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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
神に選ばれし者
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メールキン

レナートと美夕は、三軒隣りのおばあさんからもらったという毛糸玉を転がしながら、立って歩けるほどの大きさの洞窟を歩き続けていた。

ずっと這うしかなかった向こう側の洞窟に比べたら、いくらか移動が楽で、こうしている間にも、結構な距離を歩いてきたように思う。

その証拠に、毛糸玉はもうかなりの数を消費していた。

こうして見ていると、ひと玉100メートルぐらいあるようだ。それを、もう三十個ほど消費していて、残りは少なくなって来ていた。

「そろそろ、布を切って準備しておきます?」美夕は、自分のカバンから布を引っ張り出しながら言った。「昨日幾らか裂いておいたんですけど、そんな長さないんです。この調子だと、すぐになくなりそう。」

レナートは、頷いて立ち止まった。

「一度ここらで休憩しよう。二人で落ち着いてやった方がはかどるだろう。あと、毛糸玉は二十個ほどだ。出来ればこれで足りてる間に、地上への道が見つかればいいんだが。」

そう言いながら、レナートは肩にかけていた袋を、よっこいしょ、と下ろして、座った。美夕も、自分のカバンを下ろすと布を出して、それを出来るだけ細く紐状に裂いて行った。

レナートも、美夕のカバンから他の布を引っ張り出して、同じ作業を始める。これが無くなったら、引き返すしかないのだ。こんな所まで来て、引き返したくはなかった。

二人は、黙々と布を裂いては結び、紐状にして行った。それを巻き取って長さを作って行くが、それほど長くはならないように思う。

ここまで、ありとあらゆる紐状の物を繋いで繋いで歩いて来たが、それでもよくもった方だった。案外に、こうやって道を示して行くのは難しい作業だった。

そうしていると、ふと、何かの声が聴こえたような気がした。

美夕が顔を上げると、レナートも怪訝な顔で顔を上げているのが目に留まる。

美夕は、小さな声で言った。

「…今、何か聴こえましたよね?」

レナートは、頷いた。

「子供の声みたいだったな。甲高い声が微かにしたように思う。」

美夕は、パアッと明るい顔をした。それは、もしかして!

「もう、地上が近いんじゃ?!」

しかし、レナートは険しい顔をした。

「地上が近いのは確かかもしれんが、子供が居るような場所は街の中と決まっている。考えてもみろ、このご時世、この世界じゃ大人だって軍の警備なしに外へ出るなんて出来ないんだぞ。あれが子供の声だったら、ここはどこかの街の中だ。」

そう言われてみて、美夕は、確かに、と一気にしょんぼりとした。かなり歩いたように思ったのに、もしかして、まだ街の下に居るのだろうか。

レナートは、苦笑した。

「そんなにしょぼくれなくていい。もしかしたら、結構な距離を歩いて来たし、隣り町かもしれんじゃないか。それでも、確かに軍が駐屯してるんだろうが、移動出来てないよりマシだ。それに、オレ達はそろそろ地上へ出ないとヤバいんだ。地上が近いってだけでも、幸運だったと思おう。」

レナートに励まされて、美夕は少し微笑んだ。だが、翔太にまた面倒をかけてしまうことになる。もしここが他の街なら、そこから出るのにまた、軍を引き付けてもらったり、いろいろ危ない橋を渡らせることになるのかもしれないのだ。

重苦しい気持ちになっていると、レナートが作業を中断して立ち上がった。美夕が驚いていると、レナートは言った。

「そら、もうそんなことしなくていいぞ。声が届くってことは、それなりに地上が近いんだから、毛糸玉で足りるかもしれない。それに、足りなくても今作った分の紐で充分だろう。先へ進もう。それで、ここがどこなのか確認しないとな。」

美夕はもっともなことに頷くと、紐を手に立ち上がった。

そして、レナートと共に、再び歩き出したのだった。



しばらく行くと、向こうの方が開けて見えた。

そして、そこには地上の方から光が降り注いでいるのが、遠くからでもはっきりと見ることが出来た。

「出口だわ!」

美夕は、思わず駆け出そうと前へ飛んで出たが、レナートが腕を掴んでそれを慌てて止めた。

「こら!慌てるんじゃない。あの上がどうなってるのか、まだ分からんじゃないか。軍が居たら最悪だぞ。まずは、様子を伺うんだ。」

美夕は、そんなことも考えが至らなかった自分に、自己嫌悪して静かになった。魔物が居るような場所で大きな声で話したり、とかく自分は空気が読めないようなことをして、皆の顰蹙をかってしまう。

