再会
アガーテが出て行ってからそこで、場違いなほど綺麗なカップに入れられた、花の香りがするお茶を出されてそれを口にしながら、翔太と海斗は居心地悪げに座っていた。
女達は皆白いワンピースを着ていて、髪も白っぽく、そして部屋の調度も白、壁も白と、眩しくて目を開いてられないほどに白い中、自分までが真っ白に漂白されるような気持ちでそこで黙っていると、リーリアが声を掛けて来た。
「ショウタ様。あの、お茶のおかわりはいかがですか?」
翔太は、ハッとしてリーリアを見た。そういえば、自動的に飲んでいた茶がもう空になっている。
しかし、翔太は首を振った。
「いや、もういいよ。それより、ここには巫女達が居るだな。何人ぐらい居るんだ?」
リーリアは、他の巫女達を気にしながら、言った。
「巫女だけではありませぬの。巫女というのは女性だけなのですが、ここには男性の術者の者達もたくさんおります。彼らは、力仕事や警備などを担ってくれておりまする。」
翔太は、頷いた。
「そうか。結構な人数が居るんだな。」
すると、横からアライダが割り込んだ
「それ以上は、アガーテ様にお聞きくださいませ。」そして、軽くリーリアを睨んで、後ろへと促した。リーリアは、下がって行ってカーテンの前に下を向いて立つ。アライダは、続けた。「あの子はまだ半人前で。何を口にしていいのかの、判断がつきませぬ。御用の際は、私に。」
翔太は、アライダへと視線を移して、言った。
「巫女長は、ここの責任者なのか?だが、誰かラファエルとかいう名前の人を敬うような言い方だったな。そっちが責任者なのか?」
アライダは、首を振った。
「私からは、何も。アガーテ様からお聞きくださいませ。」
翔太は、フッと息を吐いて、横を向いて呟くように言った。
「…なんでぇ。言えねぇって言うだけならリーリアでも言えらあ。」
アライダは、それを聞いて怒ったように目を見開いて息を荒くしたが、それでも何も言わず、黙っていた。
すると、背後の扉が開き、そこから、見慣れた顔が入って来た。
「美夕!」
翔太は、立ち上がった。
美夕は、翔太を見て張り詰めていた気持ちが一気に緩むような気がして、どっと涙が浮かんで来た。そして、滝のような涙を流して、棒立ちになった。
「しょ、翔太…!」
「ショウタ!」
後ろから居場所が無さげについて来ていたレナートが、叫んで飛び出した
「ショウタ…来てくれてたのか。言われた通り、ミユを連れて来たぞ?あんな困難な旅路はもうカンベンだ。」
翔太は、レナートに苦笑した。
「後でとっくりと聞かせてもらうよ。」と、美夕を見た。「なんだお前、汚いな。ほら、鼻水まで垂れ流しやがって。ちったあ強くなってるんじゃないかって期待してたのによ。」
美夕は、翔太から鼻紙を受け取って盛大に鼻をかんだ。そして言った。
「何よ、感動の再会なのに。相変わらず口が悪いわね。」
不満そうに言う美夕の後ろから、アガーテと、白い金髪に赤い瞳の若い男が覗き込んでいる。翔太は、顔をしかめた。
「またぞろぞろ連れて来たな。そっちは?」
美夕が答えようとすると、その男が先に言った。
「我は、ラファエル。皆の面倒を見ている。」
アガーテが、急いで言った。
「ラファエル様は命に刻印を持ってお生まれになった、神の御子であられるのじゃ。我らの王だと思ってもらったら良い。」
翔太は、頷いた。
「最高責任者ってことですね。ではラファエル様。オレは、翔太。こっちは海斗。お話を聞かせて欲しい。」
ラファエルは、頷いた。
「そのつもりでこちらへ参った。座るが良い。」
翔太と海斗は頷いて、元居た椅子へと座った。ラファエルは迷いなく正面の椅子へと座り、アガーテは巫女達がせっせと持って来た椅子へと腰かけた。
