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下船

「島には着いてるってことか。」

真樹が言う。翔太は、頷いた。

「ああ。」と、顔を近づけた。「まだあいつらは気付いちゃいねぇ。探ってみたところみんなバグだと一旦ゲームから出ようとしたんだが、オレ達と同じようにスタート画面に戻れねぇんだ。このゲームは、性質上ゲームの外から誰かにリセットしてもらうか、スタート画面から自分で出なきゃ出れねぇだろう。親兄弟は絶対邪魔しねぇし、運営に何とかしてもらうしか、オレ達がこのゲームから出る方法はねぇ。」

それに、美夕があ、と言った。

「え!もう一つあるわ、あの…」

美夕が言いかけたのを、翔太がぐいと口を押えた。

「声がデカい!」と、また回りを気にしながらまた声を潜めた。「…分かってるさ。このダンジョンを、トップでクリアしたら、その時賞金獲得画面に移って、それを受け取るための画面に勝手に移行する。トップの、スタート画面だ。」

真樹が、ゴクリと唾を飲んだ。

「つまり、誰より早くこれをクリアしろってこと?これが最終船で、オレ達は出遅れてるのに?」

慎一郎が、頷いた。

「それとも、ここでこいつらと一緒に運営か、家族が何とかしてくれるまで待つかだな。ま、オレの場合は一人暮らしだから、誰も気が付かないから家族に期待は出来んが。」

真樹も、険しい顔をした。

「オレも。マネージャーが月曜に来るから、その時気付いてくれるかもしれないけど…家の鍵、持ってないからな。」

翔太も、息をついた。

「オレもだ。一人暮らしだし月曜にバイトに行かなきゃ電話は掛かって来るだろうが、家まで来るこたないだろう。運営が未だに何にもして来ないところを見ると、楽観的にもしてらんねぇ。飯食わないとあっちの体は死んじまうし、早いとこ自分で何とかしないとな。他人任せじゃ困ったことになるぞ。」

真樹が、他の人達に気付かれないようにゆっくりと立ち上がった。

「幸いみんな自分のことで手一杯みたいだ。今のうちに、船を降りよう。」

美夕も、そっと立ち上がった。みんな、パーティごとに集まって何やら話し合っているが、確かに自分達のことに必死でこちらには気づかないようだ。

慎一郎が、聡香を見た。

「さあ、真樹と先に行くんだ。一度に出たら、それこそ気付かれる。」

聡香は、緊張気味に頷いた。

「はい。外で待っておりますわ。」

美しい聡香が、髪の薄い慎一郎と…。

美夕は、見かけで人を判断したくなかったが、今までマーリンに持っていた感情とは違った感情が自分を支配していて、聡香を羨ましいとか、もう思わなくなっていた。しかし、慎一郎はよく見ると、鋭い視線で動きにも切れがあり、あのマーリンの姿の時とそこは全く変わっていなかった。

一瞬、カッコいいかも、と思った自分に首を振り、動揺を落ち着けていると、横から翔太が美夕を小突いた。

「ほら、行くぞ。お前どんくさいから、しっかりついて来い。」

美夕は、普段から衝突が多かったアストロがこの翔太なのは、動きと話し方、声で充分理解出来た。だが、翔太の姿になると、なぜか親しみがある。もしかしたら、その辺に居る普通の日本人と同じ姿だからだろうか。

