洞窟2
美夕は目を覚ました。
しかし、確かに目を開いたはずなのに、全く何も見えず、目の前は真っ暗だった。
急に目が悪くなったような錯覚を覚え、美夕はフラフラと、回りに手を伸ばして、何かないかと探った。
すると、すぐ横で何か、柔らかい物に手が触れた。
「きゃ!」
美夕が思わず声を上げて手を引っ込めると、聞き慣れた声がううーんと唸った。
「…なんだミユ?目が覚めたのか。」と、ゴソゴソと動いている音がして、パッと突然に視界が開けた。「おお、もう夜明けの時間だな。」
いきなりの光に眩しくて目を瞬かせて見ると、レナートが横になったまま、ランタンの光で自分の腕時計を見ているのが目に入った。美夕は、途端に蘇って来る記憶に、ハッとした。
…そうだった、昨日はこの洞窟で眠ったんだった。
美夕がそんなことも忘れて爆睡していた自分に呆然としていると、レナートが起き上がって慎重に背を伸ばした。
「こんな所で寝たら、あちこち痛いな。嬢ちゃんは大丈夫か?」
美夕は、首を振った。何しろ、熟睡したのだ。
「全然、どこも痛くないわ。自分でもびっくりするぐらい。」
レナートは、苦笑した。
「それが若さってもんだ。さて、じゃ、早いとこ朝飯を食って、出発しよう。」と、自分の麻袋からパンを引っ張り出すと、美夕へと渡した。「さ、こっちが水だ。で、昨日の話だが、方位磁針は溶岩台地じゃ利かないって?」
美夕は、驚いてパンを齧りながら頷いた。
「ええ。良く知ってるのね。」
レナートは、自分もパンを齧りながら苦笑した。
「昨日ミユが言ってたんじゃないか。それで、腕輪は確かに方向を示してるのか?」
美夕は、ハッとして腕輪を見た。相変わらず、何の着信もない状態の腕輪に、不安になりながらもそっと触れる。昨日は、別にぐるぐる回るわけでもなく方位を示すこれに、何も考えずに従って来た。でも、確かに薄っすらと覚えているが、寝る前にレナートが話してくれた中に、ここが溶岩で形作られたものではないかっていうのがあった。それだったら、これが動いていることすら、おかしい気がする…。
方位磁針は、特に乱れることもなく、方位を示していた。
美夕は、息をついた。
「あの、溶岩台地では、あっちこっちグルグル回るような感じで定まらないって聞いてたんですけど、これはきちんと同じ方向を指すんです。だから、今の今までこれが間違ってるなんて、考えずに来ました。今も、特に乱れることもなく同じ方向を安定して示してるんですけど。」
レナートは、腕輪を覗き込んだ。確かに、安定して方位を示しているように見える。
レナートは、ため息をついた。
「一度部屋の中で確かめときゃよかったな。これを頼りに、ここまで来ちまった。もし間違ってたら、オレ達はどこへ誘導されるか分からんぞ。どうする?このまま進むか。」
美夕は、ショックを受けた。
それは、また今来た道を帰ると言うことだ。そして、地上で一度確認してから、また同じ道を四時間かけて来る。
それは、途方もないことのように思えた。何より、そんなことをしていて翔太との待ち合わせに間に合うのか疑問だった。
だが、このまま地底で彷徨い続ける事になるのもまた、危ないことだった。
美夕がどうしたらいいのか判断出来ずに居ると、レナートがパンを飲み込んでから言った。
「そうだな…考えたんだが、とにかくこのまま進もう。」美夕が驚いてレナート見ると、レナートは出て来た穴の方を指した。「帰りたければ、あれを伝って行けば帰れるんだ。幸い、まだ三軒隣の婆さんからもらった毛糸玉が、かなりある。もうこれしかないが、長さは結構あるんだ。これを繋いで先へ進んで、出口があったらとにかく登って出る。今までは、出れそうでもまだ街に近いかもと思って、上がって来なかっただろう。これからは、見つかったら一度上がろう。そこで、一度場所を確認するんだ。もう充分な距離を来ていたら、そのまま進めばいいじゃないか。とにかく、これからは地上を目指そう。」
美夕は、頷きながらも不安になって問うた。
「でも…その毛糸玉も、布もなくなったら、どうしますか?」
レナートは、それこそ厳しい顔をして、言った。
「戻る。」美夕が驚いていると、レナートは続けた。「命を落としちゃ、どうしようもない。こんな所で、お嬢ちゃんだって死にたかないだろう。とにかく、紐が尽きたらそこで終わりだ。それまでに、地上へ上がる場所を探そう。」
そして、もうパンを食べ終えて手についたパン粉を叩いた。そして、立ち上がって毛布を畳んでいる。美夕も、それを見て急いでパンを口へと押し込むと、水で流し込んだ。そして、毛布を畳んでレナートへと渡すと、果たして正解なのかどうなのか分からない方位磁針の指示のもと、横へ抜けるやや大きめの穴へと、レナート共に入って行ったのだった。
その頃、翔太と海斗は、隠れ家の洞窟を出ようとしていた。真樹が、見送りに出て来て言う。
「美夕ちゃんとケンカしたら駄目だよ、翔太。美夕ちゃんだって頑張ってるんだ、あんまり責めたらくじけてしまうしね。」
翔太は、分かった分かったと面倒そうに手を振った。
「うるさいなー何回同じこと言うんでぇ。分かってらあ、無理なことは言わねぇよ。早いとここっちへ連れて来て、オレだって安心したいんでぇ。あいつのことは、自分の荷物扱いして置いて来ちまったし、オレだって責任感じてるんだよ。心配ないって。」
真樹は、それでもまだ不安そうに言った。
「それからいいけどさあ…。」
口が悪いし、とは、真樹は言わなかった。それでも、海斗は察したのか、横から言った。
「オレはその子のことは知らないけど、ちゃんとフォローするから心配しなくていい。それより、ライデーンに降りた奴らとは連絡はついたのか?」
真樹は、腕輪へと視線を落とした。だが、首を振った。
「それが、まだなんだ。あっちにも軍が入って、恐らくは何人かは捕まっただろう。だから、直接的なことが書けなくてね。もし、誰かの腕輪を見て掲示板を開かれたら、全部見えちゃうし。そうなったら、オレ達をおびき寄せるために書き込ませる可能性もあるだろう。だから、無理なんだ。あっちへ行ってから状況を見ることになりそうだよ。」
海斗は、息をついた。
「そうか。利用されちゃたまらんものな。」と、翔太を見た。「隠れてる仲間を探し出すのは至難の業だが、やるしかないな。とにかく今はそれしか方法が思いつかないんだから、数を集めることを急ごう。」
翔太は、歩き出しながら頷いた。
「分かってる。今はとにかく、美夕の回収だ。行こう。」
海斗は、急いで翔太へと追いつきながら、振り返って言った。
「もし何かあったら、カーティスとクリフに従って移動してくれ。移動先は、もう話し合ってあるからオレ達も美夕さんを回収したらすぐ追いつく。」
真樹は、頷いて手を振った。
「気を付けてねー!」
そうして、翔太と海斗は美夕に指定した森の端までを、歩き始めた。
日はまだ、昇ったばかりだった。




