地底2
その少し前、翔太と海斗は、戻って来たリーリアと、数人の他の同じような恰好をした女達と対面していた。
リーリアに連れられて来たのは、幾らかリーリアより年上だろうと思われる女達で、しかし皆、リーリアと同じように、髪の色は薄い色の金髪か、また白いに近い薄っすらと緑色か、という、一様に白い感じの者達ばかりだった。
そのうちの、一番地位のありそうな女が言った。
「リーリアから聞いておりまする。私は、巫女長に仕えておりますアライダ。お二人のお話を聞きたいと、巫女長は申しておられますので、どうぞこちらへ。」
それだけ言うと、アライダというその女は、こちらに背を向けて歩き出す。
リーリアが、目だけでついて来てほしい、と訴えているようだったので、翔太と海斗は顔を見合わせると、その後に続いて歩き出した。
すると、他に居た女達とリーリアは、その後ろからついて来る。
二人は、その得体のしれない巫女達に挟まれながら、居心地悪くその中を歩いて行った。
最初暗かった通路も、ある扉を抜けるとパッと明るく広い空間になった。
外はもう夕暮れで、恐らくは暗くなりつつあるだろうに、ここはまるで、朝の光の中のように感じる。
そんな明るい場所に目を瞬かせながらも、二人は物珍しく辺りを見回しながら、アライダの背を追って歩き続けた。
幾つかの扉の前を通り過ぎ、幾つかの通路にある扉を抜けた後、ある扉の前で、アライダは立ち止まった。
そして、中へ声を掛けた。
「アガーテ様、お連れしました。」
中からは、力強いがしわがれた、老女のものだと思われる声が応えて来た。
「入るが良い。」
その、両開きの扉は開かれた。
すると、そこは広い天井の高い部屋だった。
正面の椅子には、今にも朽ち果ててしまいそうな、枯れ木のような老女が座って、杖を手にこちらを見ている。
翔太と海斗は、思わず唾を飲み込んだ…まさに、力の有りそうな巫女だ。
そう思いながらもアライダに従って足を進めると、アライダはその老女に頭を下げた。
「こちらが、リーリアが出会った男達でございます。」
相手は、頷いた。
「よう来たの、旅のかた。そこへ座ってくだされ。」
翔太と海斗は、言われるままにその、老女の前にある長椅子に腰掛けた。
辺りの空間は、やたらと居心地が良く、思わずホッとするような感じだ。
アライダもリーリアも、ついて来た巫女達は全てその老女の左右に立って控え、黙っていた。
老女は、薄く笑みを浮かべて言った。
「我は、ここの巫女長をしておるアガーテと申すもの。あなた方は、軍に追われてここへ迷い込んだと聞いておるが?」
翔太は、頷いて答えた。
「オレ達は、違う世界からこちらへ迷い込んだ者達。オレは、翔太といいます。心ならずこんな世界へ来てしまい、帰る道を探しているところです。オレは最近ここへ来たが、こっちの海斗はもう、15年もここへ囚われたままなのです。ここでは、なぜだか分からないが軍に追われ、オレ達には訳が分からないことだらけで。偶然ここへ迷い込み、もしあなたが何か知っているのなら、教えてもらえないかと思って話をしたいと申し入れました。」
アガーテは、ゆっくりと頷いた。
「正直な御仁よな。この得体のしれないババに、そなたは何一つ偽りは言うておらぬ。」翔太が驚いていると、アガーテは続けた。「何か知っておるかというて、そなた達が知りたいようなことを我が知っておるかというと、知らぬ、と答えるしかない。今のそなた達に、我が知ることの中で何が有益であるのか、我にも分からぬのだ。そうよな、何か具体的に聞きたいことを申してみよ。」
翔太は、そう言われて何を聞けばいいのかと、思わず海斗の方を見た。しかし、海斗も顔をしかめている。そうだ、いったい自分達は何を知りたいのだろう。
「…その…オレ達が、帰る方法は知りませんか。」
ダイレクト過ぎるかと思ったが、アガーテは律儀に答えた。
「知らぬな。それを知ろうと思うたら、そなた達がなぜここへ来てしまったのか、その理由が必要であろう。」
確かにそうなんだけど。
海斗と翔太が困っていると、アガーテはうーんと顔をしかめた。
「そうよな…そなた達、やけに澄んだ気を持っておる女子と会う予定であったか?地下の、洞窟の道で。」
翔太は、びっくりして弾かれたようにアガーテを見た。
「え、澄んだ気かどうかオレには分からないが、仲間の女と合流しようと思って、預かってもらったオヤジさんと一緒にこっちへ向かってるのをここらで落ち合うはずなんですが。」
ただし、落ち合うのは地上だが。
アガーテは、頷いた。
「おお、恐らくはそれ。あんな場所で方向も分からぬだろうに、真っ直ぐにこちらへ向かって移動しているのを感じる。そのうち、どこかからここへ出て参ろうな。」
こっちへ来てるのか。
