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リーリンシア~The World Of LEARYNSIA~  作者:
生きるための旅へ
36/230

手はず

美夕は、レナートに腕輪を持って来てくれるように頼んだのだが、レナートはやはり、腕輪を居住区へ持って入るのは危ないと難色を示した。

なので、地下通路への入口を教えてもらい、そこへ降りて、腕輪をチェックすることにした。

地下通路は、階下の地下室の、更に奥にある本棚を避けた下にある板を外すと現れる、完全に隠された場所だった。

なので、地下通路へ入ろうと思ったら、本棚を避ける必要があり、その度にレナートを呼ばなければならず、かなり面倒なことになっていた。

厄介になっているだけで気詰まりだった美夕は、さすがに何度もレナートを呼びつけて力仕事をさせるのは気が退けたので、今まで屋根裏にもらっていた部屋を、地下室に変えてくれるようにと頼んだ。

こんなかび臭い所、とレナートは最初とんでもないと言ったが、それでも美夕の意思が固いのを見て、仕方なく許してくれた。

その際、美夕一人でも入れるようにと、屋根裏にあったベッドを地下通路の入口の上へと移動させてくれた。

ベッドと言ってもスプリングもない板だけのものだったが、美夕はその上に大きなカバーをかけて、すっぽりと覆った。

そうしたら、ベッドの下は見えないからだ。

そうやって、いつでも行きたい時にベッドの下へと潜り込み、地下通路へと入れるようになった美夕は、家事をしていない時は、地下通路へと降りて腕輪をチェックしながら、亮介に教えてもらった呪文の手帳を手に、一生懸命また旅へ出た時に備えていた。

そんなことをしていたら、もう、翔太達の背中を見送ってから、一週間が経過していた。

「ニコラ、そろそろお昼だよ。」

いつものように腕輪を片手に地下通路で呪文を覚えていた美夕は、その声を上に聞いて、急いで板を押し上げた。

「叔父さん、ありがとう。」

レナートは、ベッドの布を押し上げて、覗き込んで言った。

「毎日精が出るな、お嬢ちゃん。で、仲間から連絡はあったかい?」

美夕は、板の下から顔をのぞかせて、首を振った。

「全く何も。いつもなら、仲間でなくても掲示板に書き込みぐらいはみんなしているのに、ここへ来てからは全くないんです。」と、腕輪を顔の位置から上に掲げて、振って見せた。

「何の反応もなくて。」

すると、突然に腕輪がブルブルと振動し始めた。いきなりのことだったので、思わず腕輪から手を放してしまった美夕は、その腕輪が床を滑って、レナートの方へと転がって行くのを見送ってしまった。

「おおっと、おいおい、なんだ?」

腕輪は、まだ振動し続けている。

美夕は、慌てて腕輪を追って地下通路の入口から這い出て来た。

「ああ!着信だわ!マナーモードにしてたから!」

音が出ない代わりに、バイブ機能が働いているのだ。

それにしても、かなりの数の着信のようで、ひっきりなしに腕輪は振動し続けている。

美夕は急いで腕輪を持ち上げて、開いた。

…着信、74。

美夕は、仰天した。

「な、な、なんで?!いきなり、こんな!」

掲示板を見ると、何と一週間前で止まっていたその板の更新が、一気に進んでいる。よく見ると、未読なのは一週間前からで、今続々と着信しているのは、一週間分の掲示板に投稿有りの通知だった。

「…地下通路は、圏外なんだわ…。」

美夕は、それを見ながら呟く。レナートが、顔をしかめた。

「圏外?なんだそりゃ。」

この土地には、自分達が持つような腕輪はない。

美夕は、まだ掲示板の投稿をチェックしながら、答えた。

「電波が来ないってことなんです。でも、ここは私達が居た世界とは違うから、何がどうなってこの腕輪が使えているのかも定かでない状態なんですけど、でも、地下通路から出て来た時点で、これが一気に着信したってことは、地下通路ではこれは機能しないってことなんだと思います。」

