地下2
そこは、空気が澄んでいて、温度も外の肌寒い感じとは違い、とても快適な空間だった。
まるで古代のコロシアムのように、円形のそれはステージのような平らな場所に向かって、大きな階段になっていた。
その階段に座れば、オペラでも上演することが出来るかもしれない。
そんな感じの場所だった。
劇場だと言われたら確かにそうだと言いそうな場所だったが、それを決定的に違うと思わせるものが、入口から見て右側にあるステージに当たる場所の正面に、それは巨大な、女性の像が立っていたことだった。
そして、その前には、綺麗に彫り物で装飾された平たい台が設置されてあり、ステージだとするとあまりにも邪魔だった。
翔太は、それを見てしばらく絶句して階段を降りていたが、その大きな像を見上げながら、言った。
「…宗教は無いんじゃなかったのか。」
海斗も、呆然と後ろをついて来ながら、それを見上げて困惑したように言った。
「そう…その、はず、なんだけど…。」
翔太は、階段部分を降り切って、その平たい台の前で立ち止まった。
「どう見ても、崇拝対象っぽいじゃねぇか。」と、台を指さした。「恐らくこれには、供え物を置くんだろうが。」
そうは言ったものの、その台の上には、最近は何も乗ったような痕跡はなかった。海斗は、首をひねって困ったように立ち止まった。
「分からない。オレはこの土地の人達とずっと話して来たが、宗教自体があったって痕跡すらないんだよ。神って存在が、どこかで崇拝されているのは知ってるようで、昔、北の方から来た人達は誰かを崇拝してたとは聞いてたけど、今じゃすっかり廃れてしまってるって。神殿だって無いし、そもそもこの国の王がそれを許してないんだ。もちろん、王だって昔、そういう存在が居たことは知っているみたいなんだが、今の世の中でそんなものはもう居ないって考えみたいだ。一般庶民だって、確かに姿も見えない神のことを信じるのもおかしいし、神が居るなら魔物なんて人が困るようなものを野放しにするようなことはないだろうって、みんな本当に、無神論者で…。」
翔太は、顔をしかめた。だったら、これは何なんだ。昔は、確かに女神を崇拝していた人ってのが、居たんじゃないのか。
翔太が茫然とそれを見上げていると、脇の方に、何かの気配を感じた。
咄嗟に剣を抜いて、海斗も急いでそれに倣ってそちらを見ると、そこには、こちらを伺うようにして柱の後ろに隠れて見ている、白いような金髪の女が一人、立っていた。
「…誰だ?!」
翔太が剣を構えたまま言うと、相手はブルブルと震えて、言った。
「リ、リーリアと申します。あの、あなた様方は…?ぐ、軍の方では、ありませんよね…?」
翔太と海斗は、顔を見合わせた。困惑しながらも、翔太は剣を仕舞うと、首を振ってリーリアに言った。
「オレは、旅の途中の翔太という。軍人じゃない。ここは、神殿なのか?」
相手は、ビクッと体を震わせた。
「あの…あの、私からは、何も申せませぬ。」
リーリアは、怯えたように小さくそう言った。海斗が、剣を仕舞って言った。
「別に、取って食おうっていうんじゃない。オレ達も、軍から隠れて行動していて、仲間と落ち合おうとして、ここへ来てしまったんだ。森で座ってたら、ここへ転がり落ちて来て、ここを発見して。」
リーリアは、幾分ホッとしたように力を抜いた。
「まあ、軍から逃れて、こちらへ?」
翔太は、頷いた。
「軍から逃れている仲間と合流するために、この辺りへ来たんだ。それで、ええっと、リーリアは、ここで何をしてるんだ?巫女か何かか?」
リーリアは、幾分穏やかな顔になった。
「はい。私は神の巫女でございます。でも、これ以上は…。地上の方と、巫女長の許しなく話してはならぬと言われておるのです。」
海斗は、翔太を突いた。
「なあ、じゃあその、巫女長っていう人と会って、話を聞かせてもらわないか。同じように軍から隠れてるわけだろう。オレ達だってそうなんだ。」
翔太は、少し考えるような顔をしたが、リーリアに向き合った。
「すまないが、リーリア。その、巫女長に話してみてくれないか。オレ達の仲間は、なんだか分からないがこの世界へ来て、そして軍に追われて逃げ回っている。巫女長なら、もしかして何か知らないか聞きたいんだ。話をしたいと言っている、と伝えて欲しい。」
リーリアは、少し迷うような顔をした。しかし、小首を傾げて考えてから、頷いた。
「では、ここでお待ちください。聞いて参ります。」
そうして、こちらに頭を下げると、奥へと引っ込んで行った。
海斗は、それを見送ってから翔太を見た。
「なあ、もしかするともしかするんじゃないか?ほら、お前が言ってたじゃないか。何かをクリアしないと帰れないって。その何かが、もしかしたらわかるかもしれない。オレだって初めて知るんだ、こんな場所に隠れた神殿があったなんて。」
翔太は、それでも険しい顔をした。
「…分からねぇ。それでも、いったい何をしたらいいってんだ?この地に宗教改革ってのを起こすのか?そんな大それたこと、出来そうにねぇがな。ましてオレ達は、軍に追われてるんだ。そんなことを陳情しに行ったら、大喜びで捕まっちまわあな。」
海斗は、ため息をついた。
「少しは良い方へ考えろよ。今まで無かったことだって言ったじゃないか。オレ達が15年もこの上を駆けずり回ってたのに、見つけられなかったものが、今出て来たんだぞ?軍に追われてるのは、ここの巫女も一緒だろう。何しろ、神殿を作ることは禁じられてるしな。王以外の何かを崇拝することは禁じられているんだ。それに、何か知ってるかもしれないぞ?」
翔太は、黙って頷いた。それでも、納得しているようではなかった。翔太から見たら、そんな得体のしれないものを信じることが、まだ出来ないでいるのだ。この世界に長く住んでいる海斗にしたら普通のことでも、翔太はまだ、現実世界からあまり離れていない。なので、どうしても素直に何かを信じるということが、出来ずにいるのだ。
「…何しろ、話次第だ。」翔太は、やっと言った。「なんでも信じてたら、痛い目を見る。命はひとつ、ゲームオーバーは死だ。この世界は、ゲームなのにゲームじゃない。オレ達のまじもんの命を求めて来る。だからこそ、慎重にしなきゃな。オレ達の判断が、仲間の命に関わるかもしれねぇんだ。」
それを言われて、海斗は思い出したのか背筋を伸ばした。そう、ゲームなんかではない。海斗は、多くの仲間が復活もなく本当に死んで、朽ちて行くのをその目で見て来たのだ。
「お前の言う通りだ。」海斗は、表情を険しくした。「浮かれてすまん。命が懸かってるんだもんな。喜んでいる場合じゃないな。」
翔太と海斗は、その広い空間で、リーリアが戻って来るのを、ただ黙って待ち続けた。
地上では、もう日が暮れていた。




