地下
地上は、夜に近付いていた。
翔太と海斗は、思ったより早く待ち合わせ場所付近へと出ることが出来た。それでも、回りには何もなく、森だけだった。
「確かにこの辺りにも洞窟の竪穴はあるんだが」海斗が言う。「うまいことそこへ出て来れるとは思えない。結構な数があるんだ。」
翔太が、頷いて回りを見回した。
「まあそこそこ近くならいいんだ。あいつとオレはグループ登録しているから、あいつが今、どこに居るのか分かる。だが、今は圏外に居るみたいで全く場所の把握は出来ないがな。」
海斗は、息をついて手ごろな場所を見つけて座った。
「今のシステムは便利なんだなあ。オレ達の時は、お互いの位置把握のマップなんて出なかったからな。」
翔太は、自分も同じように座って、言った。
「今回は無理かもと思ったぞ?何しろ、今まで視界の隅に出てたマップはなくなるし、アナログなマップを渡されるし。まあオレ達は、今回のイベントで、何をクリアしたらいいのか探し出して、それをクリアしたら帰れるんじゃないかって本当に思ってるんだがな。しかしマジで、いったい何をさせたいのかわからねぇ。」と、側の岩に手をついてブーツに入った土を出そうと体を傾けた。「うわっ!」
「翔太!」
海斗の声が聴こえる。
翔太は、急にその岩が横へと動いて尻の下の岩の感覚がなくなり、そこからゴロゴロと硬い石の上を転がり落ちて行くのを感じた。
咄嗟に受け身を取って、転がり落ちて行く先の終着点では背中をしこたま打っただけで済んだ。しかし、痛みにしばらく起き上がれないでいると、上から海斗の声が近付いて来た。
「翔太?!翔太大丈夫か?!」
翔太は、自分の不甲斐なさに顔を歪めながら、身を起こした。
「ああ…背中を打っちまったがどこも何ともねぇ。」と、回りを見た。「…いったい、ここは何なんでぇ?」
翔太は、海斗がきちんと階段の形になった物の上に立っているのに気付いた。上からは、翔太が居ただろう場所から夕陽が細く差し込んで来ている。
海斗は、肩をすくめた。
「分からない。翔太が落ちたのが見えたから、こりゃあまた竪穴がと思って見たら、きちんとした階段の上を翔太が転がり落ちて行くところだったんだ。上に帰ろうと思ったらすぐに帰れるからいいが…遺跡かなんかかな。オレ達が前に潜んだことがある場所も、こんな感じで岩を動かしたら入口が開く場所だったんだが。」
翔太は、すぐに自分の背中のカバンから懐中電灯を取り出す。小さな、つまようじぐらいの大きさのそれを、教わったばかりの呪文を唱えて大きくする。
海斗も、同じように何かを出し、それは額に着ける形の懐中電灯だった。
「街で見つけた。そこの店主が新しい戦闘員が飯と引き換えに置いてったんだって売ってくれたんだ。便利だろう。」
翔太は、苦笑した。
「今はそういうのがあるんだよな。」と、懐中電灯を振って辺りを見た。「なんだ…建物みたいな形だな。」
そこには、地下とは思えないほど綺麗な石造りの建物が建っていた。
といって、そこにあるのは門のような形の入口だけで、天井部分はやはり岩だ。
どうやら、洞窟の中に石を切って建てたように見えた。
人工の部分には綺麗な彫り物もされてあり、それなりに尊重される建物であるらしい。
翔太は、それにゆっくりと近づきながら言った。
「…なんだ、なんかの神殿か何かか?」
ゲームの中では、よくある設定だ。
しかし、海斗が首を振った。
「いや、ここには宗教がないんだ。」翔太が仰天したような顔で振り返ると、海斗は困ったように肩をすくめて続けた。「無いんだってば。それらしい建物は遺跡としてこうやったあるんだが、ここの住人は知らないんだよな。神って概念はあるみたいだけど、ここには特定の宗教がない。だから神殿だって地上で見た事ないし、この島にはそんな場所は一切ないんだよ。オレ達だって驚いたさ。オレは日本人だし、そんなに宗教は身近でないからそうでもないが、カーティスとかクリフは驚いてた。神が居ない世界だなんて!ってね。」
だったら、ここは何なんだ。