「ついて行くから、迷わないでよ。」

美夕が言うと、翔太は憎まれ口を叩き返して来ないのに驚いたようだったが、ふふんと笑った。

「誰に言ってるんだよ。」

そうして、そっとその船室から出て甲板へと出て、翔太について歩いて行った。


しばらく行くと、翔太は端に寄って下を覗き込んだ。美夕もそちらを見ると、そこには桟橋に降り立った聡香と真樹が、こちらに向けて手を振っていた。

「よし、降りよう。」

翔太が、柵をまたぐ。美夕は、驚いた。

「え、タラップは?」

翔太は、はあ?という顔をした。

「そんなもんあるかよ。ここにある縄梯子を降りてくの。心配しなくても船はしっかり係留されてるよ。」

翔太は、あっさりとそう言うと、ぶら下がっている縄梯子をするすると降りて行く。結構揺れている。

「マジでこれ降りるの…?」

美夕はそう呟いたが、誰も助けてくれない。何より、聡香だって降りたからこそ下に居るのだろう。

アッという間に下まで降りて、最後はジャンプして桟橋へと移った翔太を見て、美夕は覚悟を決めた。

降りるしかない。

美夕は、柵をまたぐと、ふらふらと心もとない縄梯子へと足をかけて、ゆっくりと降り始めた。

下へと降りるに従って、足が内側へと沿ってしまって、体が斜めに傾いてしまう。垂直に降りたいのに、足が船の腹の方へと向かってしまってうまく降りられなかった。

「下へ降りたら、腕だけでぶら下がって勢いつけてこっちへ飛び降りろ!」

翔太が、声を殺して叫ぶ。

言うのは簡単だけどー!

美夕は思ったが、翔太は軽々やったのだ。ふと上を見ると、慎一郎が覗き込んでいた。

「落ち着いて、飛び降りろ。オレもすぐ続くから。中の奴らに気付かれるから、なるべく急いで。」

怒鳴りはしないが、きつめの声だ。美夕は、思い切って足を放し、ぶら下がった。

「ほら、飛べ!」

翔太が言う。美夕は、もう足も無くなって腕の力だけでぶら下がっていたので、もう飛ぶよりなく必死に目をつぶって、飛んだ。

「え、ちょ、ま、ぐ!」

暗闇の中、翔太の声が間近に聞こえる。そっと目を開くと、翔太目掛けて飛んだらしく、見事に翔太にクリーンヒットして下敷きにしていた。

「え、マットになってくれたの?」

「なるか!」翔太は怒って言った。「早く降りろ、重いわ!」

美夕は、立ち上がりながら頬を膨らませた。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないの。」

聡香が寄って来て、気遣わしげに美夕を見た。

「大丈夫ですか、美夕さん?私は真樹くんに背負ってもらって下ろしてもらったので、怖い想いはせずに済んだのですけど。」

そこで、スタン、と軽快な足音が後ろに聞こえた。見ると、慎一郎が綺麗に着地して来たところだった。

「よし。すぐにここから離れよう。あいつら、まだバグの原因がどうのと話してた。まだ攻略には来ないだろう。街へ行って、話を聞かないと。」

真樹と翔太が、頷いてそれに続く。美夕は、聡香と並んで歩きながら言った。

「聡香さんは、自分で降りたんじゃないの?」

すると、聡香は首を振った。

「私にはこんなことは出来ないわ。真樹の首にぶら下がるみたいな感じで、下まで下ろしてもらったの。」

美夕は、翔太の背中を睨んだ。だったら、私にもそうしてもらえたはずなのに。まして、真樹より翔太の方が力がありそうだし。

だが、先を行く翔太はちらと振り返った。

「ああ?何が言いたげだなあ。言っただろ、オレは最初から頼る気満々なヤツは嫌いなんだよ。ましてお前は元気なんだし、それぐらい出来るだろうが。」

そして、言うだけ言って、また前を見る。美夕は、その背を睨み続けた。私だって頑張れる時には頑張るけど、本当に怖いものは怖いんだから!

聡香が、そんな美夕の横顔を見て、困ったように黙っている。

そうやってギクシャクしたまま、五人は目の前にある港町へと足を踏み入れた。


挿絵(By みてみん)

そこは、結構大きな街だった。

遠く見えるのは、高い山と、そこから流れる落ちる大きな滝。結構な距離があるにも関わらず、ここからでも見えるということは、それだけの大きさだということだろう。

真樹が、地図を開いて言った。

「ええっと、あそこが滝だろう。その真上に見える塀みたいなのは、多分ここに書いてあるシーレーン要塞ってやつだな。で、あれが命の大滝。で、そっちに見える大きな川が、きっとこれだから、この街は必然的にこの、シアラってことになるな。」

翔太が、横から見てフンフンと頷いた。

「問題はどうやってミッションを知るかってことだな。いつもなら、ミッションは最初から与えられてて、それを解決するために動くんだが、今は何も知らされてねぇ。」と遠くの大滝の辺りへと視線を向けた。「あそこへ行くってことなら、道を探して何とかするんだがな。」

慎一郎が、首を振った。

「仮に最終的にあそこへ行くとしても、情報を持ってないとただ行っても何も起こらんだろう。ここは聞き込みしかないな。」

真樹が、ハーっと大袈裟にため息を付いた。

「めんどくさいなー。いつものスタイルの方がいいのに。」と、あちらこちらに立っている街人達へと視線を向けた。「同じことばっか話すモブ達だろう?いつ来てもそこに立ってるってヤツ。」