翔太は驚いたが、美夕が無事にこっちへ向かっているのを知って、ホッとした。海斗が、横から言った。
「その、関係ないことだったらすみません。オレ、この土地に住む人達と話して、ここでは宗教がないって聞いてたんです。神様を信仰するようなことがないって。」
アガーテは、目を細めて海斗を見た。
「人が信じようと信じまいと、神は存在して我らはそれを崇め奉る。それを奪い去ることは、どんなに力があろうと、『人』には出来ぬ。我らは我らのしたいように、神を敬っておるのだ。」
海斗は、神妙な顔をした。
「別に、それが悪いって言っているんじゃなくて、こうして神殿があったことが衝撃的で…。あの、女神様は何と言う名前なのですか?」
アガーテは、フフフと声を立てて笑った。
「女神?ああ、あの大広間の像のことを言うておるか。あれは違う。」それには、横で聞いていた翔太も驚いた顔をする。アガーテは、更に笑った。「その昔、間違ったものを崇拝対象にした奴らが居ての。それらが彫ったものぞ。神は…男の姿であられた。だから、ここでは女神ではなく神を崇拝しておる。名は、告げられておらぬので、勝手にお呼びすることはない。」
だから、供え物の台に使った跡がなかったのか。
翔太がそんな風に思っていると、アガーテは続けた。
「どうやら、そなた達は自分達がいったい何のためにここへ来たのか分からずで、具体的な方向性も決まっておらぬようよ。ならば仕方がない。これから起こることをこなしながら、自分達のこの世界での役割を模索して参るしかあるまい。その上で何か我に問う必要が出来た時、またここへ来れば良かろう。我は、主らにならなんなりと答えよう。もちろん、民のため神の教えに背かぬように行動していればの話ではあるがの。主らの神に、早う事が成せるように祈るが良い。」
翔太は、唇を噛みしめた。逃げることに終始していて、今まで有益な情報もない。何をしたらいいのか、今まで見聞きして来た情報では全く分からなかった。アガーテは、確かに巫女であって神ではない。いきなり見ず知らずの人間が来て、どうしたらいいのか教えてくれなどと適当な質問をしたところで、先々までこたえてくれるはずなどないのだ。
「…オレ達には、祈る神も居ないしな。」
翔太が、ぽつりとつぶやいた。特に答えも求めていなかったが、アガーテは驚いたように片方の眉を上げた。
「神が居ない?」
翔太は、ハッと顔を上げて、首を振った。
「いや、あなたがたの神のことじゃない。オレ達の世界の神のことです。オレ達は、神を意識して暮らすような環境ではなかったので。」
アガーテは、意外にも何度も頷いた。
「さもあろう。神はあからさまに力を振りかざしたりしないもの。はっきりと目にしたわけでもないものを、崇める人も少ないのやもしれぬな。しかし、どんな世界にも、神は居る。」翔太と海斗が、その核心に満ちた様子に、驚いた。アガーテは微笑みながら続けた。「絶対にの。この世界からそなた達の神に声が届くか分からぬが、それでも聴こえれば必ずや何かしらの道を示してくれよう。信じて、祈ってみるが良い。それが、今我がそなた達に出来る助言よ。」
すると、トントンと扉をノックする音がした。巫女の一人が飛んで行って扉を開かずに、こちらから応対している。そして、こちらを向いて、言った。
「アガーテ様、バルナバス殿が、ラファエル様からご伝言がとこちらに起こしでございます。」
アガーテは、頷いて手を振った。すると、その巫女は扉を開き、すぐに背の高い、初老の男が中へと入って来た。
年齢は60代ぐらいだろうか。それでも、その動きはキビキビとしていて体も引き締まり、軍人のような厳しい雰囲気が感じられた。
その男は、扉を入って翔太達が居るのに驚いたようで一度立ち止まったが、すぐに持ち直してこちらへ進んで来て、アガーテに頭を下げた。
「アガーテ様。外からの客人とはお珍しいこと。」
アガーテは、ふぉっふぉっと笑って言った。
「何やらそちらも同じように客を迎えたのではないのか?」
バルナバスは片眉を上げたが、言った。
「アガーテ様なら気取っておいででしょう。そのことで、ラファエル様からアガーテ様に起こし頂きたいとのことでございます。」
アガーテは頷いて、杖を床について、よっこらしょっと声を上げて立ち上がった。巫女達が、慌てて寄って来るが、その手を煩わせるようなこともなく、立ち上がってみるとシャンとしている。
「ならば参らねばの。」と、翔太と海斗を見た。「こちらで少し、休んで行かれると良い。恐らくは、あちらの客人とは主らも知り合いではないかと思うぞ?茶でも出させるゆえ、待っておれ。」
翔太と海斗が、顔を見合わせながらも頷くと、アガーテは思ったよりずっとしっかりとした足取りで、バルナバスと共にそこを出て行った。