翔太は、その入口へと足を進めて言った。
「じゃあ、ちょっと調べてみよう。ここへ戻ればいいんだから迷うこともないだろう。」
海斗は、好奇心をくすぐられたようで、寄って来てその入口の、石の扉をぐっと押した。翔太も、同じように横から押してそれを開き、その扉はギギギギと重苦しい、何十年も、ともすると何百年も開いていなかったような音を立てて、あちら側へと開いた。
埃っぽい匂いの空気が流れ出て来る。
翔太と海斗の二人は、それを手を振って吸い込まないように散らした。
懐中電灯を中へと向けると、そこは中規模の大きさの、天井が高い部屋だった。
がらんとしていて、何もない。しかし、天井は岩盤のままではなく綺麗に磨かれた石板を使って作ってあり、柱は天井まで高く、見事な装飾の彫りを見せつけるように四方で伸びていた。
開けたら大きなホールのような空間が広がっているものだと期待していた翔太は少しがっかりしたが、懐中電灯を振ってみると、正面にはまた、大きな扉が見えた。
「…エントランスホールみたいなものなんじゃないか?大きな建物には大きな玄関ってことだ。」
翔太は、足を進めた。海斗が、その後ろをついて来る。扉の前に着くと、それは入って来た扉より更に大きな扉だった。
「こりゃ重いぞ。開くかな。」
海斗が言う。ちょっと押してみたが、あまりの大きさにびくともしなかった。翔太は、扉に向かって構えた。
「気の圧力で押して開く方法があるんでぇ。ちょっとどいてな。」
海斗は、驚いたように片方の眉を上げたが、黙って後ろへ下がった。翔太は、手を扉へと翳して、グイグイと押すような仕草をした。
すると、実際には手は全く扉に触れていないのに、翔太から出た光はその重そうな大きな石の扉を事も無げに押し出し、向こう側へとかなり大きな軋む音をたてながら、開いて行った。
入り口を開いた時にかなりの埃が立ったので、二人は構えたが全く土埃は立たなかった。
奇妙な事に二人は顔を見合わせた。
「どう思う?」翔太は、中へと懐中電灯の光を向けながら言った。「なんか、埃っぽくいな。」
「どうだろう。」海斗は、中を見ようと前に出た。「かなり広いな。懐中電灯じゃ照らしきれない。入って大丈夫だと思うか?」
しかし、ここまで来るとこれが何なのか確かめずには帰れない気持ちだった。
翔太は、背筋を伸ばした。
「行ってみる。ちょっと待っててくれ。」
「気をつけろよ。」
海斗は同意したが、不安そうだ。翔太は、懐中電灯を持つ手に力を入れると、その広い部屋へと一歩足を踏み入れた。
「!!」
海斗も翔太も、面食らった。
翔太がそこへ足を踏み入れた途端、パアッと辺りはまるで夕暮れのような光で満たされ、その、軽くスタジアム程あるのではないかと思われる大きさの、部屋を照らし出したのだ。
「な、な、な、」
翔太が、フラフラと後ろへ下がる。
すると、またその光は無くなって、まるで照明を消したように真っ暗になった。
「何だ今のは?!」
翔太は叫んだ。海斗は、何度も首を振った。
「知らん!お前が入った途端に、なんの前触れも無く!」
翔太はハッと我に返って回りを警戒したが、特段何も潜んでいるようでもない。
そして、また前の真っ暗闇を睨みつけると、言った。
「まるで便所の自動照明みたいじゃねえか。人感知センサーでもついてやがるのか。」
海斗は、顔をしかめた。
「なんだよ人感知センサーって。便所にそんな大したものがついてるのか?」
翔太は、大真面目に頷いた。
「帰ったら分かる。それにしてもここは、魔法が掛かってるようじゃねぇか。オレが入ったから、明るくなったんだろう。」
海斗は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「なんか軍の秘密基地かなんかか?」
「それにしては最近は誰も使ってない感じじゃねぇか。」と、また足を踏み出した。「調べてみるか。」
また、その広い部屋を満たす光が現れる。
翔太が歩いて行くのに、海斗はおっかなびっくりついて入って行ったのだった。




