暗い道から
美夕とレナートは、また先の見えない狭い穴を這い進んでいた。
途中枝わかれした道も、迷わず美夕の腕輪の方位磁針を頼りに真っ直ぐに、北へと向かっていた。
もう、今までのように紐や糸で進んで来た道に印をつけてはおらず、このまま行き止まりで戻ったとしても、もしかしたら元の場所には戻れないかもしれない、という不安感が常に付きまとっていた。
もう何度目かの行き止まりで進む道を変更し、美夕もレナートもかなり疲れて来ていた。
地上では、もう夕暮れの前頃だろうか。
美夕は、這ったまま進んでいたので痛む腰を、少し休ませるために止まった。
必然的に、後ろから来ているレナートも止まる。美夕は、見えないながら振り返って言った。
「叔父さん、少し腰を休ませたいわ。ここで、ちょっと座る?」
レナートからは、ため息が聞こえて来た。
「ああ、そうだな。オレも腰と膝が痛くてかなわないと思ってたところだ。かなり来たが、まだ広い場所には出ないか。」
美夕は、手にあるランタンで先を照らしてみた。
まだ、先は真っ暗で何も見えなかった。
「まだまだありそう。これがまた行き止まりだったら、本当にくじけそうね。」
レナートは、狭い中で何とか座る体勢になって、言った。
「だが進むしかない。戻ったって、道が確かでない以上元居た場所に戻れる保証はない。こんな暗い穴の中で滅入って来るが、もう少しだと思ってがんばろう。さ、最後の水だ。半分ずつ飲むか。」
美夕は頷いて、ボトルから水を飲んだ。お腹が空いた…朝、パンを食べてから何も口にしていない。水もこれで終わって、このまま地上へ出る道が見つからなかったら、どうなってしまうんだろう…。
不安でたまらなくなって来る。
しかし、隣りのレナートも、やつれた顔をしていた。美夕を励ましてくれるが、レナートだって怖いんだろう。このまま、こんな所で死ぬかもしれないなんて、考えたくもない…。
そう思うと、居てもたってもいられなかった。
美夕は、ボトルをレナートに返して、また四つん這いになった。
「さ、じゃあ行きましょう。早く進んで、外へ出ないと。」
レナートは頷いて、ボトルの水を飲みほした。これで、最後。進むしかない。
二人は、また暗闇の中這って進み始めた。
それから、一時間ほど経っただろうか。
また、目の前に壁が現れた。
「ああ。」
美夕は、絶望的な声を漏らした。それを聞いたレナートは、後ろから言った。
「また、行き止まりか?」
美夕は、また戻らなければならないのか、と涙が浮かんで来そうだった。腕輪は、まだ沈黙していて相変わらずの圏外のようだ。外からの助けも得られない。方位磁針がまともだという望みだけが、美夕の支えだった。
美夕が黙っているので、レナートは前へと進み出て、美夕の横から体を通して行き止まりを確認する。美夕は、絶望的な声を出した。
「もう…出られないのかしら。また戻らなきゃ。さっきの道、もしかしたら左だったのかも。」
レナートは、まだ行き止まりの壁を調べている。そして、考え込むような顔をして、言った。
「いや…ちょっとこれ、おかしいと思わないか?ほら、表面が綺麗に平らになってやがる。他はゴツゴツしてて、確かに行き止まりだと思えたが、これはおかしい。まるで、誰かが塞いだみたいだ。」
「え?」
美夕は、その行き止まりの場所を触った。確かに、レナートが言うようにすべすべとしていて、他と材質まで違うようだ。
「もしかして…誰かが、向こう側から塞いだってことかしら。」
レナートは、真剣な顔をして頷いた。
「きっとそうだ。こんな不自然に、綺麗に平らなんておかしいじゃないか。恐らく、穴があって、それを向こう側から塞いだんじゃないか。」
美夕は、希望の光が胸の奥から沸々と湧き上がって来るのを感じた。じゃあ、この向こうは!
「じゃあ、私が魔法を放ってここを破ったら、きっと出られるのね!」
レナートは頷いたが、じっと考えて、言った。
「ちょっと待ってくれ。」そして、そのすべすべした所に、耳を当てた。「…何も聞こえないな。あっち側に、まさか軍が居るなんてことは無いとは思うんだが。」
美夕は、ハッとした。そうだ、もしも軍が居たら、何のためにこんな風に地下を這って来たのか分からない。
「でも…あちら側を知る方法が、私にはないです。千里眼も、見える場所からでないと見えないし。透視の術なんて、亮介さんですら持ってなかった。」
レナートは、しばらくそこで壁に耳を当てていたが、あきらめたように息をついた。
「ま、それでもこんな所に閉じ込められてるよりマシだ。まだ軍に捕まった方が、逃げるチャンスもあるだろうが、地下で野垂れ死になんて、ごめんだからな。お嬢ちゃん、じゃあこれを破ってくれないか。」
美夕は、頷いた。ここを崩すなら、土系の魔法がいいはず。
「離れてください。回りも崩れるかもしれないから。」
美夕は、手を前に構えた。
その手から、光の玉が飛んでその壁へと当たって行った。
「うわ!」
レナートは、自分の頭を庇う。
美夕は、急いでシールド魔法を発動して、降り注ぐいろいろな大きさの岩石から二人を庇った。
舞い上がる砂煙の中、手を振ってそれを払って目を凝らすと、向こう側が薄っすらと見えて来た。
美夕は、思わず歓声を上げた。
「ああ!叔父さん、ほら、どこかの部屋ですよ!」
そこは、暗く誰も居なかったが、確かに石造りの建物の中だった。
レナートが、ランタンを手に慎重にそこから顔を出すと、灯りを振って部屋の様子を確かめている。
それを固唾を飲んで待っている美夕を振り返ると、頷いた。
「やったな嬢ちゃん。何だか分からんが、どこかの建物の部屋の中へ出たみたいだぞ。ほら、降りよう。」
美夕は頷いて、前へと進み出た。
レナートが、先に飛び降りて美夕を見上げる。床までは、1メートルほどの高さだった。
えいっと思い切って飛び降りると、そこは部屋の端にベッドが設置されてあり、テーブルと椅子だけが簡素に置いてある、普通の部屋のようだった。
それでも、誰かが生活しているような感じは、全くない。
灯りを向けると、正面には外へと通じるドアがついていた。
「あそこから、出られるみたい。でも、ここはいったい何の建物なんでしょう。」
美夕が言うと、レナートも首を振った。
「なんだろうな。地形から言って、この辺りはまだ地下のはずなんだが、こんな建物があるなんて聞いたこともない。だが、慎重に進もう。もし、軍の秘密基地だったりしたら大変だ。」
美夕は、一気に緊張した。軍…だったら、侵入した時の大きな音は、気取られなかったのかしら。
一気に破壊する術しか知らなかった自分に、美夕はげんなりしていた。ここまですることなす事後先考えないのも、馬鹿を通り越してるんじゃないだろうか。後で後悔するのは、もう何度目だろう。
美夕がそう思いながらもドアへと向かおうとすると、いきなりそのドアが、サッと開いた。
「誰だ!」
そこに居たのは、白い金髪に赤い瞳の、綺麗、という表現がぴったりの、白い服に身を包んだ若い男だった。