レナートは、分からないながらも、その皺の刻まれた顔をさらに険しくして、真剣に頷いた。

「そんな大層な物だから、恐らくいろいろデリケートなんだろう。で、どうだ?仲間から連絡は?」

美夕は、まだ画面を見ていた。小さな画面に、文字が流れて行く。

大体が、急いで逃れろだの、今軍はどこに居るなど、そんな投稿が多い。

みんな、事態に気付いて軍から逃げた方がいいと判断し始めているのだろう。

するとそこに、龍騎と書かれた投稿があった。

『みっくすべりー、迎えに行く。出て来て欲しい、通信連絡が可能な時、そちらから連絡をくれ。』

美夕は、息を飲んだ。

真樹が、自分を呼んでいる。

投稿日時を見ると、それはもう、四日も前の投稿だった。

「…大変!迎えに行くって書いてあるのに!しかも、四日も前に!」

美夕は、慌てた。レナートにもそれは感染したようで、レナートも落ち着きなく開けっ放しのドアへと足を向けながら言った。

「じゃあ、すぐに準備だ。ええっと、ここへ来るって言ってるのか?」

美夕は、おろおろしたまま首を振った。

「いえ、連絡が欲しいって。どうしよう、今の状況が変わってたりしたら。」

美夕は、急いでそれから先の投稿もチェックした。

すると、毎日朝昼晩と、真樹は同じ文言を投稿し続けていた。最終のものは、つい30分ほど前だった。

「軍がまだ街の中心部に居るし、向こうだって迎えに来るにも来れない状態だろうな。お嬢ちゃんだって、今出て行くのは難しいぞ。女一人で街の外へなんて、この世界じゃ考えられない行為だからな。」

美夕は、悩んでいても始まらないと思い、急いで真樹のIDに向かって通信した。慌て過ぎて、手が震えて二回も失敗してしまったが、レナートも辛抱強く横でそれを見守っていた。

何度かプーップーッと音がしていたかと思うと、腕輪から声が聴こえた。

『美夕ちゃん?!』

美夕は、その声に懐かしさを感じた。まだ一週間しか経っていないのに。

「真樹くん!ああごめんなさい、今着信したの!」

横では、腕輪から声が出たことにレナートが目を丸くしながらも、そんな特殊な物が誰かの目についてはと思ったのか、階上の方をチラと見て警戒しながら居る。

美夕は、心持ち声を落とした。

「ええっと、地下通路でしか、腕輪を使っていなかったの。そしたら、全く着信しなくて。今偶然腕輪を部屋へと上げたら、突然一気に着信したのよ。」

真樹の声は、答えた。

『そうなんだ。地下通路は圏外なのかな。普通の地下なら大丈夫みたいで、オレ達が今居る所も洞窟で結構地下に下ってるけど、でも通信出来るよ。それで…』

真樹が嬉しそうに話していると、何かが遮るように言った。

『こら、ちんたらやってんじゃねぇ。急いでるんだ、お前、出て来れるか?』

翔太の声。

美夕は、そのぶっきらぼうな声にまで懐かしくて涙が浮かんで来る自分に驚いた。

「ううん、叔父さんが言うには、軍がまだ居るから、女が一人で出て行くのは絶対におかしいって。街の中心にまだ居て、東西南北の出入り口には何人か配置されてるの。」

翔太の声は、吐き捨てるように言った。

『ふん、たった数人のオレ達を、大軍でまた大層に追ってやがるんだな。だが、だったらお前、まだそこで待ってるか?オレ達はこれから、他の仲間を探してもっと北へ向かう。15年前の到着組と、結構な数合流出来てるんだ。カールみたいな奴らだ。』

美夕は、顔をしかめた。ということは、みんなお父さんぐらいの歳ってことで、戦闘になったら翔太達が大変なのは変わりないんじゃ。

「そうなの?でも…あの、私はまた荷物になるわね。少しは術も覚えたけど、でもそれだけ人数が多いんじゃ。」

美夕は、年寄りばかり、とは言わなかった。だが、翔太は感じ取ったようで、言った。

『いや、こっちは年寄りばっかじゃねぇぞ。中学生だった奴らも居るから、今じゃかなりの頼りになる土地勘のある戦闘員だ。大部分は隠れ家に置いたままオレ達だけ移動するんだが、お前もこっちへ連れて来ておいて、行くかどうかは後のことだなって話してたんでぇ。帰り方が分かった時点でそっちまで行くのも面倒だし、一か所にまとまっててくれた方がオレ達だって助けやすいからな。それだけでぇ。』