それを反省したばかりだったのに、やはり同じようなことをしてしまうのだ。

落ち込んでいると、レナートが耳を澄ませながら、ゆっくりと足音を忍ばせてそこへと向かった。子供の声は、聞こえない…というより、人の声は、一切聴こえなかった。

「さっきの声は、何だったんでしょう…?」

美夕が、控え目に言う。レナートは、首を振った。

「分からない。こうしていると、聞こえて来るのは小鳥のさえずりばかりだ。」と、足を進めた。「あの真下へ、行ってみよう。」

二人は、慎重にそろそろと足を進めて、その日の光の下へと向かっていた。


その頃、翔太と海斗は森の中を順調に魔物を倒しながら進んでいた。

夜とは違い、昼間は魔物もそう多くはない。居ないわけではなかったが、面倒な魔物が群れで居るというようなことは、まずなかった。

海斗は、かなりの手練れだった。

翔太は、一緒に居ると戦いが格段に楽なのを感じていた。同じプレイヤーでも、これだけの差があるのだ。まして、海斗は実戦に慣れていて動きもキレがあり、こちらの動きも見ていて合わせて動いてくれるので本当にいい仲間だった。

「お前って、ほんと戦い慣れてる感じだよな。」翔太は、素直な感想を言った。「二人しかいないのに、こんなに楽に戦えるのは初めてだ。勘が良いっていうか。」

海斗は、翔太を見て嬉しそうに笑った。

「そうか?そりゃあ、ここらで15年も戦って来たからな。翔太だって、誰より動きが早いし一撃が重いじゃないか。こっちも補助のし甲斐があるよ。今のプレイヤーは、体力もあるんだなあ。オレ達の頃は、みんなゲームばっかしてた細っこい奴らばっかで、実戦になると弱かったもんだ。カーティスだってクリフだって、ここで鍛えてああなったんだしな。最初からそこまで戦力なるプレイヤーなんて、珍しいよ。」

翔太は、苦笑して首を振った。

「別にオレだけが特別なんじゃねぇ。慎一郎だって玲だっていい体してるだろう。あいつらは、あっちの世界でも鍛えてるからな。玲なんて消防士なんだぞ?それというのも、訳があるんだ。」翔太は、息をついた。「15年も経ちゃあ、ゲーム機だって進化した。オレ達は、バーチャルスーツってのを着て、実際に剣を振り回してゲームの中で戦わなきゃならなかったんでぇ。だから、必然的に体力があるヤツが長く戦えて、レベルも上がる。オレ達みたいな、普段から鍛えてる奴だけが、レベル上げ出来たってわけさ。ま、中には亮介みたいに魔法技だけを必死に磨いて上がって来た奴だって居るが、あれは難しい道だ。簡単なのは、オレ達みたいに体を鍛えて、ひたすら戦うことだったんでぇ。」

海斗は、感心したように翔太をまじまじと見て言った。

「へえ~!そんなゲーム機が出たのか!やっぱり15年も経ったら違うね。オレもあっちへ帰れたら、ぜひそれをやってみたいもんだよ。」

翔太は、苦笑した。

「それでこんなことになってるのにか?」と、木陰を見た。「…お、あそこにも。気を付けろ、ほんとここらは竪穴が多いな。」

海斗は、慎重にその穴を遠回りしながら、頷いた。

「オレはここの地質学の本を見たことがあるが、ここは海底火山が隆起して出来た島で、シーラーンのある場所に噴火口があったとか何とか書いてあったな。大昔に大噴火して、溶岩が流れて陸地を作り、それから木々が生い茂って今の状態になったとか。だから、洞窟はみんなその頃に出来たもんだと思うよ。」

翔太は、意外なことに目を丸くした。

「なんだって、首都が噴火口の上にあるってのか。」

海斗は、頷いた。

「そうなんだよ。でも、噴火口の上ってのがミソらしいぞ?公式には何も発表されてないが、多くの学者が調べて、密かに流した噂ってのがある。どうやらここの王であるアレクサンドルってのはすごい術士で、その噴火口から火山のエネルギーを使って魔法を放つことが出来るんだとか。というか、火山から命の気が溢れてるらしいぞ。お前、命の気は分かるか。」