美夕は、翔太に目で促されて、その翔太が座っていた椅子の端の、空いている場所に座る。レナートも、なんとなく海斗の横へと座った。
翔太が、言った。
「アガーテ様にも聞いたんだが、オレ達はどうやって元の世界へ帰れるのか知りたいと思っています。この世界を乱すつもりもないし、やるなと言われることはやらない。もしも政府が住民達の警備の仕事を請け負うなと言うのなら、それもするつもりはなかった。ただ何とか帰ることが出来るまで生きて、さっさと帰りたいだけでした。なのに、軍に追われる。最初は騙して連れて行こうとしていた。オレ達はそれに乗らなかったが、そうすると追われて驚いて逃げたんです。訳が分からないまま、今も隠れてます。オレ達は、ここから元居た世界に帰りたい。アガーテ様は知らないと言っていたが、あなたは何か、オレ達が帰るヒントか何かを知りませんか。」
ラファエルは、あっさりと首を振った。
「知らぬ。」顔をしかめる翔太に、ラファエルは苦笑した。「我とて全てを知る訳ではないのだ。この島の事すら、何が起こっておるのか知らぬ。知っておったら我らが襲撃される前に、さっさと皆を連れてパルテノンを出ておったわ。我とて、知りたいと思っている。命に刻印があるとて生まれ出た時何も頭に無かったのだ。少々大きめの力を持ち、起こったことに対処出来るというだけなのだ。」
翔太は、首を傾げた。
「パルテノン?」
美夕が、横から言った。
「その事なの。」不思議そうにこちらを見る翔太に、美夕は続けた。「説明するわ。」
美夕は、翔太にラファエル達とさっき話した事をかい摘んで話した。
海斗は、それを聞いてドンドンと険しい顔になって来る。
翔太は、ただ、黙って聞いていた。
美夕は、言った。
「…だから、パルテノンの護りっていう本を、アレクサンドルの側に置いとくのは危ないと思うの。」
ラファエルは、黙っている。
翔太は、険しい表情のまま、言った。
「確かに、その王ってのは胡散臭い奴だな。そんな大層な物なら、置いておくのは危ないだろう。だが、それがオレ達に何の関係がある?」
そう言われて、美夕はハッとした。自分達に、何の関係もない。
なぜ自分はそんなに必死になるんだろう。
「…確かに…そう言われてみればそうなんだけど…。」
そこで、ラファエルが口を開いた。
「帰りたいのだろう?」翔太は、ラファエルを見た。ラファエルは真剣な思いつめたような表情で続けた。「アレクサンドルは、恐らく何かを知っている。だからこそ、お前達を追い、シーラーンへと集めようとしている。ならばシーラーンへ行けば、帰るための何かを知る事が出来るやもしれぬ。パルテノンは、シーラーンの地下深くに位置している。パルテノンへ向かう事で、何か情報を得られるやもしれぬではないか?」
翔太は、眉を寄せた。
「…オレ達に、手伝えと?」
ラファエルは、頷いた。
「我には力がある。それに地の利もある。しかし一人では出来る事にも限りがある。お互いの利のため、我に手を貸してくれぬか。」
翔太は、厳しい顔のまま黙り込んだ。海斗は、そんな翔太に視線を送ったが、何も言わないので、自分が口を開いた。
「オレ達は、魔法を知っているだけで取り立てて大きな力があるわけじゃありません。戦闘能力があるのは、はっきり言って極少数です。その数人で他の十数人を守っているような状態なんです。15年前には戦力だった者達も、今では年齢が上がってそんな大変な事は出来ないようになっている。オレ達が潜んでいる場所も、何度か軍に見つかりかけて移動している。オレ達が留守にしてしまえば、彼らはひとたまりもないんです。オレ達が居ない間、誰が彼らを守ってくれるんですか。」
ラファエルは、じっと赤い瞳で海斗を見た。
