洞窟
その頃、美夕はまだ洞窟深くに居た。
ここまで、かなり分かれ道も見て来たが、それでも方向を見定めて、北西へ北西へと進路を取って進んで来た。
途中、道は広くなったり、びっくりするほど狭くなって通れないかもしれない、と思うほどになったりと、何度も危機感を感じて来た。
それでも、頑張って進んで行くと、まだ先は開けており、ホッとする、というのを繰り返し繰り返し、まだ突き当りには一度も当たっていなかった。
今は、何度目かの狭い這って進む道を進んでいる最中だった。ランタンが照らす前を、ただただ進んで行くのは、はっきり言って気が滅入った。
早くここから出たい、という思いは強く、最初は後ろから来るレナートと雑談をしながら進んでいた道のりも、今は二人ともだんまりで、口を開く気力もない。
それでも、前に進むより他に、外へ出る方法などなかった。
美夕が黙々と前に向かって進んでいると、ふいに前に、穴が見えた。
ランタンが照らす道は、どこまで行っても暗い穴だけなのだが、目の前のあの穴は、どう見てもその先に何も無い感じを受ける。
美夕は、数時間ぶりにレナートに声を掛けた。
「…叔父さん、あの、もしかして床がないのかも。」
レナートが、後ろから痰が絡んだようなしわがれた声で言った。
「なんだって?ここまでか。」
美夕は、後ろを振り返ることも出来ないほどせまいので、前を向いたまま首を振った。
「ううん、ちょっと見てみる。」
レナートの、咳払いが聴こえる。喉の調子を整えたようだ。
「ああ、気を付けろ。何があるか分からないんだ。」
美夕は、また頷いて、這って前へと進んだ。
すると、急に目の前が開けた。
ランタンを前へと差し出して腕をいっぱいに伸ばして見ると、そこは広いホールのような空間だった。
「すごい!地底にこんな空間が!」
美夕は、せっせと膝を前へと進めて、その淵に腰掛けるようにして座る。すると、レナートが後ろから這って来て、美夕の脇からその穴を覗いた。
「おお!すごいじゃないか、こんな場所があったんだな!」
美夕はやっと感じる開放感に、その穴から飛び降りてその空間に立った。レナートも、その高さ1メートルほどの場所から同じように飛び降りて、後ろに引きずっている紐をせっせと手繰った。もはや紐は、針金からロープ、ロープから紐、そして紐、紐と来てそれも途切れようとしていた。
レナートは、フッと息をついてランタンの光に、時計を確認した。
「…ああ、もうあっちを出てから4時間も経っちまってるなあ。地上は今頃夜の9時頃だ。今日は、せっかくこんな広い空間に出たんだ、ここで休むとしようか。」
そして、引きずって来た紐の端を切ると、側の岩に括り付けた。美夕は、その様子を不思議そうに見た。
「叔父さん?ここで終わりじゃないでしょ?」
レナートは、作業の手を止めずに言った。
「そりゃそうだが、紐がもったいないだろう。ここまで、結構な長さを使って来ちまった。恐らく、十数キロあるだろう。これからも、何キロあるか分からない。ここで一旦切って、またこの広い空間を横切って横穴に入ってから、紐を再開するんだ。この紐には、こうして目印をつけておく。」と言って、袋から出したスーパーの袋みたいな、ビニールの色付きの袋を括り付けた。「ほら、これでここに紐の続きがあると、反対側から戻って来ても分かるだろう?」
美夕は、感心して頷いた。
「そうね。本当にすごいわ、叔父さん。それで、ここでお弁当のパンを食べて、寝るのね?」
レナートは、頷いて美夕からランタンを受け取ると、あっちこっちを照らして見た。
ここは、ゴツゴツとした岩があちこちから突き出ている高い天井の場所だった。
天井からは、いつか見た鍾乳石のような形の物が、何本も地上に向けて、突き立つようにぶら下がっている。
そんな場所でも、平らになっているような箇所を見つけて、レナートは言った。
「あそこへ行こう。横になれる。生憎毛布ぐらいしか持って来てないが、無いよりましだろうしな。」
美夕は頷いて、先に歩いて行くレナートに従って、そこへ向かった。どこかから流れて来る空気は澄んでいたが冷たく、今夜は厳しい夜になりそうだった。それでも、美夕にはディアムの腹あてと甲冑があった。あれは、結構保温性があって、冬は暖かい。そして、夏はひんやりと冷たく心地良い仕様だった。なので、恐らく大丈夫だろうと思われた。
二人で黙々と場所を準備して、燃やすものも何もないので焚火は出来なかったが、持って来たパンと、レナートが運んでくれていた水筒のお茶を飲んで、腹を満たした。
薄い毛布にくるまって横になると、レナートは天井を見ながら、言った。
「ここはなあ、恐らくこの島が出来た最初からある洞窟なんだ。」
美夕は、毛布を特に足に巻き付けながら、言った。
「島が出来た時?」
レナートは、天井を見たまま頷いた。
「そうだ。シーラーンのある島の上には、実は噴火口があるんだって聞いている。オレ達は島の真ん中まで行ける権限はないから、聞いた話なんだが、オレは牢へ放り込まれる時に一度だけ、それらしいものを見かけてる。つまり、この島は火山の噴火で出来た土地だって話だ。」と、大きく腕を振って、その空間を示した。「ここも、噴火の時に流れた溶岩が、空気を含んだまま固まって、それでこんな風になってるんじゃないか。そう思うと、この溶岩は恐らくシーラーンからずっと流れて来たってことで、この無数の洞窟の中の一本は、もしかしてそこへつながってるんじゃないかって思う時がある。」
美夕は、そんなことをフンフンと聞いている間に、眠気が襲って来た。それでも、せっかく話してくれているのだから、と眠いながら言った。
「へえ~。じゃあ、どうして私の方位磁針はここで使えるんだろう。私達の世界じゃ、溶岩台地だと鉄を含んでるから方位磁針がうまく利かないって、聞いた気がする…。」
レナートは、驚いたように美夕を見た。
「なんだって?溶岩台地?」
美夕は、目を閉じたまま、頷いた。
「そう。それで、迷う人が絶えないんだって。でも、最近では衛星が使えるから、それで位置を確認してるとか…」
レナートは、顔をしかめた。
「エイセイとはなんだ?」美夕の答えはない。「ミユ?」
美夕は、スース―と寝息を立てている。レナートは、苦笑した。こんな状況で…。
しかし、美夕が言ったことが本当なら、方位は合っているんだろうか。それでなくても、地下であの腕輪の機能が使えなかったと言っていたのだ。もしかして、ここはとんでもない場所なのでは…。
レナートは、そんなことを考えると、眠ることも出来なかった。こんな地下の奥深くで、彷徨うのだけは避けなければならない。方向が分からないが、それでも次に出ることが出来そうな場所があったら、美夕を説得して登ってみるしかない。場所を確認しなければ。
レナートは、美夕が寝ているのをもう一度確認してから、ランタンの灯りを消した。そして、何も見えなくなった真っ暗闇の中で、眠らなければと無理やりに目を閉じたのだった。