翔太は、あからさまに嫌な顔をした。

「知ってらあ。馬鹿にするな。オレたちゃそれを使って魔法使ってるんだっての。昨日その話をしたばっかりだろうが。」

海斗は、声を立てて笑った。

「ああそうだったな、すまない。いや、ほんとに何も知らずにゲームしてた奴もいて、そんな奴らと話してるから癖でさ。」と咳払いした。「で、その命の気だが、リーリンシアの命の気は、その噴火口から出て、この島を包んで大地へ還り、また噴火口から出るって感じに循環してるらしいんだ。オレ達だって、この土地へ来て魔法が使えるってことは、命の気がどこかから供給されてるってことだろう。だから理解出来るんだが、問題はこの土地の住人達だ。」

翔太は、海斗を見て、頷いた。

「だな。あいつら、誰一人魔法を使えねぇ。というか、呪文を知らねぇから使いようがないんだろうがな。」

海斗は、深刻な顔をした。

「そこなんだよ。オレが不思議なのは。」海斗は、考え込むように歩きながら、前を見続けた。「これだけの魔物が居る島だ。住人達に呪文を教えて、皆で退治させた方が、軍に手間がかからずいいじゃないか。なのに、住人達は放って置かれてる。慎一郎の話じゃ、王城の奴らはオレ達戦闘員が動いて住人を勝手に街から街へと移動させるのが、気に食わないようだろう。その為に、オレ達を捕らえて帰したいって思ってると聞いて、腑に落ちる気がしたんだ。」

そういえばそうだ。

翔太は、ただ単に煙たがられているだけかと思っていたが、軍を大量に投入してまでこんな、戦闘能力は持っているとはいえ普通の市民と変わらない自分達を、捕らえて集めようとしている。煙たがっているだけなら、それはおかしいんじゃないだろうか…と思った。どうしてだが分からないが、この世界の王は市民が魔法を使って自由に動き回るのを嫌がっている。だから、自分達がその知っている魔法を使って市民を勝手に護衛し、そして時にその魔法の呪文を教えたりすることを、どうしても阻止したいのではないだろうか…。

翔太が、そんなことを考えながらひたすらに歩いていると、いきなり、海斗が腕を掴んだ。

「こっちへ!」

翔太は、考えていたところだったので面食らったが、野生の勘がそれに従って横っ飛びに跳ねて海斗と共に脇の茂みへと飛び込んだ。

海斗が、険しい顔をして茂みの中から少し開けた方向を見ている。

翔太も姿勢を低くしてそちらへと同じように視線を向けると、遠く、目を凝らしたらやっと見てるぐらいの位置に、メールキンという、大きさは向こうの世界の恐竜のラプトルほどの、太い二本足で立つ魔物が居るのが見えた。

見たところ一頭なので、翔太一人だとしても倒せそうなものなのだが、海斗はじっと険しい顔をしたまま、それを伺っている。

翔太は、小声で言った。

「…一頭なら敵じゃねぇんじゃないか?」

海斗は、チラと翔太に鋭い視線を送って首を振った。

「あれは見張り。普通、森の中で一頭だけでじっと立ってるなんてあり得ない。あいつらは、群れで狩りをする。巣の外へ出るのは、最低二頭。なのに一頭ってことは、あれは見張りで、あの辺りにメールキンの巣穴があるんだろう。」

言われてもう一度見るが、それらしい洞窟はないし、山もない。普通、山に穴を掘ったり、洞窟を見つけてそこへ入ったりして巣を作るものなのだ。

ゲームの中のことだが、恐らくこの世界でもそうだろう。

翔太は、首を傾げた。

「…だが、洞窟も山もない。ここらは、木の間に30センチぐらいの草が生えてるだけだろう。」

海斗は、眉を寄せて翔太を見た。

「何を言ってるんだ。あいつらが住むのは横穴だけじゃないぞ。ここらに点在する竪穴の洞窟を見ただろう。そういうののひとつが、あそこにあってもおかしくはない。」

翔太は、ハッとした。確かに言われてみればそうだ。ゲームでは、メールキンは横穴ばかりに住んでいたが、ここはそれを現実にしたと言っていい世界なのだ。そこに居る生物は、環境に即した生き方をしているはずだった。

「どうする?このまま突っ切るわけにはいかねぇだろう。」

海斗は、また視線をそちらへ移して、頷いた。

「無理だな。あいつらはそんなに遠くは見えないが、動体視力は物凄くいい。それに鼻がいい。耳はそんなに良くないから、この距離なら話してても草を掻き分けて歩いても大丈夫なんだが、走ったら見えるんだよな。だからこのまま、そっと後退してあっちから回り込むよりないな。その分、到着は遅れるけど。」

翔太は、頷いた。

「この際そんなこと言ってられねぇ。行こう。」

海斗は頷いて、二人はそっと、背を低くしたままそこを歩いて後にしたのだった。

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