「…何人居る?」
海斗は、瞳を宙へと向けて何かを数えるような顔をした。
「15…いや、16人。戦える人を除いてです。最初から居るのは9人ですが、その後結婚して子供が生まれた人も居るので、その子供も合わせた数です。生まれたての赤ん坊も入ってます。」
ラファエルは、確信を持ったようにひとつ、頷いた。
「ならばここへ受け入れる。」それには、背後で立ち並んでいた巫女達が驚いた顔をした。しかしラファエルは続けた。「ここには、巫女が全部で16人、それを守る一族の男が32人居る。我とアガーテを除いての。年寄りは居ない、アガーテ以外は足手まといになると言って、15年前の襲撃の際に我らが逃れるための盾となってパルテノンで軍の足止めのために自ら残って死んで逝った。最年長のバルナバスでも60で、それでもあれはまだ、現役で戦っておるからの。16人の主らの仲間ぐらい、こちらで守ることが出来るわ。それに、ここには特別な術が掛かっておって、軍の奴らは気取ることが出来ぬのだ。なので、そやつらをここへ連れて参れ。そして、我と共に戦える者達はパルテノンへ向かうということでどうだ。」
翔太と海斗は、顔を見合わせている。
美夕は、そうしたい、となぜか心から思った。今のままでは、どうやって帰るのかも、何をしたらいいのかも分からない。だが、目的をもって動き出したなら、きっと何かの打開策が見つかるのではないかと強く思ったのだ。
なので、言った。
「翔太、ラファエル様と一緒に、パルテノンへ行きましょう。」翔太が、美夕を驚いたように見た。「このままじゃ、どちらにしろ何をしていいのか分からないわ。私達が帰るためにするべきことが、それで見つかるかもしれないじゃない。」
翔太は、じっと美夕を見ていた。考え込んでいるようだったが、しばらく黙った後、フッと笑って言った。
「…お前にゃ力になれないくせに。」美夕が悲しげにショックを受けた顔をしたのを見てから、翔太は続けた。「分かった。オレは行く。だが、オレは15年前の奴らとは関わって来てないから、そっちの決断は海斗次第だろう。オレの仲間だって、オレはリーダーでも何でもないから指示する権利はない。だが、少なくとも、オレはあなたと一緒に行こう、ラファエル様。」
ラファエルは、それを聞いて表情を緩め、頷いた。
「ショウタ。では、少なくとも主とミユは一緒であるな。」
海斗は、戸惑うように言った。
「オレも、行きましょう。」そして、顔を上げた。「ですが、オレ以外の者達のことは、あれらに訊ねてみないとオレが決めることは出来ません。確かに今、オレはあの人達のリーダーのようになってはいるが、それでも何の権限もない。聞いてからでいいでしょうか。」
ラファエルは、また頷いた。
「良い。ならばこれを。」ラファエルが、手を膝の方へと向けて翳すと、その手が光輝いて、コロンと小さな、透き通った緑色の玉がその膝へと落ちた。ラファエルは、それを手に取った。「我との、通信手段ぞ。これに向かって我を呼べ。我にはそれが聴こえるので、そこへ参ろう。」
翔太は、それを恐る恐る手にして、言った。
「すぐに来るって…ここから結構な距離があるんですが。」
ラファエルは、笑って答えた。
「我は、飛べる。」それを聞いた翔太と海斗、美夕とレナートは仰天した顔をした。ラファエルは、ハッハと笑った。「だてに命に刻印があるのではないぞ?だがしかし、しょっちゅう飛び回っておっては目立って仕方がないからの。夜に潜んで様子を見に参るなどの他は、あまり使っておらぬだけ。緊急時には飛んで参るゆえ、案じるでない。」
翔太と海斗は、それを食い入るように見ている。
美夕は、状況が変わって行くのを肌で感じていた。