黙ってそれを聞いていたレナートが、ため息をついた。

「街から出るのは難しいな。何度も言ってるが、軍が居て女一人で出て行くなんてえ出来ないんだよ、この世界じゃ。」

美夕は、レナートを見て、懇願するように言った。

「叔父さん、でもどこかありませんか。地下通路は、どこまで繋がってるんですか?地下通路を使ったら、結構行けるんじゃ。」

レナートは、それも疑わしいようで、顔をしかめた。

「地下通路はなあ、いつからあるのか分からないしろもんで。オレがここの地下を掘ってたら、偶然繋がった空洞で、そもそも通路ってほど大した空間じゃないんだ。この街の地下を、あっちこっちへうねうねと伸びていて、訳の分からんところへ入り込んだら、二度と戻って来れない。何しろ、地図も何もないんだぞ。通路っていうより、洞窟だと思ってくれた方がいい。自然に出来たヤツだ。迷ったら二度と出て来れないぞ。」

美夕は、それを聞いて身震いした。確かに、自分が毎日座っていた地下通路の空間は、天井も低く、とても人が作った通路という風ではなかった。自然に出来た洞窟と言われたら、その方がしっくり来る。その上、真っ暗で全く日が差さず、あちこちゴツゴツと突き出した岩があり、一度腕輪の光で照らしてみたが、遠くまで同じようなウネウネと曲がりくねった空間が続くだけで、どうなっているのか想像もつかなかった。

それでも、美夕は言った。

「でも、叔父さんはこれでどこかへ行ってますよね。どこかまでなら、出られるってことですよね?」

レナートは、息をついて言った。

「ああ、確かにオレはこの道を利用している。最初に見つけた時から、長いロープや紐を使って、帰り道が分からなくならないように、ずっと辿って道を探したからだ。オレにだって、未だにどこへ続いてるのか分からない道がたくさんある。」

『だったら、そのうちの一つが街の外へ続いてるかもしれねぇ。』黙って聞いていた、翔太の声が割り込んだ。『難しいかもしれねぇが、それが分かれば街から自由に出ることが出来るじゃねぇか。腕輪の方位磁針さえまともに動きゃあ、方向を見定めて森の方へ出て来れるかもしれねぇ。』

美夕は、腕輪の機能を見た。方位磁針のマークがある。ここを押せば、方角は分かる。だが。もしかして圏外だったら機能しないかもしれないから、そこは確認しておく必要がある。

「お前!どれだけ距離があると思ってるんだ!ロープだって紐だって、何キロも繋いで行かなきゃならないんだぞ?そんなに紐なんてない!」

レナートが言うと、翔太はクックと笑った。

『別に何でもいいじゃねぇか。布を割いて紐にしてったら結構長くなるし、家じゅうの布切れ引っ張り出してやってみる価値はあると思うぞ。レナート、軍にいいようにされて悔しくないのか。そんな軍の奴らが見当違いの場所を守ってやがるのを嘲笑いながら、街から出るなんて気分がいいと思わねぇか?』

レナートは、グッと黙った。美夕は、そんな様子を固唾を飲んで見守った。何しろ、ここから出ようと思ったら、レナートの協力は不可欠なのだ。

レナートは、じっと考えているようだったが、その脳裏にはあの、リュトフの嘲るような顔がよぎっているのだろう。見る見る険しい顔になったかと思うと、力強く一度、頷いた。

「仕方がないな。もちろん軍の、言いなりになどならない。分かった、やってみよう。だが、時間が掛かるぞ。もし持って行った布や紐が足らなくなったら、一度戻って来てまた同じ道を行かなきゃならない。行き止まりになったら、別の道を探さなきゃならない。街から出るのに、普通なら歩いて数十分だ。それが、何時間になるかわからん。それでもいいか?」

翔太の声は、頷いたようだった。

『いいだろう。どこへ出るのかわからねぇのが面倒だが、お前達の家の場所は分かってる。そこから、真っ直ぐに北西へ向かった森の辺りまで、迎えに出ておく。そっちへ向かってくれ。もし地下通路がそっちへ向かっていなかったら、街を出来るだけ離れた位置まで行って、そこで連絡してくれ。迎えに行く。』

レナートは、ふんと鼻を鳴らした。

「偉そうに。軍に一泡も二泡も吹かせてやらないと、許さんからな、ショウタ。」

翔太は、ハッハと豪快に笑った。

『オレ達みんなが逃げ切ることが、恐らくはあいつらをへこませることになると思うぞ。じゃあ、明日の夜に森へ着くように頑張ってくれ。』

美夕は、勝手にどんどんと進んで行く話に、目を白黒させていた。あの地下通路を…どこへ続くか分からない道を、方角だけを頼りに向かうの?

途端に不安になって来る美夕の前で、通信は切れた。

レナートは、目に力を宿していた。

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