しかし、慎一郎は鋭い視線でそれを見て、首を振った。

「いや。どうもそうじゃないらしいぞ。ここへ着いた時向こうで船からの荷を下ろしてた男は、もう船に乗ってしまったし、荷を受け取った男は、荷車を退いて去って行った。どうもここの住民は、生活感があるんだ…」と、広場の噴水前で遊んでいた子供を指した。「ほら、あの親子を見ろ。」

皆が一斉にそちらを見ると、母親が子供を呼んで、子供は母親の方へと駆けて行く。そして、皆見守る前で、二人は手をつないで、街中の方へと消えて行った。

「あれって…もし、母親が情報持っていたらどうなるの?」

美夕が言うと、慎一郎が答えた。

「また出会うまでその情報はもらえないって事だろうな。一切のデジタルを封じられてるから、いつもなら頭の上に見える印が全く見えないだろう。誰が重要な情報を持っているのか、全く分からない。こりゃ時間が掛かるんじゃないか。」

美夕は、はあと力を抜いた。

「今いったい何時なんだろう…何だか、お腹が空いて来たような。」

翔太が、眉を寄せて腕輪を開いた。

「…8時。」翔太は、顔をしかめた。「なんてこった、船に乗った次の日の朝だぞ。実時間と同じだとしたら、オレ達朝飯食ってねぇ。」

慎一郎が、険しい顔で言った。

「美夕は晩飯も食ってない。困ったな、このままじゃ体が動かなくなる。あくまでここのオレ達は、現実の体でこれを夢のように見てるだけだからな。夢の中で何か食べても力にはならない。」

聡香、深刻な顔で頷いた。

「だからこそ、二時間に一度は休憩を入れましょうって決めてるんですものね。ゲームの中で飲み食いしても、味もないしお腹も膨れませんから。」

美夕は、ガックリと下を向いた。確かに、そうなのだ。いくらおいしそうな物を食べても、味だけは分からない。匂いは分かるのだから、生殺しのようなものだが、味を付けないのは、それで食べた気になって何日も飲まず食わずでゲームをするような人を無くすためだと聞いた。

真樹が、心配そうに美夕の顔を覗き込んだ。

「大丈夫か?オレ達は夕飯も食べてるから力が出ないってほどじゃないけど…。このままじゃ魔物が出て来ても戦えないな。」

それを聞いた、慎一郎と翔太が、ハッと顔を上げた。そうだ、ゲームオーバー。

「そうだよ、真樹。どうして気付かなかったんだ、魔物と戦って死ねばいいんじゃないか。そうしたら、ゲームオーバーでスタート画面に戻る。」

聡香が、杖を握って顔をこわばらせた。

「あの…私一度経験ありますけど、かなり痛いですわ。」

翔太が、顔をしかめた。

「まあ、じゃあみんなの住所を誰か一人に持たせて、パソコンを切って回ってもらうとか。」

美夕は、怪訝そうに翔太を見た。

「それは無理じゃない?あなたどこに住んでるの?」

「オレは神奈川。」と、慎一郎を見た。「あれ、みんな違うのか?」

慎一郎は、憮然として答えた。

「オレは東京。」

真樹は、肩をすくめた。

「オレも東京。」

聡香は、首を振った。

「私は兵庫。」

美夕は見事に離れていると思いながら、言った。

「私は大阪。私からなら、ギリ聡香さんところには行けるかもしれないけど、関東なんかいけないわよ。ここじゃ気を遣って標準語使ってるけど、本当は関西弁なの。」

聡香が、フフと笑った。

「まあ、私も。だからなるべく敬語を使ってごまかしてみたりして。」

「そうなんだー。」と、翔太を見た。「で、誰か死なせてみんなを起こすってのは無理みたいだけど、みんなで死ぬの?」

慎一郎は、腕を組んで考え込んでいたが、大真面目に頷いた。

「それしかないかもな。現実の体が死んじまったらどうしようもないし。」

「やめておけ。」急に、聞き覚えのない声が割り込んだ。「死ぬぞ。」

五人は、ビクッとして声の方を見た。

そこには、あちこちに傷を作った、20代ぐらいの男が、一人で立っていた。

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