでいる命が苦しんでいる場所も出て来た。
神様はそれを知って、面倒を見る人達をみんな、天国へ行かせてやめさせてしまった。
そして、兄弟神様と仲直りして、たくさんの世界をつなぎ合わせて、なるべく少なくなるようにして、神様自身が面倒を見るようになった。
でも、やめさせられた面倒を見る人の中には、死ぬのは嫌だって人も居た。
なので神様は特別に、そんな人達の力を取り上げてその、面倒を見ていた世界で、普通に暮らせるようにしてあげた。
めでたしめでたし
という内容だった。
…めでたいか?
慎一郎は、疑問に思った。
特に落ちもなく、こんな絵本特有の、子供を躾けるような内容でもない。
ただ、事実を淡々と述べているだけのようにも見える。
だが、子供達は目を輝かせていた。
「ねえねえ、神様って本当に居るのかな?お父さん達は、この世界には神様が居ないみたいだよって言うの。これはお話だって。外のお客さんも、そう言ってた。でも、おじさんが居た世界には、神様が居たんでしょう?どんな神様だったの?お父さんの神様とおんなじ神様?」
慎一郎は、困惑しながら考えた。お父さんの神様とは、恐らくドイツ人の父親だろうから、キリスト教の神だろう。自分は特に信心深くもないし、しかし日本に居る以上近所にも神社はあった。八百万の神が居る国から来たのだから、神様は居るのだと答えるのがいいのだろうが、如何せん慎一郎には、信じる神が居なかった。
「おじさんの国では神様がいっぱい居るらしいんだが、おじさんは会ったことないし、信じたことがないな。だから、どんな神様なのか分からないよ。」
マルクは、目に見えて残念そうにした。
「そうなの…。やっぱり、絵本ってただのお話なのかなあ。」
そう言うとマルクは、また別の本へと興味が移ったようで、そちらを取り上げて開き出した。慎一郎は、まだその絵本を見つめていた。神が居ない…宗教がない島に、こんな物があるものなのか。
そうやって座り込んでいる慎一郎に、知った声が話しかけて来た。
「なんだシンイチロウ、子供と一緒に読書か?」
振り返ると、カーティスが居た。助けてもらってから、カーティスとはよく話す。歳も近いし、この陽気な男とは気が合った。
「カーティスか。翔太もまだ戻らないし先が何も決まらないから暇だし、子守りでもって思ってな。しかしここには宗教がないのか?こんな本があるのに。」
カーティスは、慎一郎に歩み寄ってその本を覗き込んだ。
「ああ、『世界を作る神様』か。そう面白くもない話だが、それでもここでは数少ない子供の娯楽だからな。これは、15年前からしばらく潜んでいた、地下にあった遺跡みたいな場所で見つけた本のひとつなんだ。他にもあったんだぞ、ほら、呪術書とか。その遺跡で、北から調査に来たって男達と会っていろいろ教わったんだ。」
慎一郎は、興味を持って顔を上げた。
「その遺跡ってのは、どんな場所だったんだ?」
カーティスは、思い出すように遠い目をした。
「そうだなあ…地下にあるのに、どっしりした石で作られた壁に囲まれててな。中は綺麗で、そう年数が経ってないように見えたのに、その調査していた男達が言うには、千年以上経ってるんだってことだった。男達は奥の方に陣取っていて、オレ達はそこまで行くことはなかったが、手前の方は好きに使わせてくれた。数年一緒に居たんだが、軍が辺りを巡回し出してオレ達は自由に物資調達に外へ出にくくなって、そこを出たんだ。男達も、その後すぐに北へ帰ったようだったよ。」
慎一郎は、眉を寄せてカーティスを見上げた。
「その、北ってのはなんだ?ここは島だが、北には陸があるのか?」
カーティスは、困ったように顔をしかめた。
「うーんどうだろうな。その男達はそう言っていたが、それでも北からは他に誰も来なかったし。島の誰にも、自分達の存在を知らせるつもりはないって言っていた。なぜなら、島はあちらの陸の世界とは違った感じで独自に発展していて、陸の人が干渉したら変なことになるかもしれないからって。あくまで、調査と観察だけのつもりのようだった。時が来たら、交流が始まるかもしれないが、とは言っていたけどね。」
内政不干渉の発展した国の人達なのか。
慎一郎は、それを聞いて思った。しかし、その北から来た者達の知識は、慎一郎には魅力的だった。もしかしたら、こちらで起こっているような、異世界から人が迷い込むということを、あちらは経験しているかもしれない。そうしたら、帰る方法も見つかるかもしれないのだ。
慎一郎は、カーティスを見つめた。
「今は、その男達はそこには居ないんだな?」
カーティスは、驚いたように頷いた。
「そのはずだけど。知ってる人なのか?」
慎一郎は、首を振った。
「そうじゃない。遺跡の奥ってのが気に掛かる。聞けばそいつらは、北から来たもっと発展した国の人達なんだろう。だったら、もしかしたら何か情報を持っているかもしれないじゃないか。遺跡の奥に、それがあるかもしれない。」
カーティスは、目を丸くした。
「それは確かにそうだが、調べるのか?あいつらが居た場所を?」
慎一郎は、絵本を置いて、立ち上がった。
「ああ。調べる価値はあると思う。今は手詰まりの状態なんだ、少しでも可能性があることは、掘り下げていく方がいいだろうが。オレが行って来る。場所を教えてくれ。」
カーティスは、首を振った。
「言って分かるような場所じゃない。オレ達が潜んでた場所だと言っただろう。」と、息をついた。「じゃあ、オレが案内してやろう。お前の言うことも一理あるしな。」
「オレも行く。」
すると、急に後ろから声がした。そこには、亮介と玲が立っていた。いつからそこに居たのか、話を聞いていたらしかった。
「ここでじっとしてるのもイライラして仕方がなかったんだ。ちょうどいい。お前の言うことは、もっともだと思うしな。」
玲が言うと、慎一郎は苦笑した。
「オレが信じられるのか?お前ら、オレが独裁だとか何とか言ってたんじゃないのか。」
玲は、慎一郎を睨むように黙った。亮介が、脇から言った。
「確かにお前のあのやり方は気に食わなかったさ。でも、あれで情報も入ったし、こうして15年前の奴らとも合流出来た。だから、それでチャラだ。だがこれからは、皆で考えて何かしたい時は相談するようにしろ。でないと、オレ達だってお前と一緒に行動する時、信じられないから命を預けられんだろうが。それでいいな?」
玲は、じっと黙って慎一郎の答えを待っている。慎一郎は、それを睨み返していたが、フッと息をついて、頷いた。
「まあ悪かったとオレも思ってる。ただ焦っていたんだ。早く帰らないと、あっちの体がどうなるのかってな。弱い者から先に死ぬだろう。そうなると、聡香と美夕が真っ先だ。オレ達は強いから数日いけるだろうが、真樹だってあの細さなら次ぐらいに危ないだろう。悠長にしていられないと思った。」と、玲に歩み寄った。「これからは、一緒に行動しよう。」
玲は、じっと慎一郎の目を見ていた、頷いて、手を差し出した。
「改めて、頼む。」
慎一郎は、その手を握った。
「ああ。こちらこそ。」
カーティスが、それを見て言った。
「よーし、じゃあ仲直りもしたことだし、行くか。まあここから北北西に歩いて4時間ぐらいの所だ。今夕方だから、メールキンの狩りの時間までまだ十分時間がある。さっさと行って、遺跡で調査しながら朝を待って、それから戻って来よう。」
慎一郎と玲と亮介は、それに頷いた。
聡香が、それをこちらから見て、ホッと肩の力を抜いていたのには、誰も気付かなかった